巫きくのvs酒呑童子

さて、まずは小手調べだ。


テレポートからの踵落とし。

難無く防がれるが、その後の二発目、脇腹への肘打ち。

これもまた防がれる。

テレポートからの体術、どこにでも現れどこからでも繰り出す。

何度かこの攻防を繰り返すと、巫は攻撃を止める。


鬼の五感を少し舐めてたな。

想像以上に反応する。

まぁ、酒呑童子が普通よりも鋭い五感を持っているのかもしれないがな。

結局テレポートに反応されたのは事実、別の手段を考えるか。


酒呑童子は大剣を握りしめ斬りかかる。


まぁ、お試しだ。


大剣を作成し、振り下ろされる大剣にぶつける。

大きな音を立てる二つの大剣は、その大きさに似合わぬ速度でぶつかり合う。

数度の攻防の後、巫が吹き飛ばされた。


速度も力も徐々に上がってきてる。

なら、俺も今よりも強く……身体強化。


二人はまたもぶつかる。

先程よりも、速く、強く。

そして二人の速度はさらに上がり続け、衝撃は辺りを破壊する。


どうなってる、あの男には、底が無いのか?


巫はまたも吹き飛ばされる。

空中を舞いながら、姿勢を整える。


これでは駄目か、なら、一手で決める。


身体に電気を纏い、宙を蹴る。

今までとは段違いの速度で、酒呑童子に飛来する。

手刀を以て心臓を抉ろうとしていた。

だが、一瞬にも満たない時間の中で、酒呑童子と目が合った。

握られた拳は、巫の顔面目掛けて向かってくる。

高速で飛来する巫が、相手の拳が向かってきていると思えるほどの速度で。

咄嗟の判断で身体を捻り、地面に勢いよく激突する。

地面を抉り、土砂を降らせ、地面を跳ねるように転がっていく。

身体から血を流しながら、深呼吸をして落ち着かせる。


一応能力の目星は立った。

後は確かめるだけだが、合っていたら勝てなくなる。

だが、確かめないわけにはいかない。

それに、この力には負けてほしくない。


巫の身体はふわりと宙に浮かび上がる。

酒呑童子を見下ろすその瞳は、姿を変える。

左の眼には太陽が、右の眼には月が。


「「我は天井を支配する神……」」

「天照」「月読」

「「今此処に神の意思を示そう」」


透き通った重なる声が、当たりに響く。

左手を天に、右手を地に向ける。


「「神罰……執行」」


ゆっくりと左手を下ろしていくと、天を割り太陽が落ちる。

ゆっくりと右手を上げていくと、地を割り海が昇る。

それは丸く、まるで星のようだった。

落ちる太陽と、昇る海は、ぶつかり巨大な爆発を引き起こす。

その様子を見上げる酒呑童子は、大剣を投げ、大きく息を吸い込み、吐き出す。

そして、胸を押さえ、過去を追想し、覚悟を決める。


「我、神に討たれし大蛇なり」

「我、神に滅ぼされし種族なり」

「我、神に仇なす大妖なり」

「我が名は酒呑童子、理不尽に抗う者である」

「今此処に……神の権能を打ち破ろう」


酒呑童子の体が炎に包まれる。

紅い紅い炎、熱によるものではない紅き炎。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


声を上げ、力を溜める。


「我が抵抗よ、星を穿て‼」


酒呑童子が突き出した拳は、落ちる太陽を、昇る海を、穿ちそして砕いた。

爆発は無く、酒呑童子の放つ炎が天を昇った。

身を包む炎が消えると、地面に刺さる大剣に寄りかかる。

肩で息をしながら、快晴の空を見上げる。


クソッ、これだからこんな力使いたくないんだ。

視界はぼやけるし、身体中が痛い。

だが、酒呑童子は神の権能に勝って見せた、嫌いな奴が負けるのは気分が良い。

勝てないという事実が判明したのは最悪だがな。

見様見真似でやってはみるか。


落下して倒れていた巫は、ゆらりと力無いままに立ち上がると、酒呑童子に向かって拳を突き出し構えをとる。


劣化版ではあるが、これくらいのことでしか戦えない。


その拳から衝撃が放たれる。

酒呑童子は防ごうとするも、防ぐことなど出来ずその衝撃をもろに喰らう。

痛みと共に吹き飛ばされ、咳き込む。


やはりこれなら効くようだな。

まぁ、劣化版では全くと言っていい程足りていないようだがな。

残念だが、ここから先は時間稼ぎだ。


地面を蹴り、距離を詰めてきた酒呑童子。

