第141話 迷い人

 多数の人々に注目を受ける事が久しぶりに気疲れをしたのか、ミツは腕を回しながらホールの方へと戻る。

 大会の閉会式が終わったので、来ていた者達は三々五々と帰った者も居るのか、人の数が減って見える。

 ホールの入り口付近に立っていると、中から女性の声と、誰かが走って来たのか入り口に立っていたミツと軽くぶつかる。


「姫様!」


「えっ? おっと」


「す、すまぬ……」


「お待ちください、エメアップリア様!」


「……くっ」


 エメアップリアは呼び声に一度振り向くが、その声に立ち止まることなく通路を走り去ってしまった。

 その後を追う私兵のチャオーラ。

 更に続く者が足を止め、ミツへと言葉をかけてきた。


「姫様! すまんその者。姫様が失礼を。んっ……お前か……。怪我はしておらぬか」


 エメアップリアに押しのけられ、壁に背を当てていたミツにもう一人の私兵であるベンガルンが詫びを入れてくるが、ミツの顔を見た途端、彼は言葉を詰まらせる。


「いえ、大丈夫ですよ。それより如何されたんですか?」


 ベンガルンが足を止めたことに、既に走り去ってしまい姿が見えない二人の跡を見るミツにベンガルンは気まずそうに口を開く。


「いや、大した事ではない……」


「そうですか……。ところで、ベンガルンさんでしたよね? バーバリさんは今日は来てないんですか?」


「ああ。いや、兄……ゲフン。団長は今は不在だ。要件があるなら俺が聞き届ける。……んっ? お前に俺の名を教えたか?」


「あっ、ああ〜。いや、予選の際に貴方の名前をお仲間が呼んでいたので、それで覚えてたんですよ。はははっ」


「……そうか」


「……もしかして、バーバリさん、大会後からずっと姿を見せてないんですか?」


 ミツの言葉に、ベンガルンが深く眉間にシワを寄せる。

 別に本人はミツを睨むつもりはなくとも、その顔は怒りが見える程だった。


「団長か。あの人はお前との試合後、数日と姿を消している。……クソッ。姫が大変な時に団長は何をやってるんだ」


「そうなんですね。ゼクスさんもバーバリさんには言葉をかけてたんですが。その様子だと、あの後、そちらに姿を見せなかったみたいですね」


「んっ! それはいつの事だ? 昨日か? 一昨日前か!?」


 ミツが騒ぎがあった後に、バーバリと鉢合わせした時の話をすると、ベンガルンは問い詰める勢いとミツに迫る。

 数日と探しても見つからないバーバリの情報なのだろうが、残念ながらこの話はもう数日も前の事。

 ミツはベンガルンを落ち着かせながら話を続ける。


「ベンガルンさん、落ち着いてください。残念ですが、今の話はあの騒ぎがあった日の話です」


「そ、そうか……すまん。取り乱した……」


「いえ……」


 団長でありまとめ役であるバーバリが数日姿を隠しただけであるが、ローガディア王国へと連絡など、判断を下す者が居ないことにベンガルン達はこの数日頭を悩ませていた。

 ベンガルンはハッと自身の職務を思い出したのか、エメアップリアが走り去った後へと顔を向ける。


「では、俺は姫の元へ行く。改めて姫がすまなかった。ではな」


「……あの」


「ん? どうした」


 立ち去るベンガルンをミツが呼び止める。

 彼は先程、咄嗟にエメアップリアとチャオーラに対して〈マーキング〉スキルを使用していた。

 ベンガルンへと探し人の場所を教える。 

 ついでと、彼にもマーキングスキルを使用することに。


「お姫様なら、中池の方に走られましたよ」


「そうか……。すまんな」


「いえ」


 感謝の言葉を残し、ベンガルンは二人の元へと急ぎ行ってしまった。

 

