第94話  忍者vsくの一。


 モクモクと煙で足元が隠れ始めたころ、自分は笑顔を向けてシャシャへとこう告げた。


「降参してください」


「……へっ」


 思わぬ言葉に、呆気にとられたままの彼女にもう一度伝える。


「ですから、降参しませんか?」


「な、なっ!? ふざけるな!」


 告げられた言葉にふるふると身体を震わせ、自分をギロリと睨むシャシャの瞳は怒りに満ちていた。


「はぁ……。やっぱり駄目ですか。さっきの腹部の一撃で終わってくれたら良かったんですけど」


 そう言葉を残し、自分の姿が煙の中へと消えていく。


「さっきの言葉、必ず後悔させてやるよ!」


 煙幕の煙が闘技場を包み、シャシャの姿も飲み込んでいく。


「おおっと! 突然現れた煙にミツ選手、シャシャ選手共に見えません! 火の魔法で起こした煙では無さそうですが、これでは二人の戦いがお伝えできません」

 

 闘技場を包み込む程の煙幕スキルの煙。

 それを見た観客席からはどよめきに似た声が漏れてくる。

 実況者が声を出す前に、煙の中では既に戦いが始まっていた。

 シャシャは直ぐに駆け出し、自分がいたところへと近づくと、気配のある方へと躊躇いもなく風刀を振りぬいた。

 だが、彼女の振りぬいた手には感触は全く無く、空を斬るだけであった。


「何処行った! 見えるはずが無いのに、何でその場から動いてるのよ」


 シャシャは煙幕スキルの効果を勘違いしていた。

 それは他者から自身の姿を見えなくするだけでは無く、対象の動きを止める効果だと間違った認識をしていたのだ。

 だが、彼女がそう思うのも仕方ない事。

 今まで使ってきた相手は獣やモンスター、または野盗が相手ばかり。

 モンスターも野盗も、突然自身の周りに煙が現れれば足を止めてしまうもの。それを見てきた彼女はこのスキルは対象の動きを止める物だと思っていたのだ。

 だからだろう。彼女は対象が動いていることに驚きに声を発してしまった。


「不意をつくなら口を開く物じゃないですよ」


「くっ!? 僕の後ろに? いつの間に! 離せ!」


 自分は煙に自身の姿を隠した瞬間、ハイディングスキルを発動し姿を消し、更にプラスして、蟲の目スキルも発動して煙幕スキルの対策をしていた。

 シャシャの表情は読めないが、彼女の場所は煙の中であろうと体温を映し、まるでサーモグラフィーの様に鮮明に動きを読み取ることができている。

 今は彼女の背中から羽交い締め状態に、彼女の右手を掴み抑え、左手は脇に手を潜らせては暴れる左手の動きを止めている。

 身長の差もあるので、背伸びをして彼女の耳元に語りかけている。


「さあ、いつからでしょうね。取り敢えずこれは危険ですから当たるわけにはいかないんです」


「ちっ! 知ってたのかい。でもそれなら何故君は使わない!? これ程のスキル、使わない手はないだろう」


 彼女の手にはシュルシュルと風斬り音を出している風刀が、周囲の煙幕の煙を少し消し去っている。

 彼女が腕の手首を動かす度に、煙を斬る様にその周囲だけが晴れていくが、スキルの煙は発動者のシャシャが意図的に消すか、もしくは効果時間が切れるまでは常に煙が消えることはない。


「いやいや、使わないことは無いですよ。使う相手を選んでいるだけです」


「な!? き、君は、僕相手じゃ、使う程じゃ無いって言いたいのか」


 暴れる動きを止め、顔だけをこちらに向けては彼女は驚く。


「違っ……。ん~……。そうですね……。シャシャさんに使うことはないですね」


(あの風刀、彼女の忍術スキルがLv1と言う事は、威力はあっても自分の忍術スキルにぶつけたら危険だしな……)


