第91話 試合開始

 二人の選手が激しく戦う闘技場では、選手の拳がもう一人の選手の腹部を直撃する。


「ごはっ! なっ、何故だ!? 何故俺のスピードに追いつける!? 何故俺の攻撃が効かぬ!?」


「さてさて、どうしてでしょうね~。獣風情が人の知識が理解できるとはおもいませんがね」


「己! 貴様!」


 1回戦の試合が始まり、ルドックとステイルの賭け札を握りながら熱を込めて応援する観戦者。

 戦いがヒートアップする中、錬金術師のステイル、獣人族のルドックの試合が繰り広げられていた。

 戦闘が始まって直ぐにルドックは自身の素早い動きでステイルの背後へと回るが、突然ルドックの動きが鈍くなり、逆にステイルからカウンターの攻撃を受けていた。それが一度ならず二度三度。ステイルは未だに無傷と言うのに、ルドックは鼻から血を出す程にダメージを受けている。

 

「おーっと! またステイル選手の攻撃がルドック選手にクリンヒット!! ダメージが大きいのか、ルドック選手の動きが鈍い! しかし、ルドック選手、何度もステイル選手へと攻撃を仕掛ける! だが、素早い動きで背後に回るも、ダメージを受けるのはルドック選手の方!?」


「降参するかね!?」


「ガウッ! その様な愚かなことを言う気はない!」


 闘技場にあがる審判の声も弾く様にと突き返すルドック。

 ルドックは片方の鼻の穴を押さえて、フンッともう片方の鼻の穴から血を吹き出す。


「ちっ、魔石の効果が切れたか……。まぁ、他にも手はある……」


 ステイルは自身の腕の袖に着けられたいくつもの魔石の一つが無色となったことに、イライラしくも舌打ちをこぼす。

 ルドックのスピードは確かに速い。

 通常、それはステイルでは絶対追いつけないスピードである。

 現に、彼は何度もルドックに背後を取られている。

 それでも彼が無傷なのは魔術具の効果があるからだろう。

 ステイルの今着ている衣服全てに防御陣が書かれた魔術具で身を固めている。その効果は絶大で、自身に触れる物の攻撃を軽減するなど効果は様々。

 その魔導具を使い分け、自身の攻撃力、素早さ、防御力をググっと上げている。

 つまりは今、ステイルはスーパーアーマーの様な物を着て戦っている様な物。


 だが、その魔導具も欠点はある。

 それは魔力の燃費の悪さ。案の定、ルドックとの戦闘を始めて5分も立たずと魔石の1つが魔力を使い果たし、カセキとなってしまったのだ。


「仕方ない! 貴様には本物の獣の牙と言う物をくれてやる!」


「フンッ。降参の判断もできぬ愚かな狼め。知性も無い者に教えてもらうことなどないわ」


「その言葉! 朽ちて後悔するが良い! うおおおお!」

 

 雄叫びのような咆哮を発した後。ルドックは大きく息を吸い込むと、ドクンドクンと自身の筋肉を大きく痙攣させ、体をみるみると大きくさせていく。


「なっ、何だ! ルドック選手の体が! 膨れ上がっている!」


「グルルルルッ! ガッ!」


 唸り声を出し、顔を上げるルドック。

 ステイルと視線が合った瞬間、ルドックは正に目にも止まらぬ速さに、ステイルとの距離を詰める。


 ダッとステイルの正面に立った瞬間、ルドックは大きく口を開き、ステイルの右肩をガブリ!


「決まったーー!! ルドック選手の牙が、ステイル選手に突き刺さった!!!」


 ステイルはルドックの攻撃を避ける暇もなく、正に牙の餌食となってしまった。


 だが、それも短い間。


「グルルルルッ! うっ!? ガッ、ガハッ! ガハッ! ガハッ!」


 相手を噛み付いたルドックが自身に違和感を感じ、ステイルから距離をおくように咳こみながら離れる。


「どっ、どうしたのでしょう!? ルドック選手、ステイル選手を離しては距離を開けた!? 更には、攻撃を仕掛けたルドック選手の方が苦しそうです!? おおっと! ルドック選手の体が元の大きさへと戻って行きます!」


