第13話 まだ準備が出来ていない

 気配もなく現れた羅刹らせつひめは、叫ぶと同時に、掌から糸の束を放出した。

 それはしずくの首を捕らえた。


 糸を握る手に力を込めながら、憎悪に満ちた目で雫を睨みつけた。

ゆうりんの魂が永遠に成仏できないなんて! この先もずっと独りぼっちで封印を護り続けるなんて、そうはさせない!」


「アンタが羅刹姫か」

 紫凰しおから話は聞いていたが、雫は初めて対峙した羅刹姫に冷ややかな視線を向けながら、糸に手をかけた。

 強靭なはずの糸が、煙のように消えた。


「何?!」

 驚きながら身構える羅刹姫。


「お前に敵う相手ではないんだよ、雫は邪悪なモノの元になった黎子くろこに匹敵する霊力を持っていた明子の生まれ変わりなんだからね」

 紫凰がなぜか自慢げに言いながら、蔑んだ目を向けた。

「せっかく来たけど、無駄だよ、お前一人で何が出来るんだよ」

「出来るさ、あたしは悠輪の魂を解放する為に1200年も妖力を蓄えてきたんだ!」

 

「話は聞いてたんだろ、そうはならない展開になるみたいなんだよ」

 そう言う紫凰にが割り込んで食いついた。

「紫凰は知ってたんか? 雫がそんな事をしに来るって」

「来るのはわかってたけど、何をしようとしてたのかは知らなかったんだよ」

「当たり前や、言うたら止めようとするやろ、那由他も紫凰も」


「せっかく百まで生きてるんだから、死に急ぐこともないと思うんだけどな」

「死に急ぐなら、そうしてやるさ! ババアが命を賭して封印を護ると言うなら、あたしは命に代えても封印を破る!」

 羅刹姫がおぼろばちの卵を手にしているのに気付いて、紫凰は顔色を変えた。


 朧蜂の巣から大百足おおむかで百合ゆりが持ち去った一個の卵、妖力を増大させる卵がどうして羅刹姫の手に渡ったかは知らないが、厄介な奴が入手したものだ。取り戻さなければ! と慌てたが遅かった。


 羅刹姫は朧蜂の卵をひと吞みにした。


 羅刹姫の体が眩い光を放った。

 力がみなぎった顔は自信に満ち溢れ、口元に不敵な笑みが浮かんだ。

 妖力の増加を確かめるように両掌を見下ろした、次の瞬間。


 煌めくモノが発射された。

それは先程と同じ糸の束だったが、桁違いの高速だったので、紫凰も那由他も一瞬、回避が遅れた。当然、雫も……。


 矢のような糸の束は雫の腹部を貫いた。


「うっ!」

 血吹雪をまといながら背中から飛び出した糸の矢は、勢いそのままに大銀杏に直撃した。

 堅い樹皮はそれを通さず弾いたが、衝撃で枝葉が大きく揺れた。


 雫の体は串刺し状態のまま、飛ばされそうになったが、紫凰が鋭い爪を伸ばして糸を切断した。

「雫!」

 落ちて来る雫を那由他が受け止めた。

 その手にはヌルっとした感触、地面に滴る鮮血を見て、那由他は唇を噛んだ。

 苦痛に歪んだ顔、目は固く閉じられているがまだ息はある、しかし、もう救えないと直感した。


 二人が雫に気を取られた隙に、羅刹姫は再び糸の束を発射した。

 今度は両手から大量に放たれた糸の束は、大銀杏の幹に巻き付いた。


「させないよ!」

 紫凰の瞳が縦に伸び赤紫に輝いた。鋭い爪を鞭のように伸ばして羅刹姫に襲いかかったが、脇腹から出た脚に弾かれた。

「何?」


 羅刹姫の体が変化へんげしはじめていた。

 新に四本の脚が生え、両手両足も細かい毛に覆われた蜘蛛の脚に変わった。それに伴い体も大きな蜘蛛と化した。目も八つに増えてもはや人間の顔ではない。グロテスクな化け物を前に、紫凰は嫌悪感に顔を歪めた。


 蜘蛛と化した羅刹姫の胴体から糸がどんどん発射されて太くなっていく。

 捕らえられた大銀杏が震えていた。


「これが朧蜂の卵の力なんか?!」

 那由他も変化した摩百合のおぞましさに戦慄した。

「いや、執念なんだよ、自ら羅刹となり、醜い人間の魂を選んで食らい続けてきたんだろうね、その上、雑魚妖怪もずいぶん食らったみたいだし、食いすぎ、肥満なんだよ」

 紫凰が不快極まりなさそうに言った。


 羅刹姫は1200年、不屈の精神でこの機会を待ち続けたのだろう。そしてやっとこの瞬間を迎える。

 同じく1200年、霊力を蓄えてきた霊木大銀杏を脅かしている。


「ボーッと見てんと、なんとかしいなぁ、大妖怪やろ」

「下手に手を出したら、大銀杏も木っ端微塵になりかねないんだよ」

「じゃあ、どうしたら……」


 地鳴りと共に、大銀杏の根元から亀裂が走った。

 足元に迫る亀裂を避け、二人とも飛び上がって、周囲の銀杏の枝に避難したが、そこも影響を受けて揺れている。

 那由他は亀裂が広がっていくのを見下ろしながら額に汗した。


 森全体が大きく振動した。

「封印が、破れる!」

「これは、きっと外も揺れてるんだよ」


「想定外や、早すぎる!」

 五人の顔が次々、那由他の脳裏に浮かんだ。

 みんな、まだ準備が出来ていない。


 でも……。

 召喚するしかない!


   第13章 召喚 おしまい

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