「ですので、自分は……」


「ざけんな……」


「へっ?」


「ふざけるな!! 僕を莫迦にして! 殺す! 君は絶対に斬り殺す!」


「ちょっ! 落ち着いて下さい、別に貴女に使うのが勿体無いとかじゃなくてですね!」


 身体を無理やり動かし、自分の抑える腕を振りほどくシャシャ。

 そして、直ぐに攻撃を仕掛けてきた。

 右へ左へと避け続けるが、シャシャは息を切らしても攻撃の手を休めない。


「また莫迦にして! その口、切り裂いてやる! くそっ! 何で僕の攻撃が見えてるんだ!」


「わっ! ほっ、よっと! 危ない危ない」


「はぁ……はぁ……」


「息も絶え絶えですね。どうです、降参を考えてくれませんか?」


「君は……、はぁ…はぁ……僕にどうしてそこ迄降参を進めるんだい」


「はぁ……。そりゃ、女の人に傷なんかつけたくないからに決まってますよ」


「お、女……それだけでかい」


「そうですね。付け加えるなら、シャシャさんは可愛らしい顔をしてるじゃないですか。それが理由じゃ駄目ですかね?」


「な、な、な、何を! 世迷言を! 僕は血を求める者であるぞよ。君は僕を下に見てるからそう言ったことが出るんだよ」


「口調変ですよ……。下ですか……。これは自分が反省ですね。解りました、お見せしましょう……」


「ふっ、フンッ! 叩き斬ってあげるよ!」


「嵐刀……」


「へっ? わぷっ」


 目の前の少年の呟いた言葉。

 その瞬間突如として舞い吹く風。

 それと同時に彼の右手に現れた長い刀、それは自身の持つ風刀とは比較にならない程の鋭利な形を見せる武器であった。

 彼が手に持つ武器を横振りするだけで突風の様な風が舞い上がり、自身の出した煙幕の煙が斬られたかのように消失していく。

 シャシャは自身の手に持つ武器と相手の持つ武器を見比べて、タラリと汗を流しゴクリと唾を飲む。

 そして苦笑いにも似た口調に口を開く。


「へ、へぇ~……」


「闘技場を隠すほどの煙が満ちた中、突如と周囲の煙が吹き飛ばされる様な突風が舞い上がり、煙が晴れゆく中に二人の姿が魔石画面にも少しだけですが姿が映し出されました。そして、ミツ選手の手には、恐らくアイテムボックスから取り出したのでしょう、今、真っ青な剣を手にしております! ですが、何でしょうか? ミツ選手の手に持つ武器からは、何やら不審な音が聞こえてきます」


(何これ? めっちゃ振動が肩こりに効きそうじゃん……。どれどれ……。んー……くすぐったい……。若い身体に肩こりは無いんだから、暫くは使うこともないな……)

 

 自分が出した忍術スキルの一つ、風刀、これの進化版である嵐刀。

 高速の風が周囲と反動し、常に振動状態に小刻みに動いている。その為か、まるで嵐刀はハンドマッサージ器の様な振動が手に伝わってくる。


(さて、威力はいかなるほどか)


「では、今度は自分の番ですよね……」


「えっ!?」


 自分は嵐刀を両手に持ち、集中して剣先を相手へと向ける。その瞬間、シャシャは背筋をゾクリと身震いする思いに身体を震わせ始める。

 

「行きます……。せやっ!」


 上段に構えていた嵐刀をそのまま真っ直ぐに振りぬくと、嵐刀の先からは、強風が起きたような風がシャシャへと襲いかかる。

 彼女に襲いかかる風は、人すらも飛ばしてしまうと思わせる強風。それが突如と、自身の身体をほんの少し中へ浮かせては彼女をひやりとさせる。

 ひと振り。たったひと振りでこれである。

 風に飛ばされないためと、彼女は思わず自身の身体の身を縮め、足に踏ん張りを入れる。

 そして、彼女が視線を落とした先に見た物。

 それは先程まで地面には無かった斬撃の跡だった。

 嵐刀を大きく振りかぶってしまったばかりに、地面を大きく切り裂いてしまっていたのだ。


「くっ! な、何なの!?」


「まだまだ! せやっ! せやっ! せやっ! せやせやせや」


 嵐刀を上段から下段、下段から上段、中段からそのまま横振りと、無造作に刀を振り続ける。

 嵐刀を振る度に、ブオンブオンと風の音と共に強風が吹き出す。


 観客席にも強風の風は吹き込み、飛ばされる物、禿散らかすおっさんの髪、翻る女性のスカート。

 シャシャの後ろの観客席は直に強風の被害を受けていた。

 それに気づかず振り続けられる刀は、次第に強風は暴風へと変わり、完全に煙幕の煙を吸い込むように消し去り、更には周囲の物を巻き上げながら小さな竜巻を起こし始めた。


「なっ! 何と! ミツ選手の巻き起こす風が、対戦相手のシャシャ選手を飲み込み動きを止め、更には闘技場に竜巻を引き起こした!!」


「うっ……うっ!! うわっ!!」


「ああっと!! シャシャ選手! 地面に張り付くも、凄まじい竜巻に飲み込まれ上空へと飛ばされたー!」


「降参しますか!?」


「くっ……だ、誰が降参なんかするものか! こ、こんな、こんな物で、ぼ、僕は!」


「……解りました」


 自分は嵐刀を振るのを止め、竜巻に向かって走り出す。現れた竜巻は嵐刀を振るのを止めても直ぐに消えるものではない程にゴーゴーと凄い音を響かせている。

 竜巻に向かって自分はスキルを発動する。


(ウォーターボール!)


