暴走

「俺の予想が正しければ酒呑童子、お前の力は……」

「「理不尽への抵抗」」

「それが俺の力だ」


かんなぎきくのと酒呑童子は、中身の無い人形の前に立つ。


「それで、これは一体なんだ?」

「……騎士団に所属していた重力を操る魔術師で、今はギルドに所属する重力の支配者だ」

「この状況は重力によるものには見えないんだが」


街を覆う黒い何か。

その中心にある人の形をした何か。


「それはそうだろう。だってこれは、重力を以てして彼が呼び出した異次元に存在するであろう何かなのだから。これに、この世界のルールは通用しない。魔術も異能も何もかも」

「あぁ、だから俺がなのか」


この状況を理解することはできないが、対処することはできる。


「俺は理不尽に抗う。この世の理から外れた理不尽。俺ならば、それを相手出来る訳だ。サポートは任せた。俺がこの力を使う以上は止められる」

「わかってる。お前の命は俺が保証する」


酒呑童子は、近付いていく。

身体を抉られながら。

それを巫は次々に治していく。

傷が出来るとほぼ同時に。

二人は戦いの中で相手の実力を認めていた。

だからこそ、命すら掛けれた。

だが、近付けば近づくほどに傷の量は増える。

そして遂には、酒呑童子の体に、治癒の出来ない傷が付く。

魔術、異能、何を以てしても治らない傷。

だからこそ巫がここにいた。

現人神として、神の権能をその身に宿している巫が。


神の権能を今ここに。

あぁ、だが……医療の神では足りない、治癒の神では届かない。

だってあれは、理から外れた攻撃。

それを防ぐには、それを治せるのは、主神でなければならない。

天照大神。

先のような力の一部ではなく、そのすべてを我がものとする。


巫の身体が炎に包まれる。

薄く、広く、炎は辺りを漂う。

炎は酒呑童子の元まで届いている、だが、その傷を癒すことはできていない。


何故……っく、足りない、もっと……。


炎はその勢いを増す。

だが、それでも、傷を癒せない。


「まったく、その程度で天照とは笑わせてくれる」


何処からともなく声がする。

周りを見ても誰もいない。


「天照大神は主神、太陽神であって、火の神ではない。それなのに燃やしてばかり。傷を癒す炎なんか、天照には使えない。そして、主神である以上は秩序である。場を荒らす炎では駄目だ。やるならもっと静かな炎だ」


何処にもいない誰かの声は、呆れたように言う。


「それに、天照……天を照らす神。お前のその炎で、天を照らせるのか?無理だな。その程度の炎では、せいぜいが街一つと言ったところだろう。もっとだ、もっと燃やせ。やって見せろ、出来るだろう?私には出来たんだからな」


そこで声は聞こえなくなった。

そしてそこで初めて、声がしていた間、時間が止まっていたことに気付いた。

今のが何だったのか、それを考える時間は無い。

ほんの一瞬気を抜けば酒呑童子が死ぬ。

自分を信頼して命を懸けてくれた男が死ぬ。

その信頼に、己が命すら掛けて……それでは、駄目なんだ。

誰かが死ぬ選択は、してはいけない。

自分の命すら、秤に掛けることは許されない。

全て諦めずに救う、それくらいできなきゃ、主神じゃない。

奇跡は二度起こらない。

だが、二度起こすのが神というものだろう‼


炎がその様相を変える。

美しく黄金に煌めく温かな炎。

炎は燃え上がり、天へと上る。

煌めく炎は、地上を照らす。


天照、高天原に住む主神。

だが俺は地上に住んでるんでな、天ではなく、地を照らす。


「受け取れ、酒呑童子。世界を塗り替える黄金の炎だ」


煌めく炎は酒呑童子を包み込む。


「……纏え。天神・火焔羽衣」


酒呑童子は炎を纏う。

燃えているのではなく、炎で織られた羽衣を羽織るように。

煌びやかな羽衣は、その者を神と思わせるほどの代物。


「理不尽に勝利しよう。開かれた異界の門を今此処で閉じる‼」


酒呑童子は空へと飛び上がり、黒が覆う街を、それよりも巨大な炎を以て焼き払った。

街一つが飲み込まれた爆炎。

だが、その炎は街を焼かなかった。

その街にいる者を焼かなかった。

それは理不尽に打ち勝つ炎。

それは世界を照らす炎。

それは絶望を終わらせる炎。

だから、焼くことをしない。

ただ、招かれざるものを排除するだけのものだったから。

それ以外のものは、護るべきものだったから。


「これで、終わったのか?」

「……たぶん、な」


黒い何かは焼き払われた。

その中心にあった人の形をしたなにかは、表面にあった亀裂がなくなり、空いていた穴が塞がっていた。

そして、柔らかな肌、中身が詰まっていて、鼓動が聞こえる。

人の形をしたなにかは、すでに人へと戻っていた。


「それで、どうしてこんなことになったんだ?」

「そこで気を失っている妖狐が、あまりに強かったから、扱えない力に手を出した。その結果だな。まぁ、ある程度は扱えていたが、妖狐によって体に大きな損傷が出来て、扱いきれなくなったんだろう」

「出来る全てをすれば良かったが、出来ない事にまで手を出すから失敗した。届かないものに手をのばす気持ちは、わからなくもない。お前もそうだろ巫?」

「……まぁ、な。ずっとずっと届かないものに手をのばしてここまで来た。未だに、届く気配はないがな」


二人は顔を見合わせ微笑んだ。


「それじゃあ、俺はこいつを連れて帰る。なんだ、割と楽しかった。またいつか、共に戦おう」


酒呑童子は翁狐おうきつを抱きかかえると、巫に別れを言ってその場を後にした。


「返事くらい、させてくれ」


幼い妖狐を抱きかかえる鬼が、飛び上がり京の都へと帰っていくのを見送った。


……そういえば、さっきの声はなんだったんだ?

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