第128話 心にこびりついた思い

 ペナルティーの依頼2日目。

 今日は予定としていた荷運びの作業は無い。

 マネと共に昨日行なった作業が2日分以上の効率をだし、自分とマネはヘキドナ達と共に清掃作業を行っていた。

 清掃と言っても家の掃除や道の掃き掃除なんて優しいレベルじゃない。

 

「今日はここだよ」


「はあ……。下水掃除か」


「結構臭いますね……」


「しゃあ! やりますかね姉さん」


「……」


 皆は今回の武器である掃除道具を構え、汚れた橋の下を見つめる。

 橋の下に流れる汚水は落ち葉などが腐り、ヘドロとなり匂いをだしていた。

 この世界にビニール製品は無いのでペットボトルなどは無い。

 それでも人が捨てたと思われる物は肉串を刺していた串や、飲み物を入れていた木のコップが浮かんでいる。

 まあ考えたくないが他にも汚物などが混ざっていると思う。

 これ、結構ハイレベルな依頼だと思う。

 ヘキドナはボソリと鬼エンリめとボヤいていたがそれはスルーしといた。


 マネは昨日ヘキドナに言われた通りに家に帰り、ざっと井戸の水で身体を洗い直ぐにベッドに入っていた。

 モヤモヤとした気分が自分と話して晴れたのか、夢見が良かったのか、今日のマネは随分とスッキリとした顔をしている。

 作業を始める前と五人で朝食を食べたがマネはおかわりをする程に随分と調子を取り戻したようだ。

 だが、今日元気がない子が一人。

 いや、彼女も18歳。子扱いは失礼なのかもしれない。


「シュー、どうしたっての!?」


「何? 朝食食べすぎて気持ち悪い?」


「……何でも無いシ」


「「?」」


 エクレアとマネが声をかけるがシューの返答にいつもの元気が見当たらない。

 いや、朝食を共にするときはいつもの元気はあったのだ。

 そりゃマネと焼きたてのパンを取り合う程に。

 ヘキドナが一言注意したら二人は直ぐに大人しくなったけど。

 本当に食べすぎたのかと思い、ミツもシューへと声をかけるがやはり帰ってくる声は小さかった。

 シューの様子がおかしいと皆で顔を見合わせていると、ヘキドナが何かに気づいたのか、小さく舌打ちをし、しまったと声を漏らす。

 マネとエクレアの声を無視するようにシューが少し離れて黙々と掃除の準備を始める。

 ミツがヘキドナへと近づき、何に気付いたのかを質問してみる。


「ヘキドナさん、シューさんはどうしたんですか? シューさん、突然気持ち落ち込んだようにみえますけど。ヘキドナさんなら何か理由を知ってるのでは?」


「……」


 ヘキドナは自分と視線を合わせた後、しゃがみ込んでいるシューの後ろ姿を見ながら口を開く。


「……あの子と初めて会ったのはその橋の上だったか……。と言っても、初めて見たシューは今と違い、結構殺伐とした感じだったけどね」


「橋の上ですか……」


 ヘキドナは少し眉を寄せながら語りだす。

 シューとの初めての出会いはヘキドナの言うとおり、感動や運命的な出会いとは程遠い出会い方であった。

 シューは歳も幼い頃に母親に捨てられ、日々残飯をあさり、飢えとの戦いを幼くして課せられていた。そんなシューが寝床にしていたのがこの橋の下、下水が流れるここである。

 シューは空腹にてまた残飯を探しに行こうと橋を出たその時だった。

 偶然にも自身を捨てた母親を見つけたシューは、日々の恨みを返す思いとその場を駆け出す。

 その時偶然にも橋を背もたれに休憩していたヘキドナと妹のティファ。

 その時ヘキドナが使っていた武器である剣をシューが奪い取り、シューはその剣で女性を斬りつけようとする。

 だが、シューはヘキドナに盗っ人と間違えられ、彼女は取り押さえられたのだった。

 

 その話を聞くだけで、確かにここの思い出はシューにとっては苦い思いでしかないと思ってしまう。

 シューが見た女性も母親ではなく人違い。

 だがその勘違いでシューはヘキドナとティファの二人と出会うことができた。

 シューも大人。しかしまだ数年前では彼女の記憶から消えるにはまだ浅すぎる年月である。

 彼女は無意識とここに足を運ぶのを遠ざけていたのかもしれない。


「まいったね……。一応他の場所も清掃の場所はあるんだけど、あの子だけ行かせるのは危なっかしいからね……」


「ヘキドナさん、それって何処ですか?」


「ああ、坊やも昨日行った臨時の風呂場のところだよ。掃除をしたいって話が来ててね。あたし達も使う場所だから別にやるのは文句は無いけど、あのこ一人で行かせる場所じゃないからね……」