「ガハッ! ガハッ! き、貴様!」


「どうです……。私が作り出したお薬のお味は。くっくっくっ。では、これで決めさせて貰いましょう」


「ガハッ! 毒物とは! き、貴様! 戦士としての誇りは無いのか!」


「何を言ってるのか。私は錬金術師。戦士などくだらない物では無いのだよ」


 今度はステイルがルドックの背後に周り、腕を回してルドックの首を絞める。

 首に回された腕を払い除けようとするが、腕に力が入らない。ギチギチと肉が締め付けられる音がルドックの耳に聞こえると、スッと糸が切れたようにルドックの力が抜けた。


「グ、グハッ!」


「そこまで! ステイル選手の勝利!」


 ルドックの腕がだらりと下がるのを確認した審判は勝負を止め、ステイルの勝利を告げた。

 その声に渋々とした感じに、ステイルはルドックの首を絞める腕の力を抜く。

 ドサッっと音をだしながら、前倒れとなるルドック。


「決まったーー! 1回戦の勝者は錬金術師のステイル選手です!」


 実況者の声の後、観戦客からはワーワーと歓喜の声が会場に響く。



「凄え! あの選手、武器らしい武器も持ってねえのに、犬族に拳で勝ちやがった!?」


「何かしらの魔法でも使ってたのかしら!?」


 興奮鳴り止まず、観客それぞれが先程の戦いに意見を飛ばし合っている。

 その声が耳障りと、尻尾の毛を逆立てて先程の試合に怒りを感じ、静かに唸り声を出す少女。


「グルルッ……」


 ローガディア王国、エメアップリアは、闘技場から下ろされ運ばれていくルドックを視線でおい、近くにいる側近に声をかける。


「おい! ルドックの様子を確認してくるっての!」


 その言葉を聞き、側近の一人が急いでその場を離れる。


「おのれ、良くも我が牙を……」


 自身の指の爪を鋭い犬歯で噛みながら、闘技場から去るステイルに睨みを飛ばすエメアップリア。


「続いて2回戦を行います! 西側より入場してきました白き鎧を身にまとい、姿を見せた選手! カルテット王国より、ラララ選手の入場です!」


「うおお!!」


「続きまして東側! 黒の鎧、黒檀の弓を持って入場した黒き戦士! セレナーデ王国より、バローリア選手も入場です!」


 実況者の声にあわせて入場してくる二人の選手の姿を、魔石画面が真ん中から映像を分けて白と黒の二人を映し出す。

 共に女性同士の戦い、どういった戦いが繰り広げられるのか、身を乗り出す者もいるほどに皆は楽しみにしている。

 バローリアは黒檀の弓を構えては始まりを待つ。

 それを見たラララも少し腰を落としては身構える。


「互いに既に戦闘態勢を取っております! バローリア選手の武器は見たとうり、手に持つ黒檀の弓! 対するラララ選手は小さめのナイフ一本! これは武器だけを見ればラララ選手は不利なのではないでしょうか!」


「それでは。始め!!!」


 開始の声と同時に、バローリアへと駆け出すラララ。

 それにあわせて、バローリアは弓を引きながら距離を開け走る。


「始まりました! 一気に距離を詰めるラララ選手! それを止める為と連続の矢を射出するバローリア選手! 二人の戦い、戦う距離がカギとなりそうです!」



 ∴∵∴∵∴∵∴∵∴



「んっ……。どうやら2回戦が始まったみたいですね」


「ホッホッホッ。左様ですね。ですが、私達の戦いはまだまだ先にございます。焦らずとも、気長に待ち、その間心落ち着かせることも秘訣ですぞ」


 係員に案内された場所にて、自身の出番を待つミツ。

 係員の出してくれたお茶を飲みながらゼクスさんも観客の声が薄っすらと聞こえたのか、カップをおいては言葉をかわす。

 背筋を伸ばし、気品良く椅子に座るゼクスさんはホールに入るなり、またいつもの執事の雰囲気を醸し出している。

 他の選手は仲間内にて自分と同じ様に固まっているが、自分達みたいに和やかな雰囲気は全く無い。

 そりゃ今から戦いますって時に、のほほんとお茶を飲む様な気分でもないだろう。

 ゼクスさんがお茶を飲んでいる自分に近づき、席を一緒にしたことで、更に周囲の空気が重くなった気もする。

 ちなみにラルスはホールに入るなり、係員と言葉をかわすと何処かへと行ってしまった。

 

「はい。待ってる間、他の人の試合も見れたら良かったんですけどね。まさか待合ホールのここで呼ばれるまで待つなんて思っても見ませんでした。そう言えばゼクスさんの試合って流石に今日って訳じゃ無いですよね? 時間的に夜になっちゃいますよ?」


「私の試合、決勝は後日にございます。本日と明日、私は皆様の試合を見守るためと闘技場近くの席にて待機ですよ」

 

「えっ!? ゼクスさんは試合が見れるんですか!?」


「はい、優勝者の特権でございます」


「はあ……。なるほど……羨ましい」


「ホッホッホッ。そう落ち込むこともございません。ミツさんも試合を見たければ、決勝で私を倒せばよろしいのです。さすれば次の大会では存分に特等席にて試合を観戦することができますぞ」


「自分は今回見たいんです。相手の戦い方を知ってれば対策もできるじゃないですか」


「ふむ、確かに」


「でしょ。それにあわせて戦い方を変えれば楽しめるじゃないですか」


 自分の言葉に、眉を少しピクリと動かすゼクスさん。


「楽しむ? それはミツさんがですか?」


「あ、ああ。いえ、その……自分に大会に出ろって後押しした方々です……」


「……なるほど。それはそれは……。今回の大会は、とんでもないお方々がご覧になられているようですね……。これは、私も本気を見せなければいけませんかね」


 自分が少し上を見た後、言葉の意味を直ぐに読み取ったのか、少し目を瞬くゼクスさん。

 彼も同じ様に上をチラリと一瞥した後は真剣な表情に言葉を返してくる。

 