 突如として現れた水が竜巻に入り込み、水柱の如く水の竜巻がシャシャを飲み込む。身体の動きは竜巻のせいで動かすこともできないし、もう天上天下どちらも解らない状態、更に水が自身を飲み込み、息を吸うことすら不可能となった。

 

 暴風の竜巻が突如として水の竜巻に変わりゆく姿に、観客は唖然と見ることしかできなかった。

 それは貴族や王族も含め皆が闘技場の戦いに釘付け状態。

 

「な、なんと! ミツ選手は魔法が使えたのか!? 凄まじい! ミツ選手の竜巻が一変して水の竜巻へと姿を変えた! 中に飲み込まれたシャシャ選手、もがくが竜巻から脱出できません!」


「降参しますか!?」


「ミツ選手、シャシャ選手へと再度降参するかと問いかけるが、相手は首を縦に振りません! いまだに諦めてはいないようです!」


「はぁ……。審判さん、カウントの準備だけお願いします」


「えっ?」


 いきなり声をかけられた審判。

 彼も突然現れた竜巻を見ては唖然と動きを止めていた。

 自分が何かすると解ったのだろう、審判はコクリと頷き返してくれる。

 


「行きます! (ライトニングボルト! )」


 水の竜巻へと向かって、スキルのライトニングボルトを発動。ピカッと自身の手が光ると同時に、水の竜巻はまるで大きな電球の様に眩しく光を出し、ゴーゴーと言う水をかき混ぜる音に追加して、バチバチと電気の弾ける音を共に出し始める。

 勿論水に全身を濡らしてしまっているシャシャには、電撃の追加ダメージが襲いかかる。


「!? きゃあああ!!」


 光る水の竜巻の中にくるくると周り続ける人影が映し出され、更に彼女の悲鳴が中から時折聞こえてくる。

 バチバチ、バチバチと電気の音は直ぐに消え、そして水の重さに次第に竜巻の回転が収まっていく。

 シャシャは竜巻から放り出されるように吐き出され、闘技場の地面にドサッと倒れ込む。

 既に彼女の手には風刀はなく、衣服もボロボロとダメージは誰が見ても大きく受けていることが解った。

 これで決まったかと、自分がシャシャを闘技場から場外へと出そうと近づくと、シャシャはまだ意識があったのか、ビクりと体を動かし、ゆっくりと、ゆっくりと震える手足を地面に押し付けては無理やり立ち上がってきた。

 彼女の髪から頬へ、そしてポタリポタリと滴る水。

 顔を歪ませ、自分を睨む彼女の瞳には負けるものかと言う執念が込められていた。


「あっ……。つ、つぎは……僕の番だ……」


「……はい。どうぞ」


 彼女の体力は半分以下、魔力のMPは既に風刀を出せる魔力は残ってはいない。これ以上使うと魔力の枯渇状態に、身体に何かしらの異常を出すだろう。

 だからと言って、電撃を身体全身に、しかも水で通しやすくした状態で受けては、指先すらろくに動かすこともできない状態。

 何とか取り出すナイフもカシャンと地面に落としてしまった。


「くっ……うっ……うう……」


 彼女は目尻に涙を浮かべ、拾うナイフを睨みつける。


「畜生! 言うことを聞け!」


「あっ!?」


「なんと! シャシャ選手、自身の腕の甲をナイフで斬りつけた!」


「うっ……。これで……戦える」


 ポタリポタリと手から滴る血。

 それがシャシャの足元にできた水溜りが血で染められていく。


 勝負に対する執念、それを見せつけられ自分は心の中で決意した。


「……いえ、もう終わらせましょう」


「僕はまだ負けてないんだ!」


 駆け出すシャシャ。彼女が走る度に地面には血の跡が残っていく。

 自分は今までの戦いが彼女には甘すぎたと、苦悶の表情を浮かべてシャシャの攻撃を避け続ける。


「シャシャ選手はまだ諦めてはい無い!! その姿はボロボロでも繰り出す手数は凄まじい物! ミツ選手もダメージは受けずと相手の攻撃を流し、避け、そして反撃を繰り出します! 互いの接近戦に会場も盛り上がっております!」


「行けぇー、シャシャ! 接近戦ならお前が上だ!」


「距離を開けるな! 右だ! 右を打て!」


「餓鬼も根性見せろ! 退くな、押せ! 押し返せ!」


 まるでボクシングの試合を見ている様に思わせる観客の声援の声。それに応えるようにシャシャは少しづつ、電撃を受けた身体の痺れが溶けてきたのか、繰り出す攻撃にキレを戻してきた。


「せやっ! たあっ! せいっ!」


「フッ! はい! まだまだ!」


 二人の攻防に身を乗り出しては見守る人々。

 貴族席に座るダニエル様は嬉しそうに笑みを浮かべながら拳に力を入れる。

 それを見て窘める言葉は今はせずと見守る婦人の二人。

 ゼクスさんも戦いの中には驚きな場面もあったが、今はダニエル様同様に試合を楽しむ様に観戦している。

 プルン、リッコも周囲の視線も気にせずと声を出して応援し、それに負けじとアイシャ達もミツへと応援の言葉を響かせる。


 ドンドンドン! ドンドンドン!


 ガシャンガシャンガシャン!


