第285話 なぜ君は駆けて来る!

 黒狼にのしかかられ、俺は慌てる。ナイフを振り回して奴らに傷をつけるが、次から次に黒狼は襲ってきた。


 奴らの鋭い爪が、仰向けに押し倒された俺の服や皮膚を傷つける。


 これは、ヤバイ!


 ひ、久々に死ぬかも⁈


 その方が部屋にワープ出来ていいのか?


 ぐあっ!

 脚を噛まれた。


 いっそ、一回死のうか?


 その時——。





 ——もう、あの様な事はなさらないでください——





 カリンと約束したあの時の言葉が頭をよぎる。


 そうだ。


 死ねばいいかとか、そういうことじゃないんだ。


 脚の痛みをこらえて俺は銀のナイフを突き上げる。真上に乗っかっていた黒狼の腹に刺さり、その黒狼はひと鳴きして跳ね飛ぶ。


 すぐに横一線にナイフを振り回し、右脚に噛み付いていた黒狼をも振り払う。


「痛ってー!」


 あちこち傷だらけになりながら、立ち上がろうとするが、今度は背中を押さえつけられた。


 首をひねって確かめると、俺を地面にうつ伏せに押し付けてくるのは、巨大黒狼だった。


 騎士団は——⁈


 しまった、いつの間にか劣勢に追い込まれている。騎馬がやられていたり、傷を負ったりして、退却の様相をていしている。


 俺を踏みつける力が急に強くなる。耳元にデカい口が寄せられて、生臭い息が吹きかかってきた。


 くそっ!力が入らない!


 その巨大黒狼の口が耳元から離れる。天を仰いで勝ち誇ったような遠吠えをあげた。


 俺は何かないかと顔を上げる。

 ちょうど、丘を正面にとらえる位置だった。


「あ——!」


 カリンが走ってくる。少し後をユリウスとカールが追っている。


 俺の方へ?


「ばかっ!来るなっ!」


 俺の泣きそうな声に反応したのは、巨大黒狼の方だった。見えないけど、赤い口を歪めてニヤリと笑った気がする。


 殺気——とはこれの事だろうか?


 何かを感じたその一瞬後に、俺の背中に熱いものが走った。


「ぎゃッ!!!」


 爪だ。

 背中を斜めに切り裂かれたに違いない。


 痛みに朦朧もうろうとする意識の中で、泣きながら走ってくるカリンの姿がスローモーションで目に映っていた。




つづく

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