「そうですか……」


「仕方ないね。シュー、ちょっとこっちに来な!」


「んっ? アネさん、何だシ?」


「シュー、エクレア、あんた達二人は風呂場の掃除に行きな」


「えっ……。でも、それだとここ三人だけになるシ」


 シューはヘキドナの言葉に眉を上げ、恐る恐るとミツとマネを見つめる。


「そうだよリーダー。三人だけであれを片付けるのはキツイよ。それなら五人でやった方が良いんじゃない? まあ、私は風呂場の清掃がまだいいかな……。なんちって、えへへ」


「……はあ。元々ここは三人でやるつもりだったんだよ。まだ力仕事で使えるマネの方が二人より役に立つよ」


「おっ!? 何だか分かんないけど、あたい褒められてる?」


「……。ネエさん。ウチ……」


「フンッ。湿気た面見てたらこっちのやる気も抜けちまうよ。ただでさえタダ働きでイライラしてんだ。エクレア、ボサッとしてないでさっさと行きな!」


「は、はい! なんで私が怒られてるの……?」


「ミツ、ごめんだシ。あっちの掃除が終わったら手伝いに戻ってくるシ」


「はい。でも、シューさんが戻って来るまでには終わらせてると思いますよ」


「?」


 エクレアはヘキドナに尻を叩かれる思いと、シューの手を引っ張り急いで風呂場の清掃へと走り出す。時折後ろを振り返るシュー。

 だが、遠目に見て母親に引っ張られる幼い娘にしか見えないのが本音である。そんな言葉は出さないけどね。


「ハッハハハ! シューの奴、なんか母親に引っ張られる子供みたいだっての」


「……」


 そう言えばマネは思ったことを素直に言う人だった。


「さて、先に浮かんでいるゴミを取り除かないとね……。はあ……。坊や、あんたには特に働いてもらうよ」


「いいですよ。かき出した奴をアイテムボックスに入れて持っていくんですよね?」


「フンッ、いいね、分かってるじゃないか坊や」


「おっ。そう言えばミツがいれば、かき出したゴミを持っていくのは楽だっての! ネエさん、こりゃ早く終わりそうですね!」


「ああ。んっ? どうした坊や」


 ミツの視線が水路の先を見ていることが気になったのか、ヘキドナが声をかける。


「いえ、この水って上流から流れて来てますよね?」


「……まあ、水ってのは上から下に流れるもんだからね。それが?」


「いえ、どの辺からこの水って汚れてるのかなって思いまして。この場所を掃除したとしても、またゴミが溜まっては意味がないんじゃないかと」


「いや、それはないね。この川の上流はそんなに汚れてないのは確認している。ここのゴミが溜まってるのはどこかが詰まってるんだろうね。そのせいでここから下流は少し濁った水になってるんだよ」


「なるほど。ここが片付けることができたら問題なさそうですね。……あっ。そうだ」


「ん? どうしたってのミツ」


 ミツがあることを思いつき、手を一つうったことにマネが首を傾げる。


「お二人とも、先に橋を掃除しませんか? 川の掃除は後でまとめてできますから」


「「?」」


 ミツの提案に顔を見合わせる。

 視線を戻し、ヘキドナはコクリと一つ頷き返す。


「まあ……どの道、橋の下の清掃はしなきゃいけないんだ。片付けることができるならどっちでも構わないよ」


「姉さんがそう言うなら。それで、ミツ、どうするんだい?」


「はい。まず橋の下にこびりついた汚れは水魔法で洗い流します」


 自分は掌にバレーボール程の水玉〈ウォーターボール〉を取り出して二人へと見せる。


「なるほどね……。坊やはそう言えば水魔法も使えたね。女に爆風を浴びせるだけしかできないと思ってたよ。フフフ」


「えっ……」


 ヘキドナは少し頬を上げ、武道大会で戦ったミツの分身との試合をイタズラっぽく話し出す。


「あっ!? いや、確かにそうなんですが、あれは自分であって違うと言うか……」


「はいはい。話はまた、早く始めようじゃないか」

 

