57話

最上階の扉を叩く。


「入っていいよ」


扉を開けて中へ入る。

部屋の奥に置かれた椅子に座って机に肘をつく白髪の少年がいた。


「おかえり、アインス。死後の世界で、何か収穫はあったかい?」

「収穫ならある。シナー、俺はもう、この戦いの最後が見えたぞ」


アインスの言葉に、シナーは驚き立ち上がる。


「そうか。それで、勝つのは誰?」

「ただで情報を教えるわけないだろう」

「……何の情報が欲しい」


溜息を吐き、椅子に座り直す。


「この戦いを、仕組んだ奴がいるはずだ。そいつの情報と交換だ」


アインスの求めた情報に、シナーの表情が固まった。


「…………残念ながら、その情報は渡せない」


息を整え、シナーは微笑んだ。


「そうか、ならいい。とにかく、遅れたけど、ただいま」


アインスもまた、再会の言葉を口にした。


「あぁあと、俺のこと人間らしくしようとしてたのは知ってたけど、悪い、俺今の自分のこと、気に入ってるんだわ」


アインスは満面の笑みを浮かべた。


「敗北を重ねて、成長を続ける。そしてその果てに、勝利を手にする。勝てない相手だろうと、今はまだ勝てないだけと決めつけ、勝利するその日まで、敗北を重ね続ける。それが人間だというのなら、俺は人間じゃなくていい。だって俺、たった一度の敗北すら、許容できないから」

