豁サ逾vsイザヤ

「殺せないと理解したうえで殺気を向けるか。イザヤは面白いな」


男の笑みはわざとらしく、そして不気味だった。

対峙するイザヤは、剣を構え、感覚を研ぎ澄ませていた。

その様子に男は笑みを深め、地を蹴った。

一振りの剣から放たれる無数の斬撃。

男はそれを避けようとはせず、斬撃の中へと飛び込んでいった。

バラバラになる身体は、落下の軌道に入るよりも速く繋がった。

振り抜かれる拳を、イザヤは防ぐも後方へ吹き飛ばされた。

男はすかさず追撃へ向かう。

イザヤは勢いよく顔を上げ、眼と眼が合った。

瞳の中を光るものが見える。

それに気づきながらも、男は動きを止めない。

男の体は見えない何かに斬られ貫かれるが、止まる事は無く、欠損した部分を再生させながら殴りつけた。

イザヤは剣を盾にするが、斬られた腕は剣を挟んで再生する。

そして内側にまで入り込んだ腕に、無防備な胸を殴られた。

イザヤは勢いよく吹き飛び、地面を転がる。

四つん這いになり地面に血を吐きながら、立ち上がる。


「見えない魔剣か。だが、俺は見えていようと見えて無かろうと避けないぞ」

「……あぁ、知っているとも」


イザヤは前を向き、手に持つ剣を消失させた。


「ほぉ、これほど濃密な殺気。ふふ、面白い」


イザヤの身体を覆うように、そう幻視えてしまうほどに、濃密な殺気。

二人は同時に動き出し、ぶつかった。

激しい攻防。

相手の攻撃をいなし、防ぎ、自分の攻撃のみを通そうとする。

より速く、より重い連撃を。

だが、相手の土俵で勝てるはずが無かった。

イザヤの両手は叩き落され、その衝撃に、感覚は消える。

すかさず繰り出される膝蹴りに、イザヤの身体は宙を舞った。

イザヤの身体は、壁にでもぶつかるかのように空中で急停止し、血を吐きながらに、笑う男を見下ろした。


「よく耐える。嬉しいぜ。それじゃぁ、ギアを一つ上げるか」


男はより一層笑みを深め、地を蹴った。

イザヤのいる天へ上る。

とてつもない速度で翔け上がる男の拳を、イザヤは静かに、そっと受け止めた。

吹き抜ける風は、空を割る。

イザヤの黒き翼が、二人を包む。

そして次の瞬間、イザヤの翼が裂けた。

空へと手をのばしながら落ちていくイザヤを、男は笑って踏みつけた。

イザヤは歯を食いしばり着地するも、動かない翼に、舌打ちをした。

その手を血に汚し、笑みを浮かべながら着地した男は、静かに、地を蹴った。

翼に気を取られほんの一瞬反応が遅れたイザヤは、その首を掴まれ、地面へと叩き付けられる。


「イザヤ、お前じゃ俺には勝てないんだよ。それに、最後に残るのは、俺なんだ」


その言葉に、イザヤは耳を澄ませた。

あまりに静かな街に、今更気付いた。


「もう、全員いなくなったのか」


マゼランも、黒鉄も、巫も、酒吞も、すでに消えていた。


「あぁ、もう俺達だけだ。そして、これから俺だけになる」


男の腕が斬り落とされる。

その隙に、イザヤは拘束を抜け、距離を取った。


「イザヤ、お前じゃない。ローランやクロでも、イリスやシナーでもない。あの方を、彼の魔王を待つのは……執事である、私なんだ」


今までとは別種。

狂気じみたものでは無い、純粋な恐怖を、イザヤは感じた。

そしてイザヤは、今度こそ完全に、男の速度に反応できなかった。

男の手が胸に触れる。


「闇に飲まれよ」


イザヤの表情は、驚愕であった。

男に反応できなかったことにではなく、その力が、男のものでは無かったから。

イザヤの身体を闇が飲み込む。

遂に、残されたのは男一人となった。


「我が王よ……全ては、貴方様の御心のままに」


男は、跪き、頭を垂れた。

闇が男の体を飲み込んでゆく。

そして男もまた、闇の中へと消えて行った。

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