 ヘキドナはひらひらと手を振り、橋の下へと歩き出す。

 ヘキドナと戦ったのはミツの真面目タイプであり、ミツがヘキドナへ怪我をさせた訳ではないと言うのに言葉がだせず、思わず掌に出した水玉を落としてしまう程に動揺してしまった。

 

 橋の内側にはびっちりと緑の汚れがこびりついている。

 何だろうと落ちていた木の枝で擦ると、それはボロボロと簡単に剥がれ、剥がれたところには橋の内側である石壁が姿を見せる。


「汚れというか、これは苔ですね。これなら簡単に落とせそうです」


「よし! ミツ、やるってばよ!」


「はい」


 マネの言葉に水玉を発動。

 試しに一つ汚れへと水玉をぶつける。

 水風船を破裂させた様に水玉は弾けると、当たったところは綺麗に苔の汚れを落としてくれていた。

 これなら行けると、先ずは上の方にこびりついた汚れを落としていく。

 バチンッ、バチンッと橋の下から聞こえる音に、周囲の人も何か何かと橋の下を覗き込むように視線が集まる。

 ボトボトと落ちてくる水と苔の汚れを避けつつ、ミツは水玉を投げ続けた。


「おー。お前さんがこっちに残ってくれて楽ができるね」


「ほら、マネ。サボってないで落ちた汚れを集めるよ」


「はいっ。ガッテンです姉さん!」


 汚れが固まった所は、スキルの〈忍術〉〈水鉄砲〉で狙い撃ちして汚れを落とす。

 一見遊んでるように見えてしまうのは、周囲の人には自分の身姿が子供に見えるからだろうか。


「よしっ! ちゃんと落ちたな」


《ミツ、経験により〈ウォーターボール〉がレベル3となってます》


(おっ。結構使ってたからね。何発撃ったのかも、30超えた辺りから数えるのを止めてたよ)


 ヘキドナ達と共に、落ちた苔を1カ所に集めそれをアイテムボックスへと収納。

 ゴミなどを態々台車に乗せ、指定の場所まで持っていくという手間も省けるので作業効率はとても良いと思う。


「さてと。次はこの水路だね……」


「姉さん、取り敢えず届くところは引っ張り出しましょうか?」


「はぁ……そうだね」


 渋々と動き出す二人。

 二人が大きな熊手の様な形をした掃除道具を水路へと入れる。

 すると一回の引き上げで多くのゴミを水路から掻き出していた。

 一度でこれだけ出せると言うことはそれだけゴミが溜まっているという証拠。

 マネは兎も角、ヘキドナには少しきつい作業なのか、彼女は一度熊手から手を離し、プラプラと手を振っている。

 これを続けても効率が悪いのは明らか。


 ショベルカーがあれば先端にグラップル、解りやすく言うとUFOキャッチャーのアームを付けた重機があれば、また効率は違ったかもしれない。

 やれやれとゴミを掻き出し続けようとする二人の手を止めさせ、彼は二人へと提案を出す。

 

「お二人とも、少し待ってください。先に水路の水を止めます。その方が掃除も早く終わると思いますので」


「はあ? 坊や、水を止めるってどうするんだい」


「はい、この水路のずっと手前。奥の方から流れてくる水ですが、そこに分岐となってるところに壁を作ります。水を止めても水はもう一つの分岐の方へ流れるので水が溢れることはないと思いますから」


「か、壁って……」


 〈マップ〉のスキルを発動しつつ、ミツは水路の先を調べていた。

 二人に伝えた通り、この水路は領主家の近くから始まり、貴族街を通り、商業施設、そして庶民の住むこの庶民街を通っている。

 水路は真っ直ぐ通っているのではなく、商業施設の所から数多く分岐する様に水が流れてきている。

 雨で増水した時の冠水防止なのか、それとも下水の為なのか。

 理由はともかく、半日この水路の水を止めることには問題なさそうだ。

 なぜそんな事が解ったかと? 