「……」


「どうされました、ミツさん」



 ベンガルンの背中を見送りその場に立っていると、フロールス家執事長のゼクスが話しかけてきた。


「……ゼクスさん。あの、先程ローガディアのお姫様とその付添の方が走り去られまして。それで、バーバリさんの事で少し話を……」


「左様でございますか……。いやはや、あの方にも困ったものですね」


「バーバリさんにはバーバリさんなりの考えがある様ですが、流石に数日も連絡なしはベンガルンさん達が困ってますからね……。だからと言って、自分達が何ができるかと言われたら今度はこっちが困りますが」


「フムッ……」


 ゼクスは考え込むミツの肩に軽く手を添え、貴方がそこまで悩むことはないと優しく声をかけてくれる。


「彼は団長として姿を消したのではなく、戦士として彼らの前から姿を消しております」


「ゼクスさん、それはどう言う事ですか?」


「はい。ミツさんもご覧になられたと思いますが、バーバリ殿の髪。あの姿は獣人国での習わしの一つで、敗者が首の代わりと、主君に捧げる儀式の様な物にございます。髪を切り、その髪がまた生えるその間と、自身を鍛え直した後にまた主君の前に姿を見せる習わしと聞いた覚えがございます。恐らく数年と彼は姿を隠すつもりではないでしょうか」


「す、数年……。そんな、自身の立場もあるのに突然そんな事をするんですか!? 獅子の牙がどれ程の団なのかは自分は知りませんが、バーバリさんは団長を務めるほど上の方ですよね?」


「確かに。バーバリ殿の立場を考えるなら……。ですが、彼が座る席は強者だけが残る立場でもあります。獣人国では敗者が上の者を守ると言う考えはありません……。敗れたものは潔くその席を開け渡す事が考え。彼がいないのであれば、国は新たな強者と言われる者を団長を直ぐに指名し、穴埋めをするでしょう。しかし、ミツさんの思う気持ちも私はわかります。私も今のローガディア国の姫君の姿は辛く心を痛める思いです。ですが、他国の内情に我々は口を出すわけにも行きません……」


「そうですか……」


「それでも、バーバリ殿がもし姿を彼らの前に出したなら流れは変わるかもしれませぬ……」


 ため息を漏らすゼクスを横目に、ミツは顎に手をあてがえゼクスの言葉を名案と受け止めていた。


「……ゼクスさんは確か、バーバリさんとお知り合いでしたよね?」


「はい。私がまだ冒険者として、現役時代の友人ですぞ。ホッホッホッ。いや、友人と言うのは私が勝手に発言していることで、あの方がどう思っているのか分かりませんが」


「いえ、それでもお聞きしたいことがあります」


「ほう、それは何でしょうか?」


「何かバーバリさんとの思い出の品とかお持ちではないですか? 剣でも小物でも何でも構いません。それがあれば、姿を消しているバーバリさんを探すことができるかもしれません」