 声に負けじと、マネとシューが即席の楽器での応援合戦。

 エクレアもシューに渡された少盾をぶつけては音を出す。

 それに当てられたか、周囲からは更に闘技場で戦う二人へと声が次々と飛ばされている。

 

「続く続く、先程の戦いとは別に、今度は両者の接近戦の戦い! 繰り出す拳も凄まじい! しかし、これが本当にメイドと料理人の戦いなのでしょうか!? おっと、シャシャ選手足元が少しふらついております。既に顔は苦しそうだ。やはり先程のダメージが引きずっているのか!?」


「畜生! 畜生! 当たれ! 当たれよ!」


「……」


 少しづつとシャシャの攻撃が大振りになってきた時、彼女の最後の一撃を右手にて受け止める。

 パシッと掴まれた拳は引くことも押すこともできない、シャシャの掴まれた腕からは先程自身で斬った傷口が更に開いたのか、血が自分の腕にも伝わってくる。


「くそっ! 放せ! 放しやがれ!」


「こんな綺麗な肌に傷なんて、莫迦なことしないでくださいよ!」


「!?」


 シャシャは驚いた。

 それは自身の左腕に感じていた刺し傷の痛みがスッと消えたからだ。

 腕から伝わる優しい光の暖かさ。

 驚きに相手を見ると、その顔は悲しそうな、そして自身で腕を傷つけたと言うのに、自分の事のように怒った様にも見えた。

 そして、次に感じた感情は何も無かった。

 ドカッと自身の腹部に受けた重み。

 それと同時に消えていく自身の意識。

 最後に対戦相手となる彼にもたれかかると、彼は避けることもなく、自身を優しく受け止めてくれた。


「ななあああ、なんっと!? き、決まった! ミツ選手の拳が、シャシャ選手の腹部へとクリンヒット! シャシャ選手、ミツ選手の拳に沈みました!!」


 自分にもたれたままのシャシャ。

 直ぐに近づく審判は彼女の顔を覗き、意識が無いことを確認すると手を上げては勝負が決まったことを大きな声を出しては告げてくれる。


「シャシャ選手、気絶により、勝者はミツ選手!」


「勝敗が決まりました! 今大会珍妙な組み合わせの勝負! 戦闘を繰り出すメイド対魔法を繰り出す料理人! 勝者はミツ選手です!!」


「「「「おおおおおおおぉぉぉぉ!!!」」」」


 実況者の言葉の後、割れるほどの歓声の声! 

 そして観戦席から舞い散る程の多くのシャシャの赤い賭け札。


「勝ったニャ! 勝ったニャ!」


「当たり前よ! あいつが勝つに決まってるじゃない!」

「やった! やったよ! ミツさん!」


「やったシ! 流石ミツだシ!」


 喜び合う仲間達。

 それに合わせるようにと、ミツへと賭けていた者も両手を上げては歓喜に叫んでいた。


「やったわ! ローゼ、彼が勝ったのよ!」


「うん、解った。解ってるよ! やった!」


 喜びに抱き合うミーシャとローゼ、トトとミミも自身の手に握る賭け札に喜んでいた。

 


 二人の戦いを見て、興奮に喜びを感じている者ばかりではなかった。

 思わぬ戦い、異様な戦闘。

 そんな試合を見て、ローガディア王国のエメアップリアは直ぐに先程の戦いぶりを、次の戦闘相手となる自身の国の代表となるバーバリへと連絡を走らせる。


「なんて奴なの……」


 バーバリの思いもよらなかった次の対戦相手。

 彼女の予想では順調に勝ち進む予想が立っていた。

 だが、先程の戦いを見た彼女は焦りに顔をこわばらせ、ギリっと歯を噛みしめてはその場を後にする。


 呆気にとられる戦い、その中でも頭を抱えていたエンリエッタ。彼女は後に来ると思われる大量の問い合わせの数々に悩まされていた。


「全く……あの子は。大人しくするってことを知らないのかしら。こんな多数の貴族が見てる前であんな派手に。はぁ~……」


「はっはっはっ。良いじゃないかいエンリ。逆にあれだけ派手にやったんだ、下手にあの子に手を出す者が減ったかもしれないよ。それに、あれは実力をまだまだ隠してるね……」


 エンリエッタのため息を笑い飛ばすネーザン。

 そんなネーザンの言葉に反論するかの如く言葉を返すエンリエッタ。


「彼の実力は以前持ち込まれた素材品などで解ってはいます……。ですが、私は別に見せるなとは言いません。ただ見せる場所を選んでくれと……」


「はいはい。それは本人に言うことでここで口論する内容じゃないよ。それより、今は素直にあの子の勝ちを褒めてあげな」


「……はい」


 歓声の中、パチパチと拍手を送るネーザンとエンリエッタ。


 エンリエッタの予想は間違いでは無かった、

 今まで出場してきた選手とは違い、ミツは後ろ盾が全く見えない無知の選手であった。それを見逃すわけ無いと直ぐに動き出す各国の貴族達。

 それは人族の国のセレナーデ王国だけでは無く、魔族の国、エンダー国の貴族もである。


「直ぐにあの者の戦歴を調べるのだ。それと、話の席を作れ。仕えるのなら我が兵の席を用意させるのだ」


「いや、それなら先ずは何処かの屋敷の私兵で構わんだろう。取り敢えず話す程度にすれば」


「そんな対価で他国に取られたらどうする!」


「人族の子供にそれ程の価値があるのか!?」


「貴様は先程の戦いを見ていなかったのか!」


 先程の戦いを見て、ミツを宝石の原石の様に見えたものは自身の手元に置こうと話し合いを始め、反対にそんな露骨に人族の子供を欲しがる者を見ては冷めた視線にその者を落ち着かせようとしている者もいた。