 それは勿論最高のサポーターであるユイシスに聞いたからだ。


「そ、そんな事して大丈夫だっての?」


「掃除の為です。それにこんな汚れた水が下流に流れて喜ぶ人なんて、先ず居ないですよね?」


「「……」」


「坊やは随分とぶっ飛んだ事を考えるね……。まあ、好きにしな」


「姉さん、やらせて良いんですか?」


「マネ、別にここをぶっ壊す訳じゃないんだよ。坊やの言ったとおり今からするのは掃除だよ」


「は、はあ……」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 シューとエクレア。二人は今、洗濯後に流れる水路の掃除をしていた。

 小さな水路なので人が流されるような場所ではない。

 だが、小さいからこそ汚れが溜まりやすく、掃除も大変な場所でもある。

 

「くっ! 先週声をかけてきた酔っぱらい並にしつこいわね、この汚れわ! もう!!」


「……」


「シュー、汚れ落としもっとこっちに流して」


「解ったシ……」


 シューが桶に入った汚れ落とし用の薬液をエクレアの前に垂らす。

 そのシューの目はどこを見ているのか、先程から彼女はエクレアの言葉には淡白な返答しかかえしていない。

 

「もう良いわよ」


「……」


「……はあ。ねえ、シュー」


「なんだシ?」


「なんだじゃないわよ。さっきから心ここにあらずみたいに、いつも以上にボケーッとしちゃってさ。いつもの無駄な元気はどうしたのよ」


 エクレアがシューの頬をぷにぷにと突きながら元気がないことを指摘する。

 シューは突つかれる指先をスッと避け、何でもないと少し離れて掃除を再開する。


「なによ。もう……(私よりマネがこっちに来てた方が良かったかな……)」


 ゴシゴシ、ゴシゴシと会話もなく二人は沈黙としたまま掃除を続けていた。


 二人と共に水路の上流、水門手間へにやってきた。上流なだけに少し水の流れが早い。


「ここが水路の分岐ですね。ではこちらに流れてくる水を止めます」


「ああ、もう好きにやんな」


「はい、好きにやらせてもらいます」


「フンッ。いっちょまえに言うね」


 水門を閉じれば済む話なのだが、門一つ閉じるのに色々と手続きなどがあると言う事でそれはヘキドナが却下した。

 なので解らない程度に水路の下から〈アースウォール〉を発動し、水の流れをジワジワと止めていく。

 派手にバンバン土壁を出してしまうと、色々と面倒くさい人が来るかもしれないからね。


「よし。これでこちらの水路の水は止まりましたね」


「姉さん。今更ですけど本当に良かったんですか?」


「……。マネ。あたし達は清掃をしに来た。あんたは言われた場所を掃除していた。あたしもあんたも言われた依頼をやっていただけ……いいね?」


「は、はい……」


「お二人とも、これを」


「なんだいこれ?」


 二人に渡したのはゴミを拾うときに使うトングである。


「武器? にしてはただ鉄がくの字に曲がっただけのような……。ミツ、なんだってのこれ」


「これはですね。こんなふうに態々しゃがまなくても。ほら、小さなゴミなら簡単に掴める掃除にはピッタリな道具ですよ」


「へえ……」


「おお、いいね。面白いもの持ってるじゃないのミツ!」


 これは洞窟でスケルトンが使っていたボロの剣を〈物質製造〉で作り変えた品物である。

 ボロボロに刃などが欠けた剣も、今はホームセンターに売っている便利グッズへと姿を変えていた。


「これを使いながら清掃する場所までゴミを拾いながら行きましょう。ここのゴミも放っといたらどの道下流に流れていきますからね」


「掃除は橋の下だけでいいのに。全く、坊やは人がいいね」


「それと、ゴミは自分がアイテムボックスにいれますので二人は自分の背中に背負ったこの籠に入れてください」


 魚釣りの時に使用していた魚籠を背負い、自分は水路の中へと入っていく。

 まだ水を止めたばかりなので自分の膝程の深さはあるが問題はない。

 水路の中にあるゴミは〈吸引〉で近くまで引き寄せ拾う。


「ふーん……。ほらっ」


 ヘキドナは水路近くに落ちてあるゴミをトングで拾い、ポイッと投げる。

 素早くヘキドナへと背を向けるとゴミは籠の中へと入った。


「おっと!」