「ミツさん、それは……。ホッホッホッ。ええ、一つございます。獣人国を離れる際、バーバリ殿から餞別として渡されたナイフが。直ぐにお持ちいたしますので少々お待ちを」


「はい、お願いします」


 ゼクスは笑みを作り、踵を返し自室へと急ぎナイフを取りに行ってくれた。

 ミツがやろうとしている事は、他者から見るとただのおせっかいなのかもしれない。

 だが、それでも困り顔のベンガルンや、獣人国の者たちの状況を考えると見てみぬふりもできないのが彼である。

 ミツはナイフを手に戻ってきたゼクスと共に、今は誰も使っていない部屋へと入る。

 そこで森羅の鏡を使用し、バーバリの姿を映し出した後に、彼へとマーキングスキルを発動。

 バーバリが何処に姿を隠そうと、ミツからは隠れることはできないのだ。


 フロールス家には池がある。

 50mプール程の大きさで、深さはそれほども無く、ここではエマンダ様が魔法の訓練と使用している訓練場でもあった。

 その為、別に飾った物も無ければ休めるガゼボも作られてはいない。

 そんな場所で池を前に座り込む少女とその者を守る兵が二人いた。


「うっ……。うっ……」


「姫様……こちらに……」


「……」


 俯き、涙で嗚咽を漏らすエメアップリア。

 私兵であるチャオーラは、軽く肩で息をしながらも探し人が見つかったことにホッとため息を漏らす。


「すまぬ……。チャオーラ……。私はお前に何もしてやらぬ駄目な主だっての」


「いえ……。エメアップリア姫は私が命をかけるに等しき主。ご自身を責めるお言葉はお止めください」


「ううっ……何で! 何でもう薬が無いのよ!」


「姫様……」


 悔しさに叫ぶ彼女は、先程マトラスト辺境伯との対談の際の内容を口に漏らす。

 マトラストが貴重なポーションを使用し、ダニエルの腕を治した事を公表した事に、エメアップリアはその薬を分けて欲しいと彼へと懇願した。

 しかし、ダニエルの腕を治したのはマトラストが貴重な回復薬を手に入れたわけではなく、ミツの治療にてその腕を取り戻している。

 マトラストは使用した薬も貴重であり、量も少なかったので手元にはもう無いと返答。

 その言葉にエメアップリアは絶望し、挨拶もそこそことその場を急ぎ離れてしまったのだ。


「姫様。どうか私の腕の事は気にしないでください。腕を無くそうと、私はあなたの側に私兵として働ける事に感謝しております。マトラスト辺境伯様もおっしゃったではありませんか。あの方も意図的に手に入れた回復薬ではないと……」


「ならば、何故誰から手にした品であるか口を割らぬっの!? それでさえ教えてくれない! ううっ……やはり人族は嫌い! 外見的に親切に見えてもそれは塗り固められた外向きの顔なのよ!」


「姫様……。どうかお言葉をお控え下さいませ……。ここは他国であり人族の国。更に貴女様は国の代表者。ここでは友好を結ぶべき場でございますが、些細な言葉ですら逆に戦火の引き金となりかねません」


「……うっ……ううっ……」


 周囲を見渡しても、今のこの場には二人しかいない。

 それでもチャオーラの言うとおり、何処に耳を傾けている者が潜んでいるか分からない。

 チャオーラはエメアップリアに視線を合わせるように膝を折、優しく彼女を抱きしめる。

 ただの兵が王族であるエメアップリアにこんな事をすれば不敬罪に当たるが、彼女達は姉妹と思える程の絆を結んでいる。

 幾度もエメアップリアはチャオーラの胸の中で泣いたこともあるので彼女に抵抗意識もない。


「落ち着くまでここに居ましょう。その様に顔を真っ赤にしては外聞も悪うございます」


「……私は」


「……はい」


「私はどうしたら良いっての……。バーバリも姿を見せてくれない……。グスッ……。国からの返事も遅れてまだ来てない……。あの者との会話すらできていない……。私は、私は……」


 国の代表としてこの場に来ている彼女だが、まだ歳も幼き年齢。

 父親である王は、娘に代表と言う経験を味わって欲しいと言う親心で彼女を向かわせていた。

 王が信頼しているバーバリも共に付添、側仕えのメンリルを側においている。

 後はバーバリの部下や娘の側で働く者をできるだけつけていた。

 しかし、獣人国の王ですら予想できなかったこの出来事。

 バーバリが突然抜けたことに連絡が遅れ、側仕えのメンリルも困り判断を決めかねていた。

 事実、獣人国には未だにバーバリの情報だけではなく、ミツの戦いの内容すら送られていないのだ。

 チャオーラはその事をメンリルに口止めを受けており、まだエメアップリアに背負わせる内容ではないと話を決めていた。

 今日の閉会式が終われば彼女達は国へ帰るであろう。

 その際、メンリルはバーバリの代わりと国へ真実を告げなければならない。 

 バーバリが姿を消し、団長の座を退いた事が伝われば、国は大きく荒れるかもしれない。

 王を守る牙が抜け落ちたなど情報が回れば、王自身の命も、危うく追い込む事となるだろう。


「……団長は我々が必ず探して見つけ出します。あの人の匂いはまだこの街にあります。他の街に足を向けていないと言うことは団長も離れることを悩んでいるのかもしれません。それに、国へ出した我々の連絡はとても直ぐに返事ができるものではありません……。彼、ミツ選手も他の選手と違い直ぐに場を離れる事は無いでしょう。彼はこの街の教会に寝泊まりをしている事は我々が調べをつけております。姫様はご無理をせず、ご自身のできることを一つ一つ行えば良いのです」