「……それが、君の辿り着いた答えなんだね?」

「あぁ。それにさ、俺の妻は機械だぞ。なら、お似合いだろ?」


そうか、アインスは会えたのか。

ずっと会いたがっていた、最愛の機械ひとに。


「さて、俺からの報告は終わりなわけだが……盗み聞きを止めて出てきたらどうだ」


アインスは、扉の方を睨んだ。


「おじさん、気配を隠すのには自信があったんだがなぁ。いかんせん行動を読まれちゃ、気配を隠しても意味がないかぁ」


へらへら笑いながら、男が部屋に入ってきた。


「にしても、急に呼ぶなんてどうしたんです?師匠」


見ているだけで気の抜けそうな男は、今この時だけは、ほんの少しビシッとしていた。


「あ~あ、おじさんて言うようになっちゃったのか」

「いやぁ、だって可愛い弟子が、おじさんって呼ぶんですからもう、しょうがない」


……今のは、誘導したな。


「あーそう、その君の弟子のことで呼んだんだよ」


やっぱり誘導。

この男が部屋に入った時点でこうなる可能性はあった。

遅かれ早かれ知られるのなら、俺とシナーがそろってる今の方が良い。


「ん、あいつがどうしたんです?何かやらかしました?」

「いや、ついさっき死んだ。それを伝えておこうと思ってな」


その言葉と同時、室内が濃密な殺気で満たされる。

意識が飛びそうになるほどの濃密な殺気。


あぁ、そうなるだろうさ。

普段どころか殺す時も殺気を出さない男が、殺気を溢れさせるとはな。

感情とは難解なものだな。


「アインス、映像データ持ってるでしょ?渡してくれ」


そりゃそうだろうな、読まれるに決まってる。


ため息を吐いて、アインスはポケットから取り出したUSBメモリーを渡す。


「お前さん、あの子が死んだこと、知っていやがったな?あの子が俺の弟子であることを、知ったうえで隠していたな?」


男の殺気がアインスへと向く。


こうなることも分かってた。


アインスが頭を下げる。

先程までアインスの首があった場所を、ナイフが通り過ぎた。


ノーモーションのナイフ投げか、覚えた。

今後敵に回られたときの為に、今ここで、戦い方を見せてもらおうか。

さて、どんな風に俺を―――――⁉


顔に向かって正面から蹴りが飛んできた。

不意を突かれはしたが、アインスはこれを防ぎ後方へ飛び退く。


どういうことだ、暗殺者だろう。

それも、近くにいても警戒できない自然な暗殺が売りのはずだろう。

どうしてここで体術が出る。

まぁ、こういったこともできると事前に知れたことは大きいが、出来ることならシナーの持つ殺しの技術の方が見たかったかな。

取り敢えずはまぁ、予備動作から攻撃を予測して対処する。


回し蹴りを避け、流れるように繰り出される二発目の蹴りも避ける。

避けやすいように避けるのではなく、二発目、三発目を予測して、それを避けやすくするために避ける。

壁際まで追い詰められれば、狙いたくなるような隙をさらして、そこを攻撃した瞬間に背後まで回り込む。

そしてまた避けることを繰り返す。


この程度か。

あまりに読みやすい。

怒りに身を任せると、人はこうなってしまうものなのか。

ただまぁ、この男が最強の暗殺者であることは事実であり、飄々としてつかみどころのない男。

怒りに飲まれた振りをして、油断したところを叩いてくるということも考えられる。

だがその場合は、そもそも俺を攻撃するということに繋がらない。

余裕がなくなるほど怒っているというのが正しいのだろう。


「止め」


シナーの声に、男の動きが止まった。


「冷静になれたかい?」

「多少はな。悪かったな、付き合わせて」


あぁ、そういうことか。

怒りの矛先を俺に向けて、戦うことで怒りを発散させたのか。

だが、よければ避けるほど怒りは増すんじゃ………。

最初の一撃で怒りは収まっていて、残りは俺の実力を測ったのか。

残念、まだ感情は読めないな。


「構わない。俺はあんたが勝手に復讐しようとしない限りは、多少俺が無茶をすることになっても問題はない」

「……あんま無茶すんなよ。で、おじさんはいつになったら、そいつを殺せんだ?」

「残念ながら、殺せない。そうだろうシナー?」



映像を流す用意をしていたシナーに問いかける。


「詳細な情報は渡せないけど、これくらいなら問題ないだろう。殺し屋狢を殺したのは、イザヤという剣士だ。イザヤは強いから、君では勝てない」


後ろのモニターに映し出されたイザヤの姿を見て、男は再び怒りを募らせる。



「イザヤが強すぎて勝てないというなら、アルバをぶつけるのはどうだ?」

「うーん……アルバじゃ無理。だけど、」

「だが、中に入ってる奴なら……」

「残念、イザヤは倒せないかな。もしかすると、油断したフレイなら倒せるかもしれないけど」


フレイの倒れるさまを脳裏に浮かべ、シナーは不敵な笑みを浮かべた。


「フレイってのは、お前に矢を放った奴で間違いないな?」

「あぁ。彼がフレイだ」


あの出鱈目を倒せる可能性があるなら、アルバをここで切るのも選択肢に入ってくる。

だが、油断しているフレイを相手に可能性が少しばかりある程度では……相打ちならまだしも、返り討ちにあってしまっては…………相打ちもダメだ。

アルバがここで退場するようなことになれば、勝利は不可能。

ならフレイはいったん放置?

していて問題は……ないな。

フレイが自由に動ける状況は、妖組も困るわけだ。

なら、イザヤを使って互いの最大の駒を潰し合う。

そうなると残りの戦力をギルドに傾ける。

休戦していないにもかかわらず二つの陣営がギルドを倒すために協力する。

…………………………………………。

…………………………………………。

…………………………………………。


「問題ない」


数分の熟考の末、たどり着いた結論を口にした。


「アルバは使わない。シナーに負わされた傷が治ったフレイの相手は、イザヤにさせる」

「可能なのかい?」

「フレイに動かれて困るのはギルドも妖組も変わらないフレイの対策は必須だ。フレイの持つ力が何なのかがわかれば、行動が読めるんだがな」


シナーを睨んだ。

ニコニコと笑うシナーを見て、話を続ける。


「ギルドにいる不死身の男は、フレイとイザヤよりも、強いんだろ?」


いつも顔に笑顔を張り付けている男。

心臓を抉られようとも平然としている男。


「……あぁ、二人がかりで勝てない程度にはね」

「なら問題ない。フレイとイザヤが倒せない敵がギルドにはいて、フレイとイザヤでは、他の敵に対して過剰火力になる。ならば狙う相手は同格の者、互いにつぶし合う他にない。まぁ片方が狙った瞬間に、戦闘が始まってどっちかが倒れることになる。理想を言えば相打ちだがな」


少しだけ笑ったアインスが笑みを消す。


「ギルドが対峙するのは、騎士団と妖組。最大戦力抜きの二勢力だ」


アインスの言葉に、戦場が見える。

街中で行われる乱戦。


「勝てるのか?この戦いに」

「当たり前だ。俺の読みは外れない」


アインスの表情に、陰りはなかった。


「わかった。作戦指揮は君に任せる。それで、日本のビルは取り返せたかい?」

「あぁ、移動は巫にやらせる。ソルトは少し休ませてやれ」


アインスはすべて話し終え部屋を後にした。


「随分面白い奴ですねぇ師匠。おじさんたちには見えないものを、今じゃなくて未来の戦況を見てる。ボスとしては、敗けられないんじゃないですか?」

「まぁね。ただ、最終局面を見るには情報が足りない。日本に行ってから聞き出すつもりだから、ギルドが大きく行動を開始するのはその後になる。ボスとして、彼に後れを取らないようにしなくてはだ」


ギルドは日本へと移動を開始する。

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