攻撃が届く直前に、巫はこの場から消えた。

先の場所から遠く離れた大地に巫は現れる。

遅れて酒呑童子も現れ、巫に攻撃しようとする。

それをまた別の場所にテレポートして避ける。

何キロも離れた場所を飛び回り、酒呑童子から逃げ続ける。

だが、酒呑童子の攻撃はさらに速く、強くなる。

その攻撃が巫の身体を掠め始め、そして遂には当たってしまう。

血を吐きながら膝を付く巫は、敗北を感じた。


時間稼ぎもここまでか。

異能も魔術も聞かない相手に、持った方だな。

ただ、出来ることなら勝ちたかった。

俺は、また負けるのか。

嫌だな、負けたくないな。

勝てないのは仕方ないけど、それでも諦めたくないな。


その時脳裏に浮かんだ作戦は、あまりにも最悪なものだった。


なぁアインス……お前はそのために、俺に見せたのか?

なぁアインス……この作戦、本当にお前は俺にしていいと言うのか。

なら、俺はやるよ……勝利の為なら、構わないさ。


殴り掛かってくる酒呑童子の拳に、巫は触れた。

その瞬間二人はその場から消える。

現れた場所は、空、二人は落下していた。

そして、何処からか聞こえてくる轟音。

音の正体に気付いた酒呑童子は息を呑んだ。

自由落下する二人に向かってくる、大型旅客機。


「お前、まさか⁉」


巫の狙いに気付き声を出した。


「負けるわけにはいかない。勝利出来ると言うのなら、この命すら惜しくわない」


そう言っている巫は、涙を流していた。

死への恐怖ではなく、友との別れに、涙していた。


覚悟……出来て無いじゃないか。

あぁ、してやられたさ。

この状況、共に死ぬほか道はない。

だが、そんな顔している奴を、死なせる訳にはいかない。


巫の腕を掴み引っ張る。

大型旅客機と激突する際、巫を上に投げ当たらないようにする。

自身は正面から激突して、全身ボロボロになるが、意地と気合で持ちこたえる。

そして巫を抱きかかえるようにして落ちていく。

地面との激突の衝撃を、自身の身体で出来るだけ緩和する。

地面には巨大なクレーターが出来たものの、巫はほぼ無傷で地上に降りた。

酒呑童子は全身の骨が砕け、血だらけになっていたが、巫の無事な姿を見ると満足そうに笑った。


「なんで、なんで俺を助けた。なんでそんなボロボロになってまで俺を助けた。俺は、敵なんだぞ。殺し合うはずだろう」


自分を助けて死にかけている酒呑童子の姿に叫んだ。


「涙流してる奴を見たら、助けてやりたくなるだろ。俺だって、あそこに出されたときは、共に死ぬつもりだった。だがな、死ぬ覚悟の出来て無い奴、いや違うな。お前は死ぬ覚悟はできていた。だが、友との別れに涙した。そんなお前を、俺は助けたくなった。それだけだ」


血だらけで仰向けで倒れている酒呑童子は、目を瞑り笑っていた。


「そんなこと、されたら。命を救われたら、もう……戦えなくなる」


涙を流しながら、一度負けた相手に助けられ、勝つことも戦うことすら出来ないと嘆く。


「…………それが、狙いだったのかもな」


一度だけ見た記憶を頼りに、ただ何となく酒呑童子は感じた。


「俺も、救った命を摘み取ろうなんて思えない」


だったらと酒呑童子は言う。


「俺とお前は、もう殺し合えない。それが狙いだったんだろう。アインスという男の」


酒呑童子の言葉に、巫は目を見開いた。


「あ……そう、か。そうだったのか。そう、だよな。だってアインスは、誰にも死んで欲しくなんて無かったんだから。殺し合いを止める。それがアインスの狙い。だけど争ってきた相手である以上、過去の清算が必要だった、そのための戦いなんだね、これは」


今の今まであまり実感が沸いていなかった、自分が最も大好きなアインスの帰還に、安堵し涙を流す。


「良かった、良かったよ」


ひとしきり泣くと、涙を拭い立ち上がる。

酒呑童子の傷を癒し、手を差し伸べる。

その手を取って立ち上がると、顔を見合わせ笑い合った。

二人は東京の街にへとテレポートする。

そこで見たものは、街を覆う黒き絶望。


「なぁ、手伝ってくれないか?」

「あの黒いのを打ち消すんだろう?協力しなきゃ出来そうにない」


眼を合わせると絶望の中に足を踏み入れた。

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