 彼女は無意識と腕の力を込め、エメアップリアを強く抱きしめていた。


「……」


「……」


 遠くに聞こえる人々の声。

 すすり泣くエメアップリアが落ち着く頃に、ベンガルンが少し離れた場所にて二人を見守っていた。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 屈強な男たちが上半身の服を脱ぎ捨て、汗を流し労働に育む場にて、一人の獣人が大きな麻袋に入った荷物をまとめ終わったのか、雇い主である男に声をかける。


「オヤジ殿、次は何をする」


「おお、バーバリさん。なんだい、もう瓦礫運びは終わったのかい? 相変わらず仕事が早いね。いや、早いことにこしたことは無いんだけどさ。アハッハッハッ!」


「うむっ……」


 雇い主である男は、バーバリの働きに上機嫌と笑いこぼす。

 だが、バーバリは彼の笑みを見ても頷き一つ返すが、言葉を返さない。


「でもな、次の仕事は流石にあんた一人じゃ無理だな。他の奴らが集まるまで少し休んでおきな」


「……」


「しかし、突然やってきて働かせてくれと言ったときは驚いたよ。大会の出場選手がオレっちの所に仕事を求めに来るなんて。あんたならもっと良い話の仕事場が見つかるだろうに」


「……」


 チラチラと視線をバーバリへと向ける雇い主の男の声が聞こえていないのか、バーバリは上の空と同じく労働に荷物を運ぶ人々を見ていた。


「……まあ、休める時に休んでおきな。あんたが働きたいって言うならオレっちは仕事を与えてやるからよ」


「すまぬ……」


 返答が帰ってきたことに男はまたアハハと笑いつつその場を離れていく。

 裏路地へと続く階段で身体を休めるバーバリ。

 季節の冬が近いというが、労働者にはその風も生温いのか、バーバリの頬に汗が滴り落ちる。


「はぁ……。姫……」


 脳内に浮かんだ少女の姿。

 そして、ボソリと口から漏れる言葉。

 その声を拾ったのか、彼の知人が声をかける。


「名を溢すぐらいなら、早々と主君の元へと戻ればよろしいではありませんか」


「!?」


「ゼクス!? それに、小僧……。何をしに来た」


「ホッホッホッ。探しましたよ、バーバリさん」


「どうもです」


 バーバリはハッと驚きに、後にある路地裏へと視線を送る。

 するとそこには戦友であるゼクスと、あまり顔を見たくないミツの姿がそこにはあった。

 ミツは森羅の鏡にて、バーバリへとマーキングスキルを使用後、マップのスキルにてバーバリの位置を特定する。

 彼は直ぐに近くにトリップゲートを発動し、ゼクスと共に彼の前に立っていた。


「バーバリさん、貴方のお仲間が随分と貴方様をお探しになられておりますが、この様な場所で貴方はいったい何をなされているのでしょうか?」


「……」


「ベンガルンさん達もバーバリさんが居なくなって困ってますよ? 顔を見せに何故行かないんですか」


 ゼクスはバーバリへと少し言葉はきつく、だが厳しい言葉の中には彼を心配していた気持ちが伝わってくる。

 ミツの言葉に、鼻を鳴らすバーバリ。


「……フンッ。俺は暫く姿を消す。誇りが整うまでは国へ帰ることはせぬ」


(また誇りですかい……。ってか髪の毛が誇りって何ですか)