「ははっ……。お手柔らかにお願いしますね……。マジで……」


 ゼクスさんはカップのお茶を空にして、席を立ちあがる。


「それでは、私はミツさんの分も、試合を観戦してきましょう」


「はい」


 踵を返し、その場を後にするゼクスさん。

 ホールを出る際、一人の人物に道を塞がれる。


「おや、バーバリ殿。何か御用で?」


 ゼクスさんの前に立つのはバーバリだった。

 彼は仁王立ちと言わんばかりに腕を組んで、睨む様な目つきでゼクスさんを見てはゆっくりと口を開く。


「フンッ……。相変わらずやる気のない面をしおって。貴様、前回お前が優勝できたのは俺様が不参加だったことを忘れておらぬだろうな!?」


「おやおや、突然何を言い出すと思ったらその様なことを……。勿論心得ておりますよ。たしか、不参加の理由が路銀を道中落としてしまい、大会の予選日に間に合わなかったでしたか? いやはや、貴方の不運が私の幸運に変わるとは皮肉なことですね」


 バーバリの言葉に、ゼクスさんはやれやれと少し肩をすくめてニコリと笑顔を返す。

 ゼクスさんの言うことは真実であるだけに、バーバリは眉間に深いシワを寄せている。


「ぐぬぬ……。フンッ! 今回は我が戦いに出る。その余裕、いったいいつまで続くか。例え貴様の力が一人で騎士一個中隊程の力と周りから言われておろうとも、我が牙、我が剣はそれを突き破る力を示してくれよう! 貴様が勝者と言われるのも今日まで! 貴様には闘技場にて地の味を味あわせてくれよう!」


 バーバリはゼクスさんへとググっと顔を近づかせ、言葉に威圧を込めながら勝利宣言を告げる。

 ゼクスさんは一度目を閉じ、ゆっくりと目を開ける。

 その目は先程とは違い、バーバリを見据えては鋭い瞳を向ける。


「バーバリ殿……。貴方は相変わらず活気の良いことで……。ですが、周囲の言葉など気にしていては、自身の剣先を見失ってしまいますぞ。私の過剰な評価は結構、血気盛んも結構、ですが、貴方は上を登る前に自身の足元を救われぬようお気をつけください。貴方の立場もございます。自身がこれから戦う者を見ずに私だけを見ては、貴方は私と戦う時は来ないでしょう……」


「なぬっ!? まさか貴様……。俺様がお前と剣を交える前に敗北するとでも言いたいのか……」


 ゼクスさんの言葉に、驚きと目を開くバーバリ。


「……ふむ。貴方とはもう長い付き合いとなりますね。ですので、これは友としての言葉としてお受け取りください」


「グルッ……」


 今にも飛びかかりそうな勢いのバーバリは、一度拳をおろし、ゼクスさんの言葉を聞く姿勢を取る。


「貴方は私が騎士一個中隊程の力を持つとおっしゃいましたが、その前に……。貴方の前には一個大隊……、いえ。それ以上のお方と戦うことを視野に入れたほうがよろしいですぞ。貴方の言った通り、私が勝者と言われるのも恐らくこの大会まででしょう……」


「……フンッ! 荒唐無稽な言葉だ。」


「……」


 バーバリは鼻をならした後、ゼクスさんを見る。

 ゼクスさんの目はバーバリの視線を外すことなくジッと見続けている。

 バーバリはホールにいる選手を見渡す。


「……なるほど。ここには居らぬが、貴様の仕える主の息子のことか……。だが、例え魔術に優れた者であろうと、我が剣に斬れぬものなど決して無い!」


「ホッホッホッ。直ぐに解ります。直ぐにその時は来ますので、バーバリ殿もお楽しみください」


「グルルッ……。世迷言を……」



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 ドーンッ!!


「なっ!?」


 カイン殿下は目を見開き、驚きの顔に闘技場をみる。

 それは自身の自慢の駒と言えるバローリアが場外に吹き飛ばされ、地面に倒れたこと。

 バローリアの自慢の黒檀の弓も弦が切られ、無残な状態に地面に転がる。


「場外! カウントを取ります! アインツ……! ツヴァイ……! ドライ……!」


「バローリア選手、場外! 審判のカウントが始まりました!! 10カウント以内に戻れば戦いは続行ですが、バローリア選手、全く動きません!? おっと! ラララ選手、バローリア選手に背を向けては離れていく! 勝ちを確信したのか!?」


「ズィーベン……! アハト……! ノイン……!! ツェーン……!!! 場外! ラララ選手の勝利!」


「決まった!!! 2回戦、勝利を掴んだのはラララ選手です!!!」


 審判が10カウントの後、両手を大きく振って勝負が決まったことを告げる。その瞬間、実況者の声が響き、観戦席からは歓喜と興奮の声が溢れ出して来る。


「素晴らしい勝負でした! しかし、バローリア選手、マジックバックから多種多様の矢をいくつも出してラララ選手へと狙うが、残念ながらラララ選手に当たることはありませんでした! 華麗に矢を避けられ、自身の懐にラララ選手を踏み込みを許してしまった事が敗因でしょう。しかし凄い、ラララ選手。ナイフ1本の戦いでバローリア選手から勝利を掴みました!」


 実況者の声に、ニコッと笑顔のセルフィ様。

 そのまま表情は変えずに、カイン殿下の方へと顔を向ける。

 カイン殿下は自身の駒であるバローリアが敗退した事、煽るようなセルフィ様の表情を向けられて内心不機嫌になるが、この場で露骨に顔に出すわけにもいかない為に、顔を引きつらせながら笑顔をセルフィ様へと返すのだった。


