第293話 戦場にかかる結界!


「!」


 俺も驚いたが、ジークさんも驚いて目を見開いている。ユリウスも腕の中のジークさんを見ていた。


 共に駆けてきたヴァイスベルが、栗毛の騎馬と一緒に巨大鹿を抑えようとして前脚を高く上げる。鹿は少し後ずさった。


「……馬鹿者、持ち場へ戻れ」


 抱きめられたジークさんが一言呟いて、振り払うようにユリウスから離れた。払い退けられたユリウスは、一瞬持て余した手をどうするか迷ったが、すぐに長剣を抜いた。



 ……。


 ……これは、あれか?


 もしかして、ジークさんって……。

 あああ、なんでこんな時にそんな事に気付くんだ、俺は。


 ユリウスに厳しいとか、冷たいとかって、あれか?好きけみたいな、えーと、好きな子に意地悪するみたいな。


 いや、そんな事考えてる場合じゃない。


 カシラがこちらを見ている!俺達が何かしようとしている事に気づき、仰反のけぞるようにして、咆哮した。


『ぐおおおお!何をするつもりだ!馬鹿にしやがって!行け!行けェ!』


 四方八方に身軽な黒狼達が走り出した。


 まずい!


 一人でいるところを襲われたら——!


 俺はカール達の方を見た。



 カール、エレミア、コリンが振りかぶって大地にスプーンを突き刺すのが辛うじて見えた。彼らにも黒狼は迫って行く。


 俺も離れた場所のボロに合図する。


 二人して大地にスプーンを突き刺す。


 後はユリウスとジークさん……。


 俺は自分が大地に刺した『銀の匙』を確かめると、二人に向かって走り出した。






「ユリウス、持ち場へ戻れ!『銀の匙』を大地に刺さねば……」


 ジークさんの叫びに、ユリウスは剣を巨大鹿に向けたまま答える。


「すでに刺してきました」


「何っ?」


「フォリア様がおっしゃっておりました。少しのズレは構わぬ、と」


 応援に駆けつけた俺に、男前な笑みを見せつつユリウスはジークさんをうながしていた。


「ジーク様もお早く」


「うるさい、わかっているッ!」


 そういうと彼女も『銀の匙』をとりどし、振りかぶって大地にそれを突き刺した。


 さあ、君ならわかるだろう。

 準備は整ったぞ、フォリア。




 黒狼が走る。

 俺達に向かって。


 そこへ女神フォリアの声が響く。


『これが見えるか?魔の者よ!もはやお前をのがしはせぬぞ!』


 その手には光り輝く『銀の匙』。きっとフォリアの力が注ぎ込まれ、輝きを増しているのだろう。それは夜の闇に輝く希望の光だ。


 フォリアの掲げるスプーンはその光を伸ばし、エレミアの刺したスプーンへと伸びる。反対側のボロの方へも光は繋がり、そしてその隣へ、隣へと伸びていく。


『な、なんだ?何をするつもりだ⁈』


 カシラが声を上げたが、伸び続ける光はすべての『銀の匙』を繋いだ。


 戦場に大きな八角形が描かれる。


『今宵、ここが其方そなた死場所しにばしょとなる!』


 フォリアが高らかに宣言し、その手に持つスプーンを大地へと突き刺した。




 大地が震え、空気がわななく。

 気圧変化の音みたいに耳の中に重低音が響いた。


 と、少し遅れて身体に感じる衝撃波が俺達を後ろへ転がした。同時に向かって来ていた黒狼も反対側へ弾かれる。


「うわー、びっくりした」


「無事か?ヒロキ、ユリウス」


「はい」


「見よ!これがフォリア様の結界か……」


 尊敬する女神様の御技みわざに、ジークさんは感激しきりだ。


 確かにそれは巨大な結界であった。銀と青と薄い紫色がオーロラのように変化しながら戦場を包んでいる。


 バチッ!


 はじけるような異音にそちらを見ると、巨大鹿が結界に衝突した音だった。


 ヴァイスベルとは結界の外に出ていた。それを追って、結界にぶつかったらしい。


「すごい!奴らを閉じ込めたぞ!」


「ふふふ。ここからが反撃だな」


 ジークさんが低く笑う。


 そうだ反撃だ。

 そして今度こそ黒い霧を倒すのだ。




 つづく

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