第291話 全員配置につけ…るかな!

 やりやがったな、フォリア。


 そう思いながらも、俺はおかしくて口元がゆるむ。目立たぬよう、笑いをこらえて歩き出す。


 西側に行くカール達に手を振って合図する。向こうもこちらに手をあげて応えてくれた。


 出来るだけ敵に悟られずに、さらに出来るだけ同時に大地に『銀の匙』を突き刺すために、俺とボロとジークさんは闇に紛れてゆっくりと進む。


 ジークさんの騎馬は栗毛だから目立たない。目立つとすれば彼女の銀髪が時折、きらめいて見える事だろうか。


 俺達が息をひそめて進むのに反して、丘のふもとではフォリアが盛大に声を張り上げている。


『だいたいお前は二百年前から、ネチネチして、ねじ曲がっていて——』


 罵詈雑言ばりぞうごん——ではないけれど、可愛い悪口とでも言おうか。それを聞いているジークさんの表情は『無』だ。


 きっと聞いてないフリなんだろう。


『この変質者!』


 フォリアの口から出る言葉に、グロスデンゲイルは上手く食いついていた。こちらへはまだ気がついていないようだ。


『ダァーッ!このクソ女神!』


 怒ってる怒ってる。


 草陰を進んで、ようやくボロの担当の場所に着く。


「ボロ、合図があるまでここで待機だ。何かあったら、スプーンを刺して逃げろよ」


「へいっ!わかりやした」


 ここから先はタイミングを見計みはからって進む。西側と連携して配置につきたい所だ。


 さいわい、村の篝火かがりびでエレミアが配置についたのが確認できた。その少し先に白馬・ヴァイスベルがチラチラと見え隠れする。その側にユリウスとカール、コリンがいるんだろう。




 茂みを選んで進んで行くと、ジークさんが俺をつついて合図をした。西側を見ろと言う事らしい。


 見ればちょうど真横に黒狼の群れ。その中心にカシラとその周りを固める黒熊や巨大な鹿が目に入った。


 たった二人でこんなとこにいる事に、少しぞくりとする。首筋に冷たいものを感じながら、奴等の向こうを目を凝らして確かめると、白馬が見えた。ユリウスの後ろにカールが乗っている。


「こちらも、思い切って移動しよう」


 ジークさんがそう言った。


 俺もうなずいて、そっと立ち上がる。最初にジークさんが乗馬し、俺の手をつかんで、引き上げてくれる。


「落ちるなよ。しっかり掴まれ」


 そう言われて、少々ためらいながら、後ろからジークさんの腰に手を回す。


 えー……、鎧の感触ですな、これ。


 俺の落胆を知ってか知らずか、ジークさんは軽く馬の脇腹を蹴った。栗毛の騎馬がタッと走り出す。



 その時——。


 グロスデンゲイルの魔獣の中で、一頭だけ首をグルッと回してこちらを見た奴がいた。


 長い首の上に大きく枝分かれした角。


 巨大鹿が俺達に気づいたのだった。




 つづく

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