 そんな彼らの話し声が聞こえたのかそうでないのか、エンダー国の王妃であるレイリィ様も珍しくも身を起こし、闘技場から立ち去るミツを視線で追っていた。


「ジョイス」


「母上、ここに……」


「お前、先程の勝ち残った者をどう見る?」


 珍しくも自身の母が椅子から立ち上がり、闘技場の方を見る姿に少し驚く息子のジョイス。

 母の隣に立ち、既に姿が見えないが母の視線と同じ先を見ては自身の思ったことをそのまま伝える。


「……そうですね。あの者が武器を振り上げ、武器を振りぬいた時は中々の力を感じました……。ですが、その後はまるで子供の遊びです……。あれ程の力なら、我が兵にも数千とおります」


「……」


「母上?」


 自身の言葉に何も告げず、冷たい視線のままの母。


「ジョイス……。我の国へ帰る日取りを変えよ」


「はっ、ちなみに、いつまで?」


「あの小僧の敗北を見るまで」


「……」


 エンダー国の王妃であるレイリィ様。

 彼女はとても気難しい者として、実の息子であるジョイスも困った一面も持ち合わせていた。

 そんな母が気乗りもしない中、この人族のくだらぬ遊びに、母が気まぐれに付き合っている事はジョイスも認識しているところであった。

 元々母の目的は基本つまらぬ城の生活の息抜き、その為と城から抜け出す口実にしかならない。

 自国の兵士が出場して勝とうが負けよと、レイリィ様は今まで全く興味を持たれたことはない。

 下手をすれば、開会式時顔を少し見せたと思いきや、1回戦が始まる前に国へ帰ることもあったそうな。

 その時はレイリィ様の体調を理由として、ジョイスの文官を数名残しては彼も共に帰路についたそうな。

 

 その時ジョイスはまた母の気まぐれと思い、気にもせずに部下に日取りの変更を伝えに部屋を出ていった。

 その時鉢合わせる一人の人物。


「んっ……貴様か」


「やっほー、ジョイス様」


「スリザナ……。貴様、随分と無様な戦いを見せたな」


 それは試合に出場していた魔族のスリザナ。

 彼女は5回戦、ファーマメントと勝負にて敗北し先程治療が終わり、直ぐに王妃にお目通りと、護衛騎士に囲まれている状態にジョイスと言葉をかわす。


「あははは……。申し訳ないです。でも、少しでも王妃様の娯楽になれたと思えば気にすることもないです」


「ふむ、珍しくも母上の機嫌も良きものであった」


「本当ですか!? やった! 試合は終わっちゃったけど、王妃様から何かご褒美でも貰えないかな~」


 スリザナは自身の功績に喜びグッと拳を作る。

 だが、ジョイスは直ぐに言葉を間違えたと口を開く。


「いや、お前自身の戦いではなく、対戦相手には数度視線は送られてはいたと言葉を変えるべきか」


「なっ!? まじですか……。はぁ……私、結構頑張ったんですけどね……。ってかジョイス様は私の戦い見てなかったんですか……」


 露骨にガックリと落ち込むスリザナ。

 彼女は少し上目遣いを使いながらジョイスへと問いかける。


「俺は母上の様子を見るのに忙しい。貴様の試合など興味もないわ」


(くっ! このマザコン王子め!)


「んっ? 何だ?」


「いえ! 何でもありません! では、私は王妃様にご挨拶をしてきます……」


 城でも家臣の者の中では知らぬ者がいない程に、ジョイスの母親好きの話は有名である。

 レイリィ様は魔族の地を色濃く滲ませ、ジョイスは息子でありながらもレイリィ様のそんな母に憧れと胸をはずませ、彼は幾度も魅了を受けたのではないのかと思う程にべったりな子供になってしまった。