「おっ! やるねミツ! よし、アタイ達が拾った奴、落とすんじゃないよ! それっ!」


「よっ! マネさん、これくらいなら余裕ですよ。じゃんじゃん来てください!」


 水路の左右にヘキドナとマネが別れ、左右からゴミが自分へと飛んでくる。

 これも一見、傍から見たら二人がゴミを水路に投げ捨ててるのではと思う光景だろう。

 しかし、水路の中を歩いている自分の籠に入れていることが解った人は、その様子を感心した思いとその場を去っている。

 また、何処から持ってきたのか、マネは樽や壊れた手押し車を持ち上げ、自分へと投げようとしていた。

 流石にそんな物が籠に入る訳もないのでそれは押し留めさせ、自分が近づきボックスの中へと収納した。

 日本でも水路にはペットボトルやお弁当の空、と主にビニール製品等が水路の詰まりの原因になっている。

 酷いものでは家電などを当たり前と捨てている人も居るようだ。

 先程からマネやヘキドナが拾ってる物の中に、まれにポーションを入れていたと思われる入れ物、破れた麻袋、壊れた家具を見つけている。

 橋の下の掃除がメインだと言うのに、何だか水路周辺の清掃が主な掃除に感じてきた。

 それを一刻程で済ませ、少し休憩を入れた後に自分達は橋の下、詰まり一番汚れている場所へと戻ってきた。

 水嵩が減ったおかげか、水路の底に溜まったゴミが目に見えて現れている。

 その分やはり臭いがキツくなっているのか、橋を渡る人は少し駆け足気味にその場を去っていた。

 自分達の鼻が既に匂いに慣れてしまったのか、最初ほど匂いを気にはしていない。

 だが、水路を1歩歩けば足の下でグニャと何か腐ったものを踏む感触が伝わってくる。


「さてと。後はここだけですね」


「こりゃ今まで以上に大変だね〜」


「マネさん、そんなこと無いですよ。寧ろこの状態の方が早く終わります」


「なんだって!?」


「フンッ……。坊や、見せてもらおうか。あんたのその言葉の意味をね」


「はい」


 ヘキドナへと笑みを返し、自分は1歩1歩と固まったゴミの中心へと近づく。

 足の下ではバキバキと腐った木の枝が折れる感覚、また進む為に足を上げるとグチャ、グチャとヘドロとなった汚れが足を引っ張る。

 固まりとなったゴミに自分は触れ、それを一気に引っ張り、掃除機で吸い込む勢いと全てをアイテムボックスへと入れてしまう。


「「……」」


 更に足元に絡みつくヘドロを掴む感覚に手を近づかせ、それもボックスへと入れてしまう。

 一瞬にして目の前から消えたゴミの山。

 一瞬にして底が見える水路の道。

 不快にも飛んでいた虫は、寝床としていたゴミが無くなった為にその場を飛び回っている。

 自分は少し弱めに火壁〈ファイャーウォール〉を発動し、飛び回る虫も駆除する。

 ゴミが無くなったことに悪臭となっていた臭いが無くなり、橋の周囲の人たちも水路を覗き込み始める。

 ガヤガヤと騒がしくなっている中、マネとヘキドナが水路の中へと入ってくる。


「……随分とあっさり片付けるね坊や」


「ミツ、お前さんはやっぱり凄えな! は〜。あれだけ汚れていた場所がこんなに綺麗になるなんて」


「お二人とも、まだ終わりじゃ無いですよ。止めた水をまた流さないといけませんからね」


「おおっ! そうだっての!」


「ふっ……。坊やのおかげで、この依頼も1日で終わっちまったね。感謝するよ」


「お役に立てたみたいで良かったです。今、土壁をゆっくりと解除してますので、もう少ししたら水が流れてきますよ。お二人とも、水路から出ましょう」


 三人は水が流れてくるのを待つように近くに腰掛けて水が来るのを待つ。

 少しづつ流れてきた水を見ていた子供たちが騒ぎ出す。

 作業を見ていた人々もこの場所で汚れていない水を見るのが珍しいのか、見物する人々が橋を敷き詰めていた。


「さて、後は回収したゴミを指定の場所に持っていけば後はここでの作業は終わりですね」


「……いや。もう一つあるよ」


「えっ?」


「坊やは拾ったゴミを捨ててきな。マネ」


「はい、姉さん」


「シューを連れてきな」


「シューをですか? 分かりました!」


 マネは理由を深く聞かず、ヘキドナの指示に従いお風呂場で掃除をしているシューの元へと走っていく。

 何故ヘキドナがシューを呼んだのかは分からないが、取り敢えずミツはゴミを指定の場所へと捨てに行くことにした。