「……それに」


「?」


 バーバリの言葉の内容に呆れながらも話を聞いていると、彼は自身の拳を固く握り、眉間を深く寄せる。


「お前に大会で敗れる前。俺は戦うべき奴が居た……。そいつを倒さねば、拭えぬ心残りが残る」


「それって、ゼクスさんですか?」


「……違う」


 ミツは隣にいるゼクスへと視線を送るが、そうではないのか、バーバリは視線だけを向けるが否の言葉を返す。

 ゼクスもいつもの笑い声を漏らすが自身ではないことを知っていたのかコクリと頷く。


「ホッホッホッ。我々は剣を交えた事がございますからね。それで。戦うべき相手とは?」


「知らぬ……。顔も見たこともない。だが、初戦の事だ……。俺は対戦相手の鬼娘との戦い、相手を両断する思いと剣を振り下ろした……」


「……」


「だが、俺の剣は止められた。無論……、鬼娘にではない……。姿も見えぬ者に俺の剣が触れずと、いとも簡単に止められたのだ……。ゼクス、貴様もあの時気づいておったであろう」


「はい。観客席から貴方様へと向けられた強い視線。恥ずかしながら私も動揺を隠すことができませんでした……。では、バーバリさんはその者を探していると」


「ああ。貴様はどう思うが知らぬが、あの者を放置してはならぬ……。姿をこの目で確認し、悪しき者ならば斬り伏せた後に……。俺はこの街を去る……」


「左様で……。しかし、その者の視線、後に感じることはありませんでした……。失礼ながら既にこの街を去ってしまったのでは?」


「フンッ! 腑抜けたかゼクス。戦士としての感覚がまだ一粒たりその心にあるのなら、貴様とて分からぬ事はなかろう。あの者は必ず俺の前に現れる。あの鬼娘に関係する者かと調べたがそうでもない。ならば姫の元を離れ、今こうして旅の金集めと共に的となるエサとして働いておるのだ」


「なるほど……。ただ敗北を理由として主君の側を離れただけではなかったのですね……。しかし、本人の顔すら分からぬでは……」


「うぬぬっ……」


 ゼクスの言葉に、さもありなんと低音の唸り声を出すバーバリ。

 二人の話を聞いていたミツだが、その人物に彼は思いあたる。


「あの……」


「どうされましたミツさん?」


「……小僧、言いたい事があるならハッキリと口にしろ」


 モゴモゴと言葉をつまらせていたミツを見て、バーバリが一喝と言葉を出す。

 

「は、はい。……その、大変申し訳無いのですが。恐らくその時バーバリさんが感じた視線は……自分です」


「「!?」」


 ミツの言葉に、軽く目を見開く二人。


「いえ、正確には自分自身ではないのですが、話を聞いた限りでは恐らく自分の分身がバーバリさんへと威嚇スキルを使ったと……」


「意味がわからぬ……」


「ミツさん、詳しくご説明いただきますでしょうか?」


「はい」


 武道大会にて、バーバリとライムの戦闘中、確かにミツ本人は選手控えのホールに居た。

 だが、先に試合を終わらせていたミツの分身であるファーマメント。

 彼は後の戦いの情報探しと、他の選手の戦いを観察していた。 

 彼自身、戦いでそれ程疲労することもなかったので観客席の階段の場で試合を立ち見していたのだ。

 そして、戦い中の事である。 

 分身はバーバリの行き過ぎた攻撃にライムの危機を察したのか、バーバリの攻撃の際、動きを止める為と威嚇スキルを発動。

 咄嗟の事でバーバリだけではなく、感の鋭い者に感づかれてしまったが、バーバリの動きが止まり、戦闘が終わったことを確認した後にその場を後にしていた。

 ミツ本人がこの話を聞いたのは、ラルス達の虜囚事件が発覚する前。

 プルンが選手控えのホールへと忍び込んだ時のことである。

 ミツは自身が分身できる事、そしてファーマメントの正体が自身のスキルである事を二人へと告げる。


「ありえぬ話だ……。しかし、お前の言葉は詭弁とは思えぬ……」


「まさかファーマメント選手が貴方だとは……いえ、あの戦いを思い出せば納得する物がございますか……」


「ダニエル様やセルフィ様、それとご婦人の二人には自分が分身できることは先日お伝えしてますので、確認を取ってもらっても構いませんよ。それでファーマメント。いえ、分身から試合前ですが、待合ホールで少し話を聞いてたんですよ。お二人の話を聞いていたら、バーバリさんが感じた視線は自分の威嚇スキルじゃないかと」