 肉親を思う気持ちは問題はないのだが、それでもそれは母に対してだけ。

 姉や妹、弟もいる彼だが、全てレイリィ様ほどに彼を引きつける程ではなかった。

 そんな感情に本人も、向けられているレイリィ様も気づいているのかいないのか。

 ジョイスが年頃の青年になった頃、何を考えたのか実の父親、つまりは魔王に母を任せることはできぬと牙を向けたこともあった。

 それも一刻も経たず、ジョイスはボロ雑巾の様に返り討ちを受けたのだが、魔王様の計らいにより、今こうしてジョイスは自身の母の護衛騎士となっている。

 ジョイスの反乱ではないが、また自身に降りかかる火の粉を遠ざけるためにも王妃であるレイリィ様の側に置いとくことが城内の平和にもつながっている。


 ちなみに、ジョイスは試合を一応見てはいたが、やはりそれは母の気を引くだけの口実として見ていただけである。


 顔に出ていたのか、スリザナは慌ててその場を離れようとするが、ジョイスに呼び止めを受ける。


「まて」


「? 何か?」


「髪が乱れておる。母上の前に立つのだ、頭の上から爪先まで気をつけるが良い」


「あっ……。ど、どうも……(性格はあれだけど、この王子、無自覚に優しいから嫌いになれないんだよな……きっついマザコンだけど……)」


「よし。行ってよい」


「ありがとうございます……」


 スリザナのハネた髪の毛を手ぐしで直し、自身が満足するなり、話を切り上げその場を去るジョイス。

 そんな彼の行動に頬を上気させるスリザナ。

 だが、彼の中では母の事しか頭にはないので、母に失礼な物を見せられぬと、そこを気にしただけ。

 全くスリザナの気持ちなど気づいてもいなかった。

 

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 本日行われる試合は全て終了。

 ダニエル様は各国の貴族に無事初日を終えたことを挨拶を済ませ、今最後の山場となるカイン殿下、マトラスト様、そして、巫女姫様のルリ様との話場を作られていた。

 だが、この場にたどり着くまでが面倒なことばかり。

 出場選手の情報は全て主催であるフロールス家に集まる物。彼らは毎回の事だが大会出場者の情報をこぞってダニエル様に問い詰めてくる。

 それは自身の私兵や駒にすることが目的である。

 フロールス家の伯爵家以下である子爵家、男爵家などはその場で聞いてくることはしないが、同じ伯爵家や侯爵家は話のネタと来てしまう。

 同じ階級の家柄ならやんわりと断ることもできるが、それ以外はダニエル様に選択権など無いに等しいもの。 

 だが、今回ばかりはダニエル様は一切口を開くことはせず、王族である殿下に先に話すことがあると言ってその場を乗りきってしまった。

 他貴族は驚いたであろう。いつもは人良いダニエル様、情報を聞き出す事はそう難しいことではない。

 だが、ダニエル様は「詳しい情報はカイン殿下に伝えた後に」この言葉の一点張り。

 貴族であるならも優先すべきは王族であることは間違いではないが、いつものダニエル様とは違った様子に他貴族は困惑しながら話を切り上げてくれる。

 しかし、ここでやはり口を出してくる者もいた。

 それはカバー家のベンザ伯爵であった。


「ダニエル殿、こうして他の者が貴方に聞いておられるのです。王子を優先するのは解りますが、その対応はどうかと思われますぞ? この大会も我々の援助あって開かれる催し物、そんな相手の質問を無下にし、言葉を返さぬのは間違いではないですかね」


 正論らしい言葉を並べては、ダニエル様の対応に否があると思わせるセリフを述べるベンザ。

 それに少し頷く他の貴族達。それでも口を開くこともなく、折れないダニエル様の態度にベンザ伯爵は、ならば最後の試合に出場した選手の情報だけでもと口を出してきた。

 ベンザの言葉に眉を動かすダニエル様。

 そのベンザ伯爵の言葉に賛同するかのように、他の貴族からも言葉が来る。

 料理人として出場した選手であるミツを、彼らは最初あざけ笑う者が殆どだった。

 ベンザ以外にもこの大会に注ぎ込んだ資金分を取り返そうと思っていた者もいたようで、多額の金を対戦相手のシャシャへ相当な金額を入れたそうな。

 これで当たれば4倍近くの金が自身の懐に入ってくる。しかし、大会関係者がその大会の賭けに参加し、賭けをする事は御法度としている。

 ベンザは小間使を数人使い、大量の賭け札を購入していた。大会にて多額の金が当たったとしても、自身は無関係とシラを通す気であった。だが、ベンザの予想とは別に結果は大損をこいてしまう。周囲に賭けをしていた事を知られるわけにもいかないベンザは、心の中で絶叫を叫んでいた。


 賭けには負けてしまったがそれはそれ。

 先程戦ったミツは冒険者であり料理人と言うこと。

 ならばベンザは適当に理由を付ければ自身の屋敷に呼び込めると考えたのだ。

 平民の料理人を招き入れてもそんな物は食う気もなかったが、戦いは別。自身の私兵に入れれば外聞的にも肥やし程度にはなると考えたのだ。

 その考えが見え見えのベンザ伯爵に、ダニエル様はこの者にミツを紹介する気はさらさらなかった。

 

 こうなっては情報を出さないわけにはいくまいと、ヒョッヒョッとゲスな笑いをこぼすベンザ。そこに偶然なのか、マトラスト様が姿を見せる。

 

