重力と妖狐

「これまた随分と派手に暴れたのう」


白い炎が燃える街に幼女の姿をする妖狐が降りたつ。


「確かにわかりやすいな。人の姿をしていて、狐の耳と尾を持つのは、少数派だろうからな」


真黒の服にパーカを深くかぶり、顔をのぞかせる男が現れる。


「うぬが、あての相手をしてくれるのか?簡単には壊れてくれるなよ」

「俺がお前の相手だ。まぁ、勝てないだろうけど、死なないように祈っておけ」


クロイの言葉に、翁狐おうきつは笑った。

翁狐は地を蹴る。

地面を割り、背後に爆発とも思えるほどの瓦礫を吹き飛ばしクロイに迫る。

迫る拳をに、クロイはそっと触れる。

ただそれだけのことで、翁狐は引っ張られるように後方に吹き飛んだ。


「その程度じゃ、俺には届かない」


一キロほどの距離を吹き飛ばされ、ビルにぶつかった。

崩れるビルの中で、長い耳がピクリと動く。

その身体に傷などない。

だが、その表情は実に野性的であった。

怒りともとれるような笑顔。

そして先ほどよりもさらに強く地面を蹴った。

速度を上げただけで変わらず真正面から直線で突っ込んでくる。

翁狐の視界の端に何かが映った。

それは高層ビルだった。

高層ビルが根元から折られ、高速で翁狐に向かってきていた。

無視をして走り続けるも。真横から直撃した。

ビルは速度を落とさずそのまま進み続けた。

砂煙が舞う中に人影が見える。

翁狐はビルとぶつかった地点から一切動いていなかった。

翁狐の眼が砂煙の隙間からクロイを睨んでいる。


無傷かな。

それじゃあ、もう一度試そうか。


もう一度走り出そうとする翁狐に向かって、もう一度高層ビルが突っ込んでくる。

そのビルに何かを感じて翁狐はビルを破壊した。

攻撃に使用した左腕を驚愕の表情で見つめる。


粉々にされた上、傷もつけられなかったが、痛みは感じてるようだな。

ならまぁ、問題はないだろう。


地を蹴ろうとした翁狐は、眼前に迫るクロイの姿を捉えた。

咄嗟にクロイの拳を防ぐも、防いだ腕からピキッという音を出して吹き飛ばされた。


多少痛いが……体に異常はない。

このまま攻める。


クロイは地面を蹴ることなく、ただ引き寄せられるように、異常な速度で移動する。

顔を上げると迫りくるクロイが見える。

回し蹴りをするも、クロイが足に触れたと同時に、弾かれるように回転しながら吹き飛ぶ。

もう一度と拳を握り近付く。

そして触れられれば今度は体が地面に引き寄せられる。

立つことすらままならないほどの力、歯を食いしばり立ち続けると、クロイの踵落としが背中に叩き込まれた。

血を吐きながら地面に叩きつけられる。

だがすぐにその場から離れて体勢を立て直す。

息を切らし睨みつける翁狐に、クロイは笑った。


「丈夫だな」


呼吸を整え、力強く地面を蹴る。

握りしめた拳で殴り掛かる。

その行動を反芻するように、クロイも拳を握り翁狐に向かって殴り掛かった。

二人の拳がぶつかり辺りに衝撃を放つ。

そして、一方的に翁狐の身体が吹き飛んだ。

右腕の骨は砕け、動かない腕を押さえながら、クロイを睨む。

地を蹴り回し蹴りを繰り出す。

その蹴りをクロイは手で止める。

それだけではなく、触れた足の骨を粉々に粉砕した。

痛みに呻き声をあげるも、何とか片方の足で着地した翁狐の腹に、蹴りを入れた。

片方の足では踏ん張ることもできず、吹き飛びんだ後地面を転がる。

血を吐きながら、残った腕と足で立ち上がる。


まだ立つか。

だがその足では避けれない。

その腕では防げない。

これで、終わりだ。


今までで最も速い速度で移動するクロイは、翁狐の胸に蹴りを叩きこむ。

心臓を、骨ごと破壊するために。

それを、無駄だとわかっていながら防ごうとして、体勢を崩し膝をつく。

もう駄目だと思われたその時、クロイと翁狐の間に割って入った者がいた。

クロイの蹴りを正面から受け止め、呻き声をあげながらも、ほんの少しすら後ろに下がらない。

さらに威力を増していくクロイの蹴りに、骨を軋ませながら耐える、額に角を生やした男。

バキッと、大きな音を立てて男の腕が折れる。

だがなお男はクロイをはじき返した。


「な……なぜ、うぬがあてを助ける」


翁狐の前に立つ男は、酒呑童子であった。

翁狐のことを殺したいほど憎んでいるはずの、酒呑童子であった。


「うぬは、あてを憎んでいるのでは、恨んでいるのだろう?なら、何故あてを助ける」


泣きそうな声の翁狐にそっぽを向いて酒呑童子は答える。


「仲間だからだ。俺は仲間の為なら命だって惜しくわない。お前が仲間だというのなら、俺は、お前を助けるために命だって賭ける」


助けたくないと言いたげな表情ではあったが、血だらけの腕がその言葉が嘘ではないことを証明していた。


「だが、あてはうぬたちを……」

「どうでもいい……とは言えない。許してやることも、俺はできない。だけど、俺はお前を助ける。それが仲間だ。たとえ自分から全てを奪った相手であっても、仲間だというのなら、背中を預けて戦う。そういうものだ」


翁狐は、涙を拭い立ち上がる。

傷を癒し、前を向く。

強者との戦いも、血の滾るような殺し合いも、今は要らない。

ただ、仲間との勝利だけを求めて。


「いい顔をする。それで二人で戦うのか?卑怯とは言わない。今まで圧倒的だったんだ、卑怯だなんて言えないさ」

「それなら、行かせてもらう」


地面に刺していた身の丈以上の大剣をを手に、走り出す。

間合いにまで近づき、大剣を振り下ろそうとしたとき、クロイは何かに気付き、少しだけつまらなそうな表情をした。

空から飛来したなにかによって、大剣の軌道は逸れ、クロイの近くの地面を砕いた。


「酒呑童子、お前の相手は……俺だ」


地面に刺さる大剣の上に立ち、酒呑童子を睨み付ける。

戦闘に参加しないものを全て避難させて遂に戦いの舞台にかんなぎきくのが現れる。

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