「……」


 ミツの言葉に、沈黙がその場を包む。

 バーバリはミツヘと厳しい視線を送り、少年と向き直る。


「ならばその技、今俺に向けてみよ。さすればお前の言葉を虚言と思わずに信じよう」


「えっ?」


「ホッホッホッ。確かに、ご本人が感じたその視線。当の本人がそう言うなら、再度受けるが早いでしょうな」


「いいですけど……。ここでですか?」


「うむ。場を変えるか……」


 バーバリは雇い主である男へと仕事を抜けることを告げる。

 男もバーバリの側にゼクスとミツがいた事に驚いていた。

 どうやら彼は根っからの大会のファンであったのか、快くバーバリが仕事を抜ける事を承知してくれた。

 代わりと言っては何だが、男はゼクスに握手を求め、ミツへと試合の感想を嬉しそうに述べていた。 


 路地裏に入り、ミツは直ぐにトリップゲートを発動。

 バーバリの動きを止めるほどの威嚇スキルを使用するとなると、街中では使用できない。

 なので、ゲートの行き先は人気のない場所である。


「ホッホッホッ。ここは試しの洞窟のセーフエリアでございますか」


「はい、人も居ない場所だと、自分にはここしか思いつかなくて」


「いえいえ。最案にございます。おや、バーバリさん、いかがなされましたか?」


「……。いや、ゼクス……。俺は幻術にでもかけられているのか? 先程まで街の路地裏を歩いていたと思ったが、小僧の出した技の後に俺は知らぬ場所に居るのだぞ? 何を言っているのか俺でもわから無くなってきた」


「おや、バーバリさんはミツさんがトリップゲートの使い者と言うことはご存知ではなかったですか?」


「……知らぬ」


 ミツがトリップゲートを発動後、バーバリは口をポカーンと開けたまま言葉を喋ることはなかった。

 ゼクスに続いて、ミツがゲートをくぐり抜けたことを確認後、バーバリは恐る恐ると二人の後をついてゲートを通り抜けていた。

 ゼクスの言うとおり、今三人が居る場所は、試しの洞窟のセーフエリアである。


「さて、早速ですけどバーバリさんに威嚇スキルを使いますね。言っときますけど敵対する気はないですから」


「フンッ……」


 ミツの言葉に鼻を鳴らすバーバリ。

 彼はゆっくりと腰に携えた剣を抜く。

 剣を構えたバーバリからジワジワと伝わる闘気。

 ミツも向かい合うバーバリの闘気を感覚で感じ取ったのか、本気モードと戦いの構えを取る


 しかし。


「あの、バーバリさん。もう少し離れてもらえますか? その位置だとその手に構えた剣が振り落とされると、自分の身体が左右に永久の別れをしそうなんですが。それと、何でライオンズハートのスキル使ってるんですか? 本気ですか? 負けた時の逆恨みですか?」


「んっ、んん。……お前は我の剣を止めたとぬかしたな。ならば、またこの一撃を止めればよかろう。何も問題はない」


「問題だよ」


 バーバリの髪は短くなっても、彼のライオンズハートのスキルを発動すればメッシュを入れた赤いラインが走る。

 ミツの言葉に否定と愚問と言葉を返すが、明らかに大人気ない対応である。


「ミツさん」


「ちょっと、ゼクスさんからも言ってくださいよ」


「ホッホッホッ。ご安心ください。この洞窟はちょっとやそっとで崩落する事も無いでしょう」


「違います、洞窟の心配をしろとは言ってません!」


 ゼクスの言葉に呆れつつも自身の命に関わること。

 ミツはバーバリへと振り向き直り、また構えを取る。


「いくぞ……」


「どうぞ……」


「……」


「うぉおおお!!!」


 緊迫とした空気が流れ、静寂が満ちる。

 バーバリの気合の叫び声と共に彼の剣はミツヘと勢い良く振り落とされた。


「!(嘘、手加減なし! ありえない! ただの検証で本気に!? 歳下相手の、見た目は子供に対してこの人は本気で攻撃をしようとしてるよ! おいコラ執事、お前も何をニコニコと笑みを作ってるんだ!?)」