 観戦者も倍率は少々低いが、バローリアに賭けた者も多く、早々にハズレ札となってしまった賭け札を悔しそうに握りつぶしている。

 反対に、ラララに賭けた者は次の試合が始まる前にと、当たった札を、引き渡しテントヘと持って行き、金と交換した後は次の試合の賭け札を求めて、また購入テントに並び始めている。


 中々お目にかかる事のない戦いを連続で見た観戦者も、応援に力が入っている。

 そして、観客席に人が戻ってきた頃合いに、実況者が3回戦の開始を告げる。

 次に戦う者は、セレナーデ王国より出場するティスタニア選手と、ローガディア王国から来た獣人族のチャオーラ。

 同じ騎士団に所属するバローリアが早々に敗退したことに、カイン殿下にこれ以上無様な姿を見せるわけには行かぬと、ティスタニアは少しだけプレッシャーを受けながらも闘技場へと上がる。


 だが、チャオーラもティスタニア同様に、仲間内のルドックが敗退している。

 互いに仲間の敗北と言う荷を背負っての戦いである。



「女か……。すまねえが、俺は女でも容赦なく叩き潰す。それが同じ戦士ならなおさらだ」


 ティスタニアは自身の槍の石突をガキンッと音を鳴らしながら地面に叩きつける。

 それを見るチャオーラは、自身の胸の前で腕組みをしては呆れ口調に言葉を返す。


「野蛮だね。あんた本当に人族かい? 顔は悪くないけどそんな性格じゃ女は振り向かないわよ」


「ちっ……。猫娘が、勝手にほざくがいい」


 一言言葉を交わした二人は一度距離を置き、審判の開始の声を待つ。


「それでは! 始め!」


 開始の声と同時に素早い動きに駆け出すチャオーラ。

 ティスタニアは自身の槍先を相手へと向け、盾を構える。


「始まりました! ティスタニア選手対、チャオーラ選手の戦いです! チャオーラ選手、開始の声と同時に走り出す! それを手に持つ盾にて構えを取るティスタニア選手!」


 チャオーラは身軽な身のこなしを見せ、まるで体操選手の様な動きにてティスタニアへと迫る。

 走って、バク転して、更には上空へと舞い上がり、落下の勢いを込めてティスタニアへと蹴りの攻撃。 


 ティスタニアは盾で攻撃を防ぎ、チャオーラを払いのける様に盾を横振りにする。

 盾に払いのけられるもチャオーラは綺麗な空中バク転をしながら地面に着地。

 チャオーラの着地のタイミングと、ティスタニアにはスキルを使用したのか、槍先から何やら衝撃波的な物をチャオーラへと向けて放つ。


「!?」


 ギリギリのところでその場から離れたことにチャオーラにはダメージは無かったが、先程までいたチャオーラの地面には、何かに削られた痕跡が残っていた。


「早い早い! 素早い動きにてティスタニア選手へと攻撃を仕掛け、更には攻撃をあっさりと避けるチャオーラ選手! ティスタニア選手、チャオーラ選手をしとめれるか!」


 二人の戦い、それに加えて実況者の声に観戦者の応援の声も増えていく。


 互いに初手の攻撃を相手に見せた後、もう一度身構える二人。

 周りの声も聞こえないほどに、二人は自身が戦う相手しか見えていない。


「次はこちらの番だ」


「……」


 ボソリと呟いたティスタニアの言葉が聞こえたのか、チャオーラはピクリと自身の耳を動かす。 

 そして、宣言通りと動き出すティスタニア。


「!?」


「次に動いたのはティスタニア選手だ!! は、早い! 鎧を着ていると言うのに一気にチャオーラ選手へと距離を詰めるティスタニア選手! 槍先がチャオーラ選手へと向かっていく!」


「ちっ! でかい図体の癖にっ!」


「体を洗うとき以外常に身につけたこの鎧! 既に重さなど感じておらん!」


「気持ち悪……」


「ほ、ほざけ!!」


「つまりは寝るときすらその鎧を着ていると言うことでしょうか!? チャオーラ選手の言うとおり、確かに気持ち悪い! ですが、鎧の重さを思わせない攻撃のスピードは本物! ティスタニア選手、高速の槍の突き出しを続けております!」


「如何した猫娘! 避け続けるのもソロソロ苦しかろう!」


「本当に嫌な性格してるよあんたは!!」


「ぐはっ」


「決まった! ティスタニア選手の槍の攻撃を掻い潜り、チャオーラ選手、相手の腕を掴んでは蹴りの攻撃を顔面へと突き当てたー!」


「確かに鎧で見を固めれば攻撃を防げるだろうね。でもその分私にとっては狙いやすい場所もあって戦いやすいもんさ」


「己、猫娘が……。よくも俺様の顔に傷を……。フンッ! お前の攻撃など! 軽いわ!!」


「!? なっ!」

 

「なっ!? ティスタニア選手の持つ槍が伸びた! 距離を開けていたはずのチャオーラ選手、避けることもできずにティスタニア選手の繰り出す槍の攻撃を受けてしまい、場外に大きく吹き飛ばされてしまいました! 今、カウントの為に審判が駆け寄ります!」


 チャオーラは攻撃を与えた後も警戒を怠らず、ティスタニアの槍の攻撃が届かない距離を置いていた。

 しかし、ティスタニアが自身の槍を大きく横振りにした瞬間、槍先から光が現れたと思った時には、光が槍を包み、槍自体の長さを変えたのを見たと気には、チャオーラは既に槍の腹の攻撃を食らってしまっていた。

