第302話 神は人の命を喰らう!

 その言葉が何をすのか、しばらくはわからなかった。俺がそれを理解するまで、フォリアはじっと待った。


「……な、何を言ってるんだ?」


『……わかっているはずだ。は私に捧げられた身。私の生贄は私の力になる。つまり——』


「ダメだ!」


 フォリアは口をつぐんだ。


「だってそれって、つまりカリンの命を使うって事だろ?」


『……』


「そんなの絶対ダメだって!」


 そんな事は出来るわけがない。

 いや、許せるわけがない。


 フォリアがゆっくりと顔を上げる。


『それしか方法が無いとしてもか?』


「……」


『今、私はかろうじてこの娘に宿っている。これ以上ここにいれば、一度この世から姿を消してしまうだろう』


 一度完全に消えると、復活するまでフォリアの聖なる結界や清めの力はこの世から消えるのだと、女神は辛そうに続けた。


 そうなれば銀に宿る力も消え、魔物の跋扈ばっこする世界となる。


「ちょっと待て。今、ここで決めなくても」


 少しの間、あの例の空間に戻って休んでくるとかってのはどうだろう?


『——今の私は炎の最後のまたたきに過ぎぬ。あちらに行くにしろ、ここに止まるにしろ力を使うのだから、消えるのだ』


 すまない、とフォリアは声を絞り出した。


 俺は愕然がくぜんとしながら、力なく寄り掛かって来るフォリアを腕に抱いた。同時にカリンの事を想いながら——。


 今、腕の中に居るのは俺にとって大事なだ。




 もうすぐ消え行くフォリアを救えば、カリンを失う。


 生贄のカリンを救えば、フォリアは消え、彼女の復活まで魔物が人々を襲う。




 一瞬のうちに二人との思い出が過ぎる。初めて会った時のこと、俺のために泣いてくれたこと、俺に厳しく接してくれたこと、励ましてくれたこと、頼ってくれたこと——。


 約束したこと。


 彼女の事が大好きだってこと。






「……前にフォリアは言ってたな。女神になる時、目覚めたら昔の仲間はすでに亡くなっていたって」


 フォリアはうなずく。


「って事は、十数年とかそれ以上目覚めなくなるんだ?」


 もう一度、彼女は首を縦に振る。


「そんな長い間、人々をグロスデンゲイルの脅威きょういさらすわけにはいかない」


『うむ……』


「……フォリア」


『なんだ?』


「俺、お前の前で誓ったよな?」


『何を?』


「カリンを死なせないって」





 フォリアは俺の腕の中で身動みじろぎをした。そのかすかな動きも、気持ちも、何もかも伝わって来る。


『ヒロキ、お前はこの者も私もどちらも選べぬと言うのか?』


「……」


『それとも、誓いの通りこの者を生かすか?』


「……」


『答えてくれ、ヒロキ。答えねば、たとえ其方そなたに嫌われようとも生命いのちかてとする』


「……もう一つあるんだよ」


『なに?』


「もう一つ、たくさん魔力をたくわえている物があるじゃないか」


 俺はフォリアの細い肩を抱きながら、目の前にある自分おれの部屋を見つめていた。




 つづく

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