 ゴミを引き渡した後、橋へと戻ると既にシューを連れてマネが戻ってきていた。

 ゴミの量が多すぎて、引き渡しに少し時間がかかってしまったので仕方ない。

 水路の水は普通の水量に戻り、水の流れる音が聞こえている。

 ゆっくりとヘキドナ達のところへ近付き、三人の話を後ろから聞いてみる。


「……凄いシ」


「シュー」


「アネさん、なんだシ……」


「見てごらん……これは今のあんたの胸の中の状態だよ」


「……」


「腐った物に詰まらせていた昔のあんた。それが今では何にも無い、ただ単に下流へと水を流す場所になってるんだよ」


「……」


「シュー。腐った記憶はそろそろ捨てな。あんたは私の妹なんだからね。まだここを見てウジウジとするなら、あんたをこの水路に叩き落とすよ」


「……」


 ヘキドナの言っている意味は二人は理解できたのか、シューは俯き、マネは何も言わない。

 母に捨てられ、シューは悲しい記憶を残してしまっている。

 それは普通なら子が見るべき親の顔は見ることもできず、目を開ければ目の前には腐り溜まったゴミしか瞳に写らない。

 橋の上を渡る親子の笑い声にシューは幾度も自身の唇を噛む思いだった。

 そんな記憶を呼び覚ましてしまう場所。

 そこが綺麗に汚れは流され、悪臭も鼻をさすことはない。

 鬱陶しく頭に止まる虫もいない。

 シューはヘキドナの言葉に押されるように、嫌な記憶が頭からスッと消えていく気になっていた。

 変わりに思い出すのは仲間たちの記憶。

 ヘキドナとティファ、二人と過ごした日々。

 マネと喧嘩しながら笑いあった日常。

 エクレアと共に歩いた街の中。

 そして洞窟で出会った不思議な少年とその彼の仲間たちの姿。

 拒絶したくなる嫌な記憶だけじゃない。

 寧ろ今の自身は凄く幸せだ。

 橋の上を笑う人々の姿を恨む事はもうしない。

 寧ろ今度は自身が笑いながら橋を渡ろう。


「……シシシッ」


 小さな笑い声と一緒に小さく頷くシュー。

 彼女が顔を上げた時、彼女の目尻には涙が流れていた。

 ここは彼女の避けるべき場所から、頻繁に足を運ぶ場所に変わったのだった。


 そして、エクレア一人を残していた風呂場の清掃へと戻ってくる面々。


「遅い! 皆でなにやってたのさ!」


 開口一番、エクレアは掃除道具片手にプンスカと怒りをあらわにしていた。

 怒ったエクレアだが、彼女はシューがその場を去ったのちでも一人で清掃を黙々と続け、しっかりと終わらせていた。 

 マネがエクレアを宥めつつ、ヘキドナとシューは今日も無事にペナルティーの依頼を終わらせたことに上機嫌に酒場へと行く計画を立てていた。

 共に行くかと誘われたが自分がお酒が弱いことは自身でも自覚しているのでそこは断ることに。

 ならこの場で解散とヘキドナ達はこの場を後にする。

 ミツは今日もボイラー室にいると思われるカートの元へ。

 そこにはカートの他に、恰幅の良いおばさんが共に話をしていた。

 あの人は確かにこのお風呂場の管理者の人。

 受付けや洗濯物を渡す場所で見たことあるから間違いないだろう。


「あっ……。ミツさん」


「カートさん、お話中でしたか。では、また後日にでも」


「いやっ! 待ってくれミツさん。それがその……昨日君がやった事にあの人が……」


「昨日と言うと……。魔石に魔力を入れたことですか?」


「……うっ」


 カートは言葉は出さず、ゆっくりと頷きで答える。


「カートさん、どうしたんだい? おや、坊やは昨日見た……。それよりもだ。カートさん、いったいどうやって魔石を元に戻せたんだい!? こればっかりは黙って済ませる話じゃ無いんだよ!」


 恰幅の良いおばさんはカートに湯を温める為の魔石が、また湯を作り出すほどに魔力が戻った事を問い詰める。

 おばさんは昨日まで使用していた洗濯場の湯がぬるま湯であったこと、そして先程ここに来たのか、洗濯場のお湯が湯気を出すほどに熱を出していた事に驚いていた。

 他の人は管理者であるおばさんが魔石を交換したのだと思い、気にもせずに洗濯をしていたようだ。

 だが、全く身に覚えのないおばさんは直ぐにボイラー室に居るカートへと説明を求めていた。

 そこに偶然にも自分が鉢合わせたと言う事だ。

 