 

ボキッと鈍い音を鳴らし、場外へと吹き飛ばされたチャオーラは、意識はあるものの、不意打ちと思える攻撃のダメージが大きいのだろう。

 審判のカウントが響く中、何とか立ち上がるチャオーラの腕からは血が流れ、だらりと垂れ下がるその腕は、観戦者から見ても、もう戦いでは使えないと思えるダメージを負っていた。

 ガリッと痛みを我慢するように歯を食いしばり、何とか10カウントギリギリに闘技場に戻ってきたチャオーラ。

 だが、ティスタニアはそんなチャオーラに追い打ちと言わんばかりに、また攻撃を繰り出す。


「オラオラ! 休めると思うなよ!」


「くっ!!」


 相手に攻撃のタイミングを与えないと言う勢いに、ティスタニアは突き、払い、等々の、槍を使っては甚振るようにチャオーラへと攻撃を繰り出す。

 傷つくチャオーラの身体には血が流れ、ポタリポタリと地面に血の後を残していく。

 審判も降参するかとチャオーラに問をかけるが返事が帰ってこない。

 

 そして、観戦者から見てもティスタニアの戦いは、弱りきった動物を甚振る姿にしか見えないのだろう。

 声援ではなく、ブーブーとブーイングのように、非難の声がティスタニアへと向けられていく。


「てめえ、それでも騎士か! 終わらせるならさっさと終わらせてやれ!」


「女を甚振って楽しいのか最低野郎!」


 観戦の声が聞こえたのか、攻撃を緩めたティスタニア。視線を観客席へと向け、ギロリと客を睨む。

 観客席への攻撃は禁止であるが、それは試合に失格になるだけで、理由をつけてしまえば庶民への流れ弾の攻撃は失格だけで済まされること。

 どの道この勝負に勝ったとしても、次の試合で仲間内の戦い、どちらしか先へと進めないのならティスタニアはここで失格になっても構わないと思ってしまった。


 しかし、そのほんの少しの油断。

 チャオーラから視線を外してしまったことが反撃のきっかけを与えてしまった


 チャオーラは流れる自身の血を顔面へと投げ捨て、ティスタニアの視界を消す。

 そのタイミングとまた懐へと潜り込んだ。


「ぐっ! 女が!」


「せやぁぁぁ!!!」


 チャオーラはティスタニアの槍を持つ方の右腕に体を巻きつかせては、ティスタニアの腕を折る勢いに腕と反対に体重を一気にかける。

 だが、それも直ぐに対処されてしまい、逆にティスタニアの左手に掴まれては腕から無理矢理に放される。

 頭を掴まれ、チャオーラはジタバタと暴れるが、ティスタニアの腕の力が強く、腕を殴ろうとビクリともしない。

 ティスタニアは槍を地面に突き刺し、右手に拳を作る。

 チャオーラはマズイと思いながら、直ぐに身を丸めて攻撃に身構える。だが、先程の攻撃を受けた為に片腕が上がらない。

 動く方の腕で顔は守るも、ガラ空きのボディにティスタニアの拳をモロに受けてしまった。

 腹に力は入れるも、重い拳を何度も何度も受け続け、チャオーラはグハッと口から吐血してしまった。

 そして、頭を掴まれたまま、自身を高く上げるティスタニア。まさかと思い、咄嗟に暴れるチャオーラだったが、ティスタニアはチャオーラの頭を掴んだ腕を闘技場の地面へと激しく叩きつけた。


「ガハッ! ……。」 


 チャオーラの意識が薄れゆく。

 勝負が決まった、周囲や実況者は思ったその時。


 ティスタニアはチャオーラを掴んでいた頭を離すと、自身の盾を身構え、チャオーラを叩き潰す勢いに、攻撃をくりだしたのだ。それが何度も何度も、バンバンと盾を叩きつけ続ける。

 盾を勢い良くぶつけられた無防備のチャオーラは、完全に体をピクリとも動かない状態になってしまった。


「なっ! なんて事でしょう! ティスタニア選手! 倒れるチャオーラ選手に追い打ちの攻撃! チャオーラ選手、全く動きません!」


 ティスタニアの戦いに唖然として見る観客。

 盾をどかされたチャオーラの姿は服はボロボロ、体中から血を出しており、生きているのかすら不安になるほど。


「ティスタニア選手、離れて下さい!」


「ちっ……。」


 チャオーラとティスタニアの距離を開けるためと、審判が間に割って入ってくる。

 ボロボロの状態に、側で声をかける審判の声すら聞こえていないのか、チャオーラは全く反応を起こさない。

 まさかと思い、周囲の観客席からざわざわと声が出てくる。

 審判がチャオーラの口元に耳を当てると、審判は直ぐ様懐から白色の液体が入った瓶を取り出す。

 バシャっとチャオーラにかけた瞬間、実況者から声が響く。

 

「今、審判が試合終了と判断し、チャオーラ選手へと回復薬がかけられました! この時点で3回戦の勝負が決まり、勝者はティスタニア選手となります! チャオーラ選手、回復薬をかけられたと言う事は、命は助かったのでしょう。急いで救護班が駆け寄り、チャオーラ選手の治療を行っております」


