第15話 特別講座 ファイナルでしょう!?

 ごきげんいかがですか?


 いやあ、安易に言葉を記してはいけませんね。「穏やかな日が続いています」と書いたばっかりの夜に、読売新聞の勧誘が来ましたよ。しかも完全に、やくざか半グレ。武藤敬司を小さくして、小太りにした風貌。真っ赤なアロハシャツ。絶対どこかにタトゥーがありますよ。わたしのウチに、みかじめ料の徴収に来たのかと思いました。久しぶりに出会った難敵です。まず、いきなり、

「生活保護慣れたっしょ?」

 とタメ口さんです。ここで、

「にいちゃん。なんでそのこと知ってんの? 情報元教えて」

 と言えば即撃退だったのですが、とっさに思い浮かばず、

「慣れたよ」

 と言ってしまうバカなわたし。これでは負けちゃうかも。にいちゃんは、

「いまさあ、紙の新聞ピンチなんだよねえ」

 とおっしゃる。そりゃあ、そうでしょうね。納得です。

「だからさあ、一月から三月とか協力してくんない?」

 あいかわらず、タメ口。

「少し考えさせて(とるわけないだろ!)」

 と申告したところ、

「そんなこと言わないで協力してよ」

 と言いながら、腕に触れてくるにいちゃん。これがいずれパンチに変わるんでしょうね。仕方がないので、読売新聞勧誘員撃退基本キラーワード、

「悪い、ジャイアンツがダメなんだ」

 を発動してみました。

「ああ、ダメなの」

 ちょっと固まるにいちゃん。効果あるようですよ。しかし、

「ベイスターズだから」

 と余計なことを言ってしまう、わたし。にいちゃんはすぐに甦って、

「オレさあ、横浜スタジアムのそばの小学校出身。田代、屋鋪でしょ。オレ四十五だけど、あんた幾つ? 年下でしょ?」

 にいちゃん、わたしを若く見てくれてありがとう。

「いやいや、〇〇才だよ」

 だんだんわたしの口調もタメ口になって行きます。

「シーズンオフとかはいいんじゃない?」

 ちょっと、にいちゃんのトーンが下がって来ましたので、

「ダメダメ、アレルギーがあるんだ」

 と言ったら割合あっさり帰りました。でも、やくざはしつこいですからね。それより、問題はわたしが生活保護受給者だという情報がどこから知れたのでしょう。ケースワーカーが来た時、強めに質問しましょう。


 あれ、文字数を使いすぎました。でも、強引に終わらせますよ。

 北里大学売店は相模原市の北里大学病院の向かいにありました。中華料理店、花屋さん、バカ書店と三軒長屋です。店は大きめのリビング程度で、半分以上が医学の専門書、残りが雑誌と一般書籍オールジャンル。ただ、コミックは置くなと言われました。もちろん代わりにコミック文庫を置きましたけどね。


 実は、北里大学売店というのはお店の顔をした外商の営業拠点なのです。医書課の北里大学営業所なのです。上位本部も店売本部ではなく、外商本部なのです。同じ会社の人間ですが、書店員たるわたしと営業の人たちは違う人種で、考え方が根幹から違うのです。しかもここは外商優位いや絶対ですから、わたしが必死に頼んで仕入れた本をひょいひょいっと持って行ってしまうのです。同じ課のメンバーですから、わたしの心が狭いし、環境に順応出来ないのもわたしが悪いと思うのですが、聞いたことのない言語を話す人たちの中に一人取り残された上、全然、意味のわからない仕事をさせられたら、とても辛いです。しかも、ここへの交通はJR古淵駅か小田急相模大野駅からバスなのですが、土曜日は十分もかからないのに、平日はなんと最長で二時間近くかかったことがあります。そのため、わたしは古淵のイトーヨーカドーで自転車を買って、駐輪場も半年契約で借りて通ってました。ですが、次第に疲れて来たので、毎日、朝五時に起きて、六時前に出かけ、時間に余裕のあるバスに乗るという生活を送りました。始発のバスはいつも同じ面子が乗るのでみんな覚えちゃいましたよ。辞めると決めた頃はラジオを聴きながら、やさぐれて歩いて通っていました。


 わたしが辞める決心をしたのは、頭のおかしな社員がわたしの誹謗中傷を、わたし以外のメンバーに言い立て、クソ課長がそれを否定せず、暗にわたしを非難したのです。その内容は、わたしが定時で帰ることと、外商の手伝いをしないことらしいです。しかし、外商の人間は残業しなくても外商手当がつきますし、外商の人が店の手伝いをしてくれるわけではなかったのです。もし、わたしが戦う姿勢を見せれば、たぶん勝てたでしょう。実際、頭のおかしな社員はその後、深刻な鬱病になり、休職し続けたらしいです。その末路は知りません。


 わたしが戦わなかったのは、もう面倒くさかったのと、北里売店のような、いびつな場所にこれ以上、いたくなかったのです。言ってみれば、逃げ出したのです。もしかしたら鬱状態だったかもしれませんが、その時はこんな事態になるとは思ってもみませんでしたよ。

 なので、もしも街で偶然、頭のおかしな社員とクソ課長に会ってしまったら、ボコボコに殴ります。わたしは精神障害者ですから、なんとかなるでしょう。


 一応言っておきますが、店のアルバイトさんたちにわたしは大人気でした。人誑しの力は残っていたのです。


 最後に、若き社会人の皆さんへ。


「無計画に正社員を辞めてしまうと、わたしのように没落しますよ。退職は計画的に!」


 ああ、終わりました。来週はほっぽりっぱなしの小説に取り組むか読書に耽りますので、各自、自習を願います。

 ではごきげんよう。また勉強して来ます。 

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