 周囲は驚き、ダニエル様を取り囲んでいた貴族達は道を開けるようにその場を退き始めた。ダニエル様はどうしたのかと振り向くと、人々が退く道をマトラスト様が歩いて来る。


「ダニエル殿。ここにいたか」


「マトラスト辺境伯。はっ、御用でございますか」


「うむ……。少し貴殿に聞きたいことがある。急で悪いが、殿下と私、そして巫女姫との話の場を作ってくれ」


「はい……。直ぐにご用意いたします。皆様、また話は後日大会の終了後にて。ベンザ伯爵もよろしいですね?」


「ヒョッ!? も、勿論。我々は急いではおりません。ダニエル殿のご都合に合わせましょう」


 ベンザの言葉に周りの貴族もコクコクと頷く。

 そりゃ、王族が話をしたいと言ってきたのだ。ベンザ達貴族に自身達が今話してるから待てとも言える相手なわけもない。


「左様で……。皆様のお心遣いに感謝します」


 マトラスト様と共にその場を後にするダニエル様、その後ろ姿を見てはフンッと鼻を鳴らすベンザ。

 だが、直ぐに彼は不敵な笑みを浮かべながら気持ち悪い笑いをこぼし始めた。


「ヒョッヒョッヒョッ……。ダニエル、貴様大会ばかり見ていると足元がお留守になるぞ……」


 そんな事があり、今婦人の二人を含め6人の席がこの場に作られていた。


 先ず、先に口を開いたのはマトラスト様だった。彼の要件は、昨日料理に出されたハンバーグに対する質問だった。

 それはフロールス家がレシピを契約した際、登録された者の名前と出場選手のミツの名前が同じだったことに、マトラスト様はもしかしてと思いながら婦人の二人を含めて三人へと問いかけた。

 カイン殿下はマトラスト様の言葉にまさかと思い、ダニエル様へと顔を向けるがダニエル様本人も驚きの表情。

 料理のレシピに関しては全て婦人に任せっきりのダニエル様。

 確かにプリンのレシピをミツから買い取ったことは聞いていたが、まさかハンバーグも買い取っていたとは知らなかったのだ。

 婦人の二人は隠すこともなくレシピは間違いなくミツから買い取ったことを告げた。

 マトラスト様は何を考えているのか、腕を組み、ふむと一言呟き考え始めた。

 そして次に口を開いたのはカイン殿下だった。


「ダニエル、婦人、あの者とはどういった経緯にて出会った。料理人として貴殿の屋敷におるのか? 先程の戦いを見ても料理人と言うのも信じられんが……。あれか? お前のところに仕えるゼクスの弟子か何かか? あやつの力のことは知っておったのか?」


「殿下、相手に問をかけるなら要件は一つづつにしなければ……」


「解っておる。すまん、少し焦りすぎた」


 いまだ先程の戦いに興奮が落ち着かないカイン殿下。

 間をおかず自身の知りたいことを次々と問いかけるためにダニエル様達は返答に切り出せなかった。

 そんな彼を見て、マトラスト様がカイン殿下を止める様に口を開く。


「いえ。カイン殿下のご質問にお答えします」


  ダニエル様は席から立ち上がり、頭を垂れた後にミツとの初めて出会ったことから話し出す。

 自身の息子をモンスターから救ってくれたこと、模擬戦にてゼクスとセルフィ様に勝利したこと、自身の屋敷には仕えてはおらずただの客人として扱っていたこと。

 そして、ミツがトリップゲートの使用者であることを。

 話の途中だが、カイン殿下はありえぬと思いながら目を見開いては口を開く。


「ま、まて! ダニエル、お前、自身で何を言っているのか解っているのか!?」


「左様で……。ダニエル殿。そんな世迷言も、笑い話ではすまぬ事を解っての言葉か? 弓聖者であるセルフィ殿にまで弓にて勝利するなど……」


「……」


 向けられる三人の視線。

 驚きの顔から次第に険しくなっていくカイン殿下とマトラスト様の表情。

 そんな時、ルリ様がスッと手を上げて何か話し出す。


「……は……か……」


 だが、今この部屋にはルリ様の側仕えがおらず、言葉を代弁する者が居ないために声を聞き取ることが誰もできなかった。


「巫女姫、全く聞こえん。すまぬがもう少し声を出してくれぬか」

 

 カイン殿下の言葉はその場の皆が思う言葉だった。

 ルリ様は頭を少し下げた後、パメラ様の方を見ては手招きをする。

 何かと思い、パメラ様は席から立ち上がり、ルリ様の側に来ては耳を貸す。


「はい。私で良ければ。皆様、僭越ながら私が巫女姫様のお言葉をお伝えします」


「お前は……」


「構わんだろう。パメラ婦人、頼みます」


 呆れるカイン殿下とは別に、マトラスト様はそれで話が進むならとそれを承諾した。

 許可が出たことに言葉をパメラ様へと伝えるルリ様。


「……。巫女姫様はこう申し上げております。私はフロールス家の皆様が妄言を告げるとは思いません。ですのでお二人が真実をその目で見て確かめては如何でしょうかと……」


 パメラ様の言葉にカイン殿下とマトラスト様はダニエル様へと視線を送る。

 ダニエル様は二人の視線を受け、コクリと頷き返すのだった。


「ならば、その者を直ぐに呼んでまいれ」


「はっ。直ちに……」


「あなた、わたくしが呼んでまいります」


「ああ、頼む。必ず、必ず連れてきてくれ」


 立ち上がるダニエル様の代わりとミツを迎えに席を立つエマンダ様。


 