 洗濯場に流れる湯に使われる火の魔石。

 この魔石が元に戻ったのは昨日の話である。

 自分はカートからカセキになりかけの小さな火の魔石を受け取り、魔力を注ぎ込むスキルの〈ディーバールチャンスダイ〉を発動。

 今にも消えかけそうなロウソクの灯火程の赤色の光。その灯火とも言える光が一変し、赤色から色を濃いくした茜色へとみるみる色を変えていく。

 カートは目を見開き、自分から魔石を受け取る。

 彼はその魔石を軽く握り込み、魔石を水が入った桶の中へと入れる。

 すると魔石はブクブクと勢い良く空気を吹き出し、水はプツプツと気泡を立たせ、薄っすらと湯気を出し始める。

 次第と泡の大きさが大きくなり、数分も立たずに桶の水はお湯と変わってしまった。

 

「凄い! ミツさん、魔石の力が元に戻ったよ!」


「はい、そうですね。でも、小さな魔石でも桶の水をお湯にする程に効果はあるんですね。カートさん、他の魔石も魔力を入れますので貸してもらえますか?」


「本当かい!? じゃ、早速こっちの小さな奴から頼めるかい?」


「勿論」


 カートは色を失いかけている火の魔石。

 1センチも無い魔石が入ったケースを渡してきた。

 自分はそれを受け取り二つ返事にその魔石に魔力を流していく。

 結果は14粒の火の魔石を復活させ、カートはそれを使用していたそうだ。


 ミツはカートに笑みを送った後、おばさんの前に立ち挨拶をする。


「お話中すみません。自分はミツと申します」


「あっ? ああ。私はリンダ、挨拶ができるなんて偉いね坊や」


「いえいえ。ところでカートさんが魔石の魔力を戻した件なんですが。実は……」


 管理者のおばさん、もといリンダへと昨日の出来事を説明する。

 カートは良いのかと後ろから声をかけてくるが別に問題はない。

 ミツの魔力を分け与えるスキルは、リッケ達も聞いたことあると話を聞いたことがあるからだ。

 ここで一つミツは勘違いしていた。

 確かにリッケは他の人から魔力を分け与える魔法があるとは言った。

 だが、魔石に魔力を送ったとは一言も言っていない。なら何故こんな勘違いを起こしたか。

 それはユイシスからカセキとなった魔石はスキルの〈ディーバールチャンスダイ〉これを使用すれば魔力を失った魔石や、カセキとなった物はもとに戻せると説明を受けていたからだ。

 これがこの世界の一般常識だと思い込んでいたせいかもしれない。

 さらっと言った言葉も二人はそれ程魔法にも魔石にも詳しくないのか、細かいつっこみは来なかった。

 リンダは最初こそ訝しげにミツとカートを見つつ、険しい表情を浮かべて何処かへと行ってしまった。

 リンダは時間もおかずに戻ってくると、彼女の手には小さな魔石が手に握られていた。

 お前さんの話が嘘か本当なのかを私のこの目で判断してあげるよと、リンダから色の薄い水の魔石を受け取る。

 ミツは魔石を受け取りリンダの前でそれを握り魔力を込める。

 掌にスッとした感覚が通り、ゆっくりと掌を開けると魔石は元の真っ青な水の魔石へと変わっていた。

 リンダは目の前で起きた出来事に目を見開き驚いていた。

 リンダを落ち着かせ、ミツが何故こんな事をしたのかを彼女へと説明する。

  

「ここのお風呂場はとても人気がありますけど、残念ですが期間限定と言う事で使える人も限られます。街の人が好んで使っているならそれに協力しようかなと。それに自分も使わせてもらってますからね」


「……それだけかい」


「はい。理由はそれだけです」


「なら、魔石を元に戻した見返りは何を求めるんだい。悪いけどここで金銭を求めるならお門違いだよ。お前さんも知ってるだろうが、入る金は銅貨三枚、1日の稼ぎもここで働いてくれている者達の金に変えるのがやっとな程。その魔石も領主様のご厚意で回してもらっている物だからね。悪いが正直お前さんに差し出せる物なんて無いよ」