 治療士が慌てる審判に闘技場へと直ぐに呼ばれ、チャオーラへと治療を始める。

 ある程度治った時点で闘技場から下ろされ、医療室へと運ばれていくチャオーラ。

 そんな彼女をみて、ホッと安堵の観戦者。

 観戦者の中にはティスタニアに賞賛の声を出すものもいたが、それはほんのひと握りの人数。

 重い空気を作り出したティスタニアは、闘技場から下りては待合ホールへと戻っていく。


 なんとも後味の悪い試合を見せられたと観戦席から聞こえてくる声。それを聞きながらマトラスト様もその言葉に同意する思いに、ローガディア王国の方へと視線を送る。

 だが、ローガディア王国の代表のエメアップリアの姿が見えない。どうしたのかと思っていると、奥の方から渋々と出てくる姿がみうけられた。

 恐らくチャオーラのことが心配で駆け寄ろうとしたところを、側仕えに止められたのだろう。

 国の代表として来ていると言うのに、席を開けることはそれは外聞が良くない。


「若いな……」


 エメアップリアの方を一瞥した後、カイン殿下の方を見ると、彼もあまり機嫌が良いとは言えない態度になっている。

 側仕えが差し出す飲み物も、珍しく無下に断っている。

 マトラスト様は一つため息を挟んだ後に口を開く。


「はぁ……。殿下。わたくしが以前言った言葉、覚えてますか?」


「……。なんのことだ……」


「私欲を満たせば幸をえる、私欲に溺れすぎれば死をえる……」


「……。」


「ご自身の騎士団を自慢することは結構なことです。ですが、上があれでは、その者に付く下の騎士も同じ様にあの様な者になるでしょう。収穫したての作物に腐った物が混ざっていれば、それを取り除かぬ限り周囲を腐らせていくだけにございます。自身の口に入れるものなら、尚更目を逸らしてはいずれ自身の毒となりましょう……」


「……」


「「カイン殿下。マトラスト様のお言葉、直ぐに理解しろとはマトラスト様も申し上げてはおりますまい。ですが、貴方様の立場、先を見るのでしたらお聞き入れくださいませ……」」


「……解っておる」


 カイン殿下は二人の顔を見ることなく、コツコツと椅子の肘掛けを指で鳴らし、それ以外は言葉を返すことはしなかった。


 闘技場では4回戦、ラクシュミリアとコルコット、二人が既に闘技場へと上り、二人の試合が始まろうとしている。


「ヒョッヒョッヒョッ。お主の仲間内のおかげか、随分と観客席が静かじゃな」


「人の声は集中を乱す。静かならそれでよかろう……」


「つまらん男じゃの~。ほれ、お前さんも男なら、このパンディを見れば心が弾むじゃろ。戦う前にしっかりと見とくがよいぞ」


「人形を愛でる趣味は俺はない……」


 無表情のまま言葉を返すラクシュミリア。

 すっと振り返りコルコットと距離を取る。


「ヒョッヒョッヒョッ。甘いの~、若者よ……」


 コルコットはラクシュミリアの後ろ姿を見ながら不敵に笑みを作り、立ち位置へと進む。

 その際、コルコットの手がパンディの尻をいやらしくも触っているが、人形相手なので問題はない。


「さー! 武道大会4回戦を開始いたします! すでに戦闘態勢を取っておりますラクシュミリア選手。それに引き換え、未だに自身の武器であり人形の身体を触り続けるコルコット選手。本当にそれが人形でなければ問題行為に見えてしまいます」


「ヒョッヒョッヒョッ。お姉ちゃんもこのパンディ程に良い尻をしておれば、ワシがたっぷりと愛でてやろうて」


「お断りします! さっ! 今審判の声にて試合が始まります!」


「それでは! 始め!」 


「行くぞパンディ!」


 コルコットの言葉に反応するかのようにコクリと首を頷くパンディ。勿論彼の操作なのでこれは一人芝居ではあるのだが、その動きは滑らかに、パンディは本当に生きているような戦いの構えを取る。

 コルコットは闘技場の端に控えている。

 どうやって握っているのか、パンディは少剣と盾の二つを持ってはラクシュミリアへと襲いかかる。

 

「先に出たのはコルコット選手が操る人形のパンディです! ラクシュミリア選手へと駆け寄るすがたは正に生きた人形! 一気に距離を縮めていきます!」


「ホイッ! ホイッ! ホイッホイッホイッ!」


 コルコットは自身の腕を振り回したり、一見変な動きにしか見えないポーズをとっている。


「何と言う連続攻撃! コルコット選手、華麗に人形のパンディを操っては攻撃をくりだす! ラクシュミリア選手、防戦一方! まったく反撃を繰り出せません!」


「……」


「ヒョッヒョッヒョッ。お主が何を考えておるのかがお見通しじゃぞ。お主、ワシがパンディを操る糸でも探しとるのだろう」


「……」


 視線を少しだけコルコットへと向けるラクシュミリア。

 コルコットの言うとおり、ラクシュミリアはドールとして操られているパンディを止めては勝ちを狙っている。


「その様子じゃと、糸など見えておらぬであろう。どうやってワシがパンディを動かしておるのか解らぬであろう」


「傀儡士の道化に付き合う気もない」


「ヒョッ!?」


 ラクシュミリアはパンディを蹴りのけると、直ぐにコルコットの方へと一気に駆け出す。


「おおっと!! ラクシュミリア選手、人形を操るコルコット選手へと直接攻撃を繰り出した!」


「甘い、甘いの若者……」


「!?」


 二本の剣を構え、双剣として剣先がコルコットを斬ろうとした瞬間、コルコットはニヤリと不敵に笑みを作る。そして、剣先が届くと思いきや、コルコットはシュバっとその場から移動。


