第269話 紋章を探せ!

 リール村の結界をつくる紋章のタイル。鹿の攻撃によって外れたそれをさがせと、ユリウスは叫んだのだった。


 俺は立ち上がると、結界に空いた穴の位置から、紋章が埋められていたあたりを推測してそこへ走る。


 村の中からは悲鳴が聞こえて来た。黒い牝鹿めじかが縦横無尽に走り回っているらしい。と、いうことはこの結界はやはり丘のものとは違い、黒い霧に与えるダメージも軽いようだ。


 向こうの結界なら、取り憑かれた者を引き込むとその生き物はダメージを受けていたからだ。


 とにかくこれ以上村の中に侵入を許すわけにはいかない。


 俺は草や土、それに土壁のカケラが散らばる戦場でタイルを探した。


 その隙にも俺を狙って、残りの黒い鹿達が近づこうとして来る。その度にユリウスが長剣をふるい、奴らを下がらせる。


 村の方からも援護がある。鹿を近寄らせないように、誰かが水鉄砲で銀聖水を撃ってくれているのだ。


 今のうちに探さなきゃ!


 そう思ってかがんだ時、土壁の上から大きな音とともに瓦礫がれきが降って来た。中を走り回る牝鹿が足場に体当たりしたらしい。


 足場を組んでいた板や材木がばらけて降って来る。


「——!」


 短い悲鳴が上がる。


 誰かが、瓦礫と一緒に落とされて来たのだ。きっと水鉄砲で援護してくれてた人だろう。


 声の方を見ると、地面に投げ出された形でその人は横たわっていた。


「デ、デルトガさんッ⁈」


 意外にもそこに倒れていたのは村長のデルトガさんだった。側には水鉄砲が落ちている。


 ふらつきながらも体を起こすのを見ると、大丈夫そうだ。でも、なんて無茶を……。


 起き上がろうとするデルトガさんと目が合う。少し笑みを浮かべて、お互いの無事を喜んだ矢先——。





 グルルル……。


 低いうなり声と激しい息づかいが聞こえた。

 はっと顔を上げると、デルトガさんのすぐ向こうに、大きな牡鹿が荒い息を吐きながら頭をもたげた所だった。


 ゆっくりと口を開く化け物。赤い目玉がニタリと笑った気がした。


「逃げ……」


 俺の言葉は最後まで言えず、デルトガさんの絶叫によって途切れた。


 黒い牡鹿はその大きな口でデルトガさんの右腕を喰いちぎったのだ。


「あぁぁ……!」


 痛みに転げ回るデルトガさんを見下ろしながら、牡鹿は不気味な咀嚼音をたてた。


 く、食ってる……⁈


 ごくんと、喉を鳴らすと、牡鹿は次はどこを食べようかというように、デルトガさんに顔を近づける。


 血に濡れた口が再び開く。どこか人間の物に似た馬鹿でかい歯が、彼に迫って来る。


 怖い!

 けど、俺なら喰われても復活出来る……。


 俺はデルトガさんと牡鹿の間に割って入った。奴に背を向ける形になったので、生臭い息が首筋にかかって来た。我慢だ、我慢!すぐに復活出来るんだから!


 ガッ!


 鈍い音がした。


 うう、喰われた……。

 あれ?

 痛くない。


 振り返ると、俺をかばうようにユリウスが鎧に包まれた左腕を黒い牡鹿の口にませていた。


「ユリウス!」





 つづく

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