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



(ですから、もう少し待ってくださいよ)


 試合終了後、係員に案内された一つの部屋。

 部屋の中は12畳程の広さであろうか、べットやトイレ、水浴びができる様にと流し場までついた部屋だ。

 イメージを出すなら、少し広めのホテルって感じかもしれない。

 出場選手は、大会が終了するまでこの部屋を自由に使ってもいいと言われたのだ。

 確かに出場選手は各国から来ている者ばかり、毎回宿を探すのも大変だろうし、下手したら宿無しの選手もいるかもしれない。そんな出場選手への配慮と説明を受けた。

 ここでは言えば食事も出すと言うことなので、折角なのでどの様な料理が出るか楽しみにしていたところ、脳内に突然響く声に、自分は驚きながらも返事を返していた。


〚しかし、何だ先程の戦いは! あんな戦いを俺は望んではおらぬぞ! もっとだ! もっと熱くなれ、俺様が与えた力を引き出せ! 熱くなれよ!〛


 声の主は元破壊神、元創造神(見習い)のバルバラ様である。

 いつものようにあの部屋、シャロット様の部屋のテレビにて自分の戦いを観戦していたのだろう。

 戦いを見ては、予選から今まで一度も自身の与えたスキルを使わなかったことに等々痺れを切らしたのかダイレクトに脳内へと話しかけてきたのだ。


(ですから、前も言いましたけどバルバラ様から貰ったスキルの力は強すぎて、使う相手を選ばないと相手を殺しちゃうかもしれないじゃないですか。そうなったら自分、二度とバルバラ様から貰ったスキルを使う気にならないですよきっと)


〚ぐぬぬ……〛


(ぐぬぬとちゃいますよ。ちょっと、シャロット様も聞いてるんですよね? バルバラ様を止めてくださいよ)


〘くだらんことを言うな。私はもっと目立っても良いと思っておる。そう考えるとバルバラの言葉も無下にはできんしな……〙


〚おっ、ガッハハハハ。そうだろ! ほれ、お前の主もそう言っておるのだ。次の試合は、必ず俺のスキルを使って戦えよ!〛


(え~。使うったって、バルバラ様の貰ったスキルで使えるのはブーストファイトぐらいだしな……。ユイシス、ヘルプミ~)


《はい、バルバラ様、ご主人様、お二人の希望を叶えるのでしたら私がお手伝いいたします》


(それはとても楽ができそうでいいけどさ。つまりは相当派手なことをするんだよね……)


《ミツの力、大体5割程を試合を見る者に見せることになりますね。今回は、まだ1割の力しか出しておりません》


(あの~。ユイシスさんや)


《はい、何でしょう》


(自分、今日その1割で闘技場の地面をズタズタにしたんだけど……)


 今日の戦い、嵐刀をひと振りにて闘技場の地面に亀裂の傷を入れ、更に何度も振り下ろす度に地面は削られ続け、トドメと言わんばかりの竜巻がその地面の傷を広げていた。

 竜巻が消えた周囲は盛り上がる土や足場、試合が終わると、直ぐに修繕工事が始まっていた。


《壊れたら自身で直せばいいのです。それを見せるのも、ご主人様の望む目立つと言う行いです》


(はぁ……。本当に良いのかな)


 コンコン コンコン


(誰だろ? 取り敢えず明日はユイシスに任せることにするよ。よろしくね)


《解りました》


 バルバラ様からの突然の無茶振りも、なんとかユイシスの話で一段落。

 部屋をノックする音に反応する様に、ベットから身体を起こしては扉へと近づく。


「はい」


 扉を開けると、大会関係である係員の人が恐る恐るとそこには立っていた。


「お休みのところ失礼します。ミツ選手に御目通りのお客様がいらっしゃっております」


「お客様? 誰ですか?」


「はい。フロールス伯爵家より、第二婦人のエマンダ様がお話をと」


「エマンダ様が? はい、解りました(なんだろう?)」


 係員に案内され、エマンダ様の待つ会談室へと案内される。部屋に入ると、エマンダ様は椅子に座らず、たったままの状態で出迎えてくれる。


「これはミツさん。お休みのところ、突然お呼びだてしてしまい申し訳ございません。本日はとても素晴らしい試合を拝見させていただきましたわ」


「いえいえ。大丈夫ですよ。それで話とは?」


 深々と頭を下げるエマンダ様、彼女の溢れそうな豊満なメロンに視線を向けないようにと、できるだけ視線は上にむけたまま話を進める。


「はい。実は貴方様にお会いしていただきたいお人がいらっしゃいます。是非とも貴方様のお時間の許されるのでしたら、これからこの後、会談の場をよろしいでしょうか……」


「これからですか……?」


「はい。突然の申しでは理解しております。ですが、どうか……」


 自分が乗り気ではない様に見えたのか、エマンダ様は少し口調に焦りを入れて眉を下げる。


「……解りました。そこまで仰るのでしたら」


「本当に、ありがとうございます」


 承諾すると、エマンダ様は目に見えて喜び直ぐにと部屋を出る。

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