第257話 守りに徹する戦いですか!

 黒い霧の塊が村に近づく前に、と思ったのか、ユリウスが駆けてきた。


「見たか?」


「うん、狼と鹿と熊がいた」


「村からも見えた。鳥もいたぞ」


「……鴉か」


「おそらくな。狼と鴉はともかく、熊と鹿は対応を考えていなかったな」


 そうか。

 黒い霧に覆われたまま近づいてきたのは、やはり陣容を知られたくなかったのだろう。俺達に対策を取らせないための隠れ蓑にしたのだ。


「ユリウス、カシラだけを連れ去ることは出来そうか?」


 ユリウスは眉をひそめると、短く「無理だな」と言った。


「狼と鴉を撹乱かくらんして、その隙に——と思っていたが、熊に乗っているのでは話がちがうな。アレがただの乗り物には見えん」


「だよなぁ。黒い鹿もどんな動きをするのか、予想できないもんな」


「朝まで耐えるよう、村の者には伝えたが、よかったか?」


 俺は素直にうなずいた。


「それしかないと思ってた」


 俺の返事を聞きながら、ユリウスはそっと作業台の上を見た。そこには銀の匙の他に、小さな銀のナイフが置いてある。


「使う気は無いのか?」


 彼の目線を追って、何が言いたいのかを察する。おそらくあれを使えば、多くの魔物を倒す事が出来るだろう。


「カリンと約束したんだ。あれを使うのは、誰かの命が危うい時と決めてある」


「……ちまちま作戦しかないか」


『ちまちま作戦』、悪くないと思うんだけど。とにかく奴らを覆う黒い霧を削り取っていく作戦な訳で。


 ついでに弱って捕まえられそうな魔物化した生き物がいたら、連れてきて銀聖水にひたす。


「とにかく、まもりの結界の中から出なければなんとかなるだろう」


「私は必要があれば外に出るぞ」


「俺もチャンスがあったら仕掛けるよ」





 陽が沈む一歩手前。

 金色の太陽が山のに消えゆく中、奴らは俺達の前にその姿を現した。だいぶ黒い霧は晴れ、村が所有する広い麦畑に彼らは陣取った。


 とはいえ距離はある。

 ここからの矢が届かない位置を知っているかのようだった。


 気がつけば奴らの周りに黒い影が飛び回っている。それまでは鹿の背にでも隠れていたのだろう。姿を見せなかった大鴉達が動き始めたのだ。


 飛び交いながら、ギャアギャアと不気味に鳴く。


 俺とカリン、それにユリウス。


 三人で奴らがくる空を見上げた。


 まだかろうじて明るさが残る空は、端の方から群青色に色を変え、キラとひかる星が一つ。


 その空を、黒い影達が真っ直ぐにこちらをめがけて飛んで来る。


 ギャアァァァァ————!


 開戦だ。




 つづく

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