 ※ミツの思考、0.2秒間の考えである。


 そんなことを考えつつもバーバリの剣は着実にミツヘと振り落とされている。

 ミツはバーバリへと向けて、威嚇スキルを発動する。

 発動と同時にバーバリに襲いかかる恐怖。

 その後、風圧がミツの頬に伝わり、バーバリの剣を持つ腕をピタリと止めま。

 バーバリは今、大会で経験した、目に見えぬ恐怖に毛を逆立っている。

 


「「!?」」


《経験により〈威嚇Lv7〉となりました》


「こ、この感覚……」


 ユイシスの言葉が頭の中で聞こえ、久々のスキルのレベルアップ。

 やはり幾度も使うスキルであってもレベルが上がるとスキルレベルも上がりにくいのだろうか。

 そんな事も考えつつ、ミツは緊張から開放された気分と大きく息を吐き、バーバリへと言葉をかける。


「ふっ〜。信じてもらえましたか?」


 少年の言葉にハッと我を取り戻したのか、バーバリは動きを止めていた腕を下ろし、剣を鞘へと戻す。


「ああ……。貴様の言葉。虚言と言ったことを撤回する……。しかし……お前達が何を言おうと、悪いが俺は路銀ができしだいこの街を去る事に心は変わらん。この誇りたる心が生え揃う時が来れば、この足で国へ戻りまた王と姫の前に膝を折る事にする」


「バーバリさん、因みにそれって大体何日くらいで生え揃う物なんですか?」


「……貴様ぐらいの小童ほどの歳ならば数カ月と戻る。だが俺も歳。数年はかかるだろう……。だが、我が力を鍛え直すのならそれ程の年月は短き物だ……。それがどうした?」


「いえ。ゼクスさん、申し訳無いのですがバーバリさんを抑えていてください」


 少し考え込むように顎に手を添えるミツ。

 何を思いついたのか、ゼクスへと、バーバリの動きを止めてくれと言葉をかける。

 ゼクスは深く説明を聞かずと、コクリと頷き直ぐにバーバリの背後を取った。


「!? 貴様、いったい何を言い出す。おい、ゼクス! 何を当たり前と俺を羽交い締めする!? 放さぬか!」


「ホッホッホッ。バーバリさん、ご安心ください。ミツさんの提案に、今の所間違いはございません」


「お前は何を言っている!?」


「バーバリさん。あの、一言だけ良いですか?」


「貴様! これ以上俺にふざけたまねをっ!?」


「貴方が姫様を守らず、誰が守るんですか? 貴方が大会に敗れ、地面に無様にも土埃に紛れて倒れていた時に言いましたよね」


「お、お前!? そこまで言わんでも……」


「誇りがそこまで大事ですか? 誇りが大事だから目の前にある大切な者すら守らないんですか? 自身に与えられた責務を放棄して何を守ると言うんですか?」


「ぐるるっ!」


「こんな小童の言葉で怒ると言うことは、貴方の本心では図星をつかれたも同じですよ。なので、貴方が抱える問題を一つずつ片付けさせていただきます。悪いですがこれは自分の勝手な行動です。でも、先に身勝手な行動でベンガルンさんやお姫様を困らせたのはバーバリさんですからね。……全く、いい歳過ぎた大人が何を歳下を困らせてるんですか」