「何と! コルコット選手、見た目によらず華麗な動きでラクシュミリア選手の攻撃を後方へと回避! 更に追い打ちの人形の攻撃を繰り出しております!」


「ヒョッヒョッヒョッ。人形使いの弱点を本人が知らぬとでも思うたか? ワシは戦うことはできぬが逃げることならその辺の盗賊よりもすばしっこいぞい」


 ラクシュミリアがコルコットへの攻撃をくりだすが、攻撃が外れ、足の動きを止めた瞬間だった。

 コルコットは両腕を引く動作を見せた瞬間、後方にいた人形のパンディがその長脚で地面を蹴り上げ、勢い良くラクシュミリアへと襲いかかる。

 双剣にてコルコットの攻撃を払うが、またパンディの踊るような剣技に防戦一方。


「……」


「おおっと! まただ! またラクシュミリア選手、コルコット選手へと攻撃を繰り出します! がっ、今度は人形のパンディがそれを止めました!」


「全く、学ばぬ若造め。ワシにお主の攻撃は届かんと解らぬのか。ヒョッヒョッヒョッ。今度はワシから行かせてもらうぞい! 行けっ、パンディ!」


「なんと! 人形のパンディ! 攻撃スピードが更に上がった! 早い早い! パンディの持つ武器とラクシュミリア選手の武器がぶつかり、火花を見せております! ラクシュミリア選手、攻撃を返すが当たりません! コルコット選手の人形を操作する技量が高すぎる!」


 ガキンガキンと何度も交わる剣と盾。

 激しい戦いに、思わず息を呑む観客。


「凄え! あの爺さん、ただの変態じゃなかったのかよ……」


「でも、あの爺さんの倍率、確か8倍だぜ……」


「莫迦野郎、倍率であの強さは証明できねえだろう!」


「コルコットー! いけー! 勝てるぞー!」


「ラクシュミリア様ー! 変態爺何かに負けないでー!」


「観客席からは、二人への声援の声で溢れております! おおっと! 人形のパンディ! 何と肩で息をしているかのように動きを見せる! 細かい! やる事が細かすぎるぞコルコット選手!」


「……」


「……なるほど」


 何が解ったのか、目の前の人形のパンディとコルコットを見比べるラクシュミリア。


「遊びは終わりだ……」


「ふんっ! 若造が! ワシのパンディは世界一の人形じゃ!!」


 二本の剣を鞘へとしまうと、腰をググっと落すラクシュミリア。見据えたままコルコットから視線を外さない。

 そして、グッと自身の腕に力を入れ、ラクシュミリアは剣を素早く抜いたのだろう。


「……。瞬点……。一光!」


「なっ!?」


 光の線が見えたと思ったその時、近くにいた人形のパンディが何かに吹き飛ばされる様に場外へと吹き飛ばされ、コルコットはその光を吸い込むようにと、その場にバタリと倒れてしまった。


「おおおっと!!! ラクシュミリア選手、何をしたのか!? 突然人形のパンディが場外まで吹き飛んだ! 更にコルコット選手も突然のダウン!!! なっ! ラクシュミリア選手、コルコット選手へと近づきます! まっ、まさか!? ティスタニア選手同様に、対戦相手に追い打ちの攻撃をするのか!?」


「……!」


 歩き進め、倒れるコルコットの前で双剣を鞘から抜き取ると、ラクシュミリアはフンッと鼻を鳴らした後、グサリとその剣をコルコットへと突き刺す。


「キャーー!!」


「うわっ!」


 魔石画面に映し出されたそのシーン。

 観客席には悲鳴がこだまする。


「なっ! 何てことでしょう! ラクシュミリア選手! 仰向けに倒れるコルコット選手の胴体に自身の剣を突き刺した!! 王国騎士団が二戦連続に続けて、非人道的な戦いを武道大会で見せるとは」