「いえ。お金が欲しい訳では無いのでその辺はお気にせず。ああ、でも……」


 やはり何か欲しているのかと思われたのか、リンダの目が細くなる。


「フンッ。なんだい。やっぱり見返りが欲しかったのかい」


「見返りというか。ここのお風呂にいつでも入れるならそれが自分にとっての見返りかなと思いまして」


「!?」

 

 思わぬ言葉にリンダは目をぱちくりさせながら、目の前の少年と返された自身の掌の上にある魔石を見る。

 そんな二人のやり取りを見ていたカートが吹き出し笑い出す。


「プッ……。あははは。ミツさん、流石にそれは笑っちまうよ」


「カートさん、でも家にお風呂が無い家は多いですよ? 最近は外も肌寒くなってきてますからね。流石に温めた布で身体を拭くだけでは風邪とかの病気になっちゃいますよ」


「あー。確かに冬場に体を洗うのは辛いよな。そうだ! リンダさん」


 カートは何か思い浮かんだのか、ポンと一つ手を叩き、リンダへと提案策を話し出す。


「な、なんだい?」


「彼が見返りがいらないって言うなら、是非彼に魔石に魔力を入れてもらうのはどうです!? 変わりに、彼にはここの入浴料をタダにしちゃどうですか!? リンダさんの言うとおり、どうせここの金銭は渡すこともできねえし、ミツさんだってこの風呂場を気に入ってくれてる。どっちも損をする話じゃねえだろう?」


 カートはこれは名案とおも


「……。フンッ。カートさんや、それは私が決めることだよ」


「うっ……。そりゃそうですね……。すみません」


「はあ……。えーっと。お前さん、ミツって言ったね」


「はい」


「そんなにここの湯を気に入ってくれたのかい……」


「そうですね。足も伸ばせるお風呂って中々気持ちいいじゃないですか。それに皆で入るお風呂は好きですよ」


「……ハッ。そうかい。なら、私と交換条件といこうじゃないか」


「?」


「お前さんの入浴料をタダにしてやる変わりに、魔力が無くなりそうな魔石には魔力を入れてもらうよ。勿論それだけだとこっちが得してるからね。そうだね……よし、風呂場で売ってる物やサービスをタダにしてあげるさ。これでどうだい?」


 リンダは小さな魔石一つでも、それは金貨の価値があることは知識として持っている。

 風呂の入浴料、それと浴場内でのマッサージや垢スリ、背中流し、井戸の水で冷した飲み物、それにお酒や塩気の強いつまみ。 

 これら全部を使用しても銀貨3~4枚程度にしかならないが、これがここでできる最高の条件でもあった。

 だが、タダと言われてもそれを販売する人からお金を払わないのは商売をしている人にとっては損でしかない。

 とくに姉弟二人で背中流しをしているはずの二人のように、ここに生活費を稼ぎに来ている人しかいないのだから。

 取り敢えずリンダの提案を了承して、入浴料だけをタダにしてもらい、ミツは中の販売やサービスにはちゃんとお金は払うつもりである。


「はい。其方がそれで良ければ自分は大丈夫です」


「そうかい……。でもお前さんには悪いが、私もここの管理者を任せられている身。一応この件を領主様の耳に入れないといけなくなる。それでもお前さんは良いのかい? 今なら私もこの魔石のことは見なかった事にするけどね……」


 リンダの躊躇いは別に魔石を元に戻せることが領主様の耳に入ることを懸念してではない。

 臨時の風呂場のサービスよりも、使いどころを変えればもっと稼げるぞと遠回しに言っているのだ。

 だが、リンダの口から領主様。ダニエルの話が出たのでミツは問題ないと答える。


「領主様? ああ、それなら問題ありませんよ。恐らく向こうも納得してくれるはずです」


 ダニエルにはもう色々と見せているので隠す内容はない。

 いや、まだ目の前で魔石を作り出すところや〈影分身〉のスキルなどは見せていないけど……。 

 うん、きっと大丈夫。


「なにっ!? 」


 ミツが間もおかず、二つ返事にリンダの言葉を了承した事にカートも口を開き驚きの表情であった。

 まさか領主様と目の前の少年が関わりがあるとは思わなかったのだろう。


 話はついたと、今日は少し大きめの火の魔石に魔力を入れる作業を行う。

 リンダもやはり興味があるのか、それとも一応管理者としての目を光らせているのか共に魔石を見届けるようだ。

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