「何を!? ええい、無礼者! 降りぬか。ゼクス、いい加減に放せ!」


「お断りします」


 ミツはバーバリの背後に周り、バーバリの肩にかたぐるま状態と乗る。

 更に暴れるバーバリだが、労働の疲れが来ているのか、ゼクスの腕を振りほどく事もできない。


「ホッホッホッ。暴れる獣を押さえるのも久しぶりですね! 現役時代を思い出しますぞ!」


「お前ら!」


「バーバリさんが気にしていた人物は判明しました。次にこの鬣ですね。誇りと言うこの毛、自分が元に戻させて頂きますよ」


「な、何を!? 小僧! 止めぬか!」


「嫌です。〈再生〉!」


「ヌッ! ぬあああっっ!」


 洞窟内に響き渡る獣人の響き声。

 ミツがバーバリの頭へと再生スキルを発動すれば、バーバリの頭皮が熱く、熱く熱を出し、まるで頭の上で焚き火をしているかと思える感覚がバーバリに襲いかかる。

 バーバリの短く切られてしまった鬣は時間もおかずとシュルシュルと伸びていき、短髪の髪の毛が今では背中にまで届く程に髪の毛を再生させる事ができた。


「よっと。さっ、その誇りは元に戻りましたよ。お姫様やベンガルンさんの元に帰りましょう……。ププッ」


「き、貴様! よくも我が決意を!」


 バーバリの鬣となる髪の毛は再生スキルで元に戻した。

 しかし、再生したばかりの毛は以前生えていた毛とは違い、真っ直ぐなストレートにバーバリの頭から生えている。

 ライオンの鬣と言えばまるで向日葵の様に広がるイメージがあるだろうが、今のバーバリの鬣はストレートヘアーのサラサラな髪である。

 パーマをかけていた人がいきなりストレートヘアーになると、違和感というか、バーバリのその姿にミツは笑いを溢してしまう。


「バーバリ殿。貴方が主君の側を離れた事に、今、ローガディアの者たちは混乱しておりますぞ」


「ゼクス……」


 ゼクスはバーバリが突然自身の役目を放棄した事を話にいれつつ、彼へとローガディアの内情を話していく。

 ゼクスは現役時代に獣人国との繋がりもあったので、チャオーラやメンリルから相談を受けていた。

 他国の事であるために口出しはできずとも、彼らにアドバイスや心ばかりのサポートはしてあげたい。

 そんなゼクスの働きはダニエルにも伝わり、彼は王族や問題がある中、バーバリの情報を探す様に差し向けてくれていた。

 結果としてはミツがバーバリを見つけ出してくれたが、バーバリが抜けた事に既にローガディア国の兵の中には色々と問題が起きてしまっている。

 それは情報の停滞と、内部の争いである。

 エメアップリアに側仕えとしてつけられているメンリルは貴族婦人としては上の立場の者であるが、問題が重なりすぎて彼女だけでは処理しきれていない。

 ゼクスはメンリルの今置かれている状況、またバーバリがいない事に、荒れ始めた内情を話していく。

 獣人国の習わしの一つとはいえ、やはり突然上の者が突然姿を消してしまうと、配下は戸惑いを隠すことはできない。

 チャオーラやベンガルンの他にも有能な部下やメンリルの様に指揮の取れるものがいれば、彼が居なくとも一時的には現状維持と言う形は取れる。

 しかし、それは維持をするだけで、踏み出す一手を切り出すことはない。

 ゼクスの言葉が次第と強く、そして厳しく変わっていく。

 バーバリは最初こそ歯向かう様にゼクスへと反抗の発言を繰り出すが、それを全て論破していくゼクス。

 次第と聞く姿勢を取り直したのか、バーバリの眉間からシワが消え、反抗と言葉を返すことが無くなっていく。

 そして、ゼクスの言葉が暫く続き、バーバリの心をやっと動かしたのか、彼は自身の守るべき主君をこの数日と放ったらかしにしていたことを悔やみ始めていた。

 

「バーバリさん。今ここで後悔しても、ハッキリ言って意味がありません。過ちを起こしたならそれを相手に謝罪と気持ちを伝え、今後に活かせばいいんです。別に誰も貴方を遠のかせていた訳でもありませんし、むしろ貴方を待ってくれてる人達も居るんです。それならさっさと戻ってローガディアの皆さんを安心させた方が、まだ賢い選択ですよ」


「……」


「確かに。ミツさんのおっしゃる通り……。バーバリさん。武人の心が貴殿にまだあるのなら、その顔を上げ、主君の前へと赴き、礼を尽くすべきですぞ」


「……分かった」


 沈黙を続けるバーバリの口から、やっと戻ることを決めた言葉を絞り出した。

 ミツは早速トリップゲートを発動し、バーバリを連れてフロールス家へと戻ることにした。

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