第268話 侵入されました!

 結界に空いた穴を目掛けて、小柄な黒い牝鹿めじかが跳んで来た。


 土壁の足場に乗っていた俺達は、皆避けようとしてバランスを崩してしまう。


 村の外に落ちる者、後ろにひっくり返る者。あちこちから悲鳴が上がる。


 俺は——村の外に落ちた。


 落ちたと言っても土壁はカリンの身長位の高さだ。半ば自分から降りるように飛んだので、怪我はない。


 すぐに立ち上がるが、目の前に再び迫りくる黒い鹿達を見て動けなくなる。


 右か?左か?


 迷っている俺目掛けて、一頭の角がある鹿が地響きを立てながら走って来る。


「あ、うわっ!」


 ぶつかる寸前、慌てすぎて足元が滑った。ズルッとき出しの土に足を取られたが、その上を鹿が跳んで村へ侵入しようとしていた。


 とっさにホルダーの矢を手に取る。後ろ手に引き抜いて、目の前にある鹿の腹目掛けて突き刺した。光の輪が生まれる——魔力の矢だったみたいだ。


 パァッと広がる光で辺りが浄化される。刺された鹿も身体が小さくなり、正気に戻ってどこかへ駆けていく。


 ほっとしたのも束の間、鹿の体から追い出された黒い霧が目の前で収束し、黒い帯のような物に変わる。


 意思のある触手みたいだ。


 俺を目掛けてにゅるにゅると近づいて来た!


 うわ、気持ち悪い……。

 しかもコレに張り付かれたら?


 俺は立ち上がるのも忘れて、座ったまま後退あとずさりする。じりじりと近づいて来るそれを凝視したまま下がると、不意に背中が何かにぶつかった。


 土壁だ。


 ヤバい!これ以上、下がれない!


 獲物を追い詰めたつもりか、黒い帯は鎌首をもたげる蛇のように伸び上がる。


 そのまま——。


「うわぁ!」


 思わず顔を手で覆った。


 しかし俺に襲いかかって来たそれは、弾けるような大きな音とともに、四方に跳ね飛ばされた。


 俺が弾いたのか?


 いや、俺がポケットに入れていた『シルバー・スプーン』だ!


 フォリアの力を宿した御守りが、取りかれるのを防いでくれたのだ。


 飛び散った黒い帯は、そこらにいた黒い鹿に張り付いた。またまた巨大化していく牡鹿おじか——。


 ガキン!


 白馬から飛び降りたユリウスがそいつに斬りかかる。


 一合だけ剣を交えると、距離を取る。牡鹿と俺の間に立ち塞がり、俺を守る様にしながら、ユリウスは叫んだ。


「紋章のタイルを探せ!」




 つづく

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