第189話 女神様が見たものを見せられる!

 俺の視点は空中にある。

 フォリアが見たままを俺が見ているのだろう。


 天幕から少し離れた所に幾人かの戦士達がいた。酒瓶らしきものが転がっている所を見ると、戦勝祝いを一応したらしい。


 戦士達は皆眠りこけている。


 深夜だ。


 直感だが、間違い無い気がする。


 その濃い夜の闇の中から、1人の男の姿がにじみ出て来た。


(あ……)


 ハイランダーだ。

 遠目にも血と泥に汚れた姿が伺える。あれから取り押さえられ、暴力を受けたのかも知れない。ただその一方で、彼のものとは思えない、返り血らしきものも見受けられた。


 幽鬼のようなその姿は、気配が感じられず、抜け殻の様に見えるのに、何処どこ凄惨せいさんなものを感じさせる。


 彼の手には血に濡れた小刀が握られていた。


 推測するに、この白い天幕の中にあるのはフォリアの遺体であろう。そこへ何処どこかに拘束されていたハイランダーが何らかの手段を持って、抜け出て来たと見える。


 だけど……。


 思わず息を呑む凄みがあった。


 彼の血ではない誰かの黒い血が小刀から滴ったのだ。


 彼は眠っている戦士達には気付かれないまま、白い天幕に入って行った。


 それと同時に俺の視点も天幕の中に移動する。天幕の中央には白く凍った様に眠るフォリアの身体からだがあった。ベットの様な台に横たわっている。


 悲しげな、それでいてうつろな目で彼はフォリアを見つめた。近づいてその手を取る。胸の上で組まれていたその手は白い革の手袋を付けている。


 彼はゆっくりとその弓手ゆんでの手袋をはずす。ほっそりとした、でも所々に傷のあるその手を目にして、ようやく彼の瞳に光が宿る。


 どれくらいそうしていたのかわからないけが、彼は手にしていた小刀を服でぬぐった。綺麗にした小刀の刃を見つめる。


 ——?


 まて、何をする気だ。


 ハイランダーはフォリアの左手に軽く口付けをすると、その薬指に刃を当てた。


 やめ——。


 やめろ、と口に出したが、それは声にならなかった。


 思わず目をそららしてしまう。


 それでも目に映像が入ってくる。幸い、フォリアの冷たい身体からは血は出なかった。ハイランダーは手袋を元どおりにはめてやると、元どおりに手を組み直し、後退あとずさりしながら天幕を出てゆく。


 最後までフォリアの姿を見つめて——。





 視点はまた変わった。

 フォリアが白い布をかけられた姿で、何処どこかへ運ばれて行く。戸板に載せられて戦士達につがれている。そこにハイランダーの姿は無い。いや、離れた森の茂みの中から隠れてそっと見送っている。


 この様子だと、フォリアの薬指が欠損しているのはバレていないようだ。ハイランダーは離脱した者とされたのだろう。彼を置いて戦士達はどんどん遠くへ去ってしまった。




 時が過ぎ、ハイランダーは出城の近くの丘に立っている。あの丘だ。彼は身をかがめると、丘の土を掘り出した。


 ああ、彼はこんな形でフォリアとの約束を果たしたのか。


 左手の薬指を——心の臓に一番近いと言われるちかいの指を、彼はこの地にうずめたのだ。




 それからは切れ切れの映像だった。


 だんだん年老いてゆくハイランダーはずっとこの出城に住みついて、丘の側で生涯を終える。最後は丘の上で息絶えたのだ。




 そして——俺の意識は元の時間へ戻った。




 つづく

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