 慌てて駆け寄る審判がラクシュミリアを押しのけ、倒れるコルコットを確認する。


「ラクシュミリア選手! 離れて! 治療士、早く! ラクシュミリア選手、どいてください! このままではコルコット選手が死んでしまいます!」


 慌てる審判の声に、その場から動こうとしないラクシュミリア。


「……何故だ? まだ戦いは終わっていないぞ……」


「何を! 勝負はもう決まっておりまっ」


「ヒョッヒョッヒョッ。小僧の言うとおり、まだ終わりではないぞい……」


「えっ、なっ!?」


 審判が声のする方を振り返ると、なんとコルコットは何も無かったかのように胸に剣を突き刺したまま立ち上がっているではないか。

 審判は勿論、観客も実況者も驚きに目を大きく開く。


「なななっ!? 何と言うことでしょう! コルコット選手! 胸に二本の剣を突き刺されて起き上がった!!! 一体どうなっているのか! 誰か、説明してください!?」


「くだらぬ遊びだな……」


「ヒョッヒョッヒョッ。遊びも結構……。だカ、ココカラハ……ホンキ……デ……」


 会話の途中、ガクリと首を落すコルコット。

 その反動か、胸に刺さる二本の剣が外れ、カヂャンと音を鳴らし落ちる。


「どうしたのでしょう? コルコット選手、動きません!? やはりダメージがあったのか? 今審判が確認しております」


「コルコット選手! コルコット選手! なっ! 息をしていない!?」


 コルコットが息をしていないことを確認後、苦悶の表情のまま、審判は両手を上げては試合終了を告げた。


「なっ! そんな……」


「酷え……。騎士団ってのはここまでするのかよ……」


 観客の誰もが、喜びの歓喜の声を出す者はいなかった。

 しんみりとした空気の中、実況者は声を出す前にふーっと息をととのえては口を開く。


「残念ながらコルコット選手、戦いの中、息を引き取った様です……。大会ルールにて、コルコット選手が降参宣言前の死亡となりますので、4回戦、ラクシュミリア選手の勝利……」


「何を勘違いしている。審判、お前達の目は節穴か?」


 実況者の声が間違っていると言う態度に、落ちた剣を拾っては、ラクシュミリアはまた戦いの構えを取る。

 不可思議な行動に実況者も声を止め、ラクシュミリアの構えを取った方を見る。


「えっ……。あ、あれ? いつの間にかコルコット選手の人形のパンディが闘技場へと上がっております?」


「遊ぶのならば、もう少しましな遊びを覚えとくがいい……」


「ラクシュミリア選手、一体何を言っているのでしょうか?」


 構えを取ったまま、棒立ちになっている人形のパンディへと言葉をかけ続ける。

 その言葉に反応するかのように人形のパンディが動き出した。


「……。ふふっ……ふふふふっ。アハハハハ!」


 顔を伏せたまま立っていた人形のパンディから見た目通り、10代そこそこ、女性の笑い声が聞こえてきた。


「えええええ!! 人形のパンディが喋りました!?」


「もう、一体何処で気づいたのかな?」


 髪をかきあげる仕草はもう人形ではなく人そのもの。

 問われた質問にラクシュミリアはパンディから視線を外すことなく言葉を返す。


「……目」


「んっ? 目ん玉?」


 目と言われ、パンディは自身の両手を人差し指にしては自身の瞳に当てる。


「物を視線で追うのなら無意識と顔も動くもの。お前は人形と言うがそれができている。だが、こっちの爺さんは露骨に顔が動きすぎている。試しに耳元に石を投げたが反応も無かった……。そう、まるでこちらが人形の様にな」


 ラクシュミリアはコルコットの方に振り向き、剣を振りぬく。スパッと斬られた衣服が肌けると身体は木でできているのか木目が見える。


「あちゃ~。戦いに集中し過ぎてそこまで気が回らなかったか……。でも凄いでしょ、まさか本体がこっちだなんて。んっんん……。ヒョッヒョッヒョッ。若造、よく気づいた、褒めてしんぜよう」


 手を自身のおでこに当ててはアチャーと悔しがる素振りを見せるパンディ。

 だが、不敵な笑みを作っては少し喉を鳴らしと、パンディの口からコルコットの声が聞こえてきた。


「フンッ」


「なっ!!何と! 本当はコルコット選手が人形で、人形と思っていたパンディ、いえ、パンディ選手の方が本体! この場合如何なるのでしょう!? 今審判が集まり話し合いが始まります」


 突然の出場選手の変更。

 元々コルコットと言う名前で出場した時点でパンディには出場資格はないのではないか?

 更にはパンディは女、男性として出場したのはルール違反ではないのか?

 様々な議論が審査員だけではなく、観客席からもガヤガヤと声が出てきた。

 

 そして、審判の代表が声を拡散する魔導具を持って声を出す。


「えー。今回の4回戦、コルコット選手の失格とし、ラクシュミリア選手の勝利とします!」


「えっ!?」


 この言葉にパンディは驚く。

 観客席からは驚きに声があふれる中、試合の結果に喜ぶ声もチラホラと聞こえてくる。


「試合終了です! 審判の話し合いの結果、4回戦の試合はコルコット選手の失格、ラクシュミリア選手の勝利となります! おっ、今、今回の試合に関する審査員長のお言葉が来ました、読み上げます。えーっ。まず、コルコット選手からパンディ選手へと変わったように見えますが、元々試合登録の際魔石に触ったのはコルコット選手と人形と思われていたパンディ選手だったようです。人形が魔石に触ったとしても反応はしません……。えっ? つまり魔石に触ったパンディ選手の名前、本名がコルコットと言うことでしょうか?」


「はぁ~……。私の名前はパンディ・コルコット」


「な、なるほど……。パンディと言うのは偽名と言うわけでもなさそうですね。では、残念ながらパンディ選手の失格の理由ですが、武道大会は通常、予選は男性と女性とまずは別れて行われます。それは男性の露骨な女性への卑猥行動や、女性の男性へと急所攻撃を避けるため。今回パンディ選手は男性と言って偽装した上の予選参加になります。ですが、予選にてパンディ選手の相手への下卑た攻撃が無かったのですが、ルール上これが決め手になったようです。コルコット選手には残念ですが次回は女性登録をして予選に参加してほしいものです」


「はぁ~。行けると思ったんだけどな……」


「くだらぬ遊びに付き合わされたか……」

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