第29話 魔法使いの姉弟子VS村人 中編

地面との激突の衝撃の凄まじさを物語るような音と土埃を起こして、


その時初めて店の床に埋めてやったならず者の気持ちが分かったような気がした。



身体の半分が突っ込まれるほどの一撃を受けて


相手の力量が確かなことが分かった



それを理解したからと言ってこちらの反撃の機会を与えるほどに


敵は甘くなかった。




「そら! まだまだいくよ!!」



数人係の助力があっても抜け出せないほどに植わった身体が、


あっさりと野菜でも引っこ抜くように宙に浮いた。



いや、飛ばされたのだ



今度は後頭部を天井に叩きつけられた。


地中から思い切り引き上げた勢いもあって先ほどの攻撃の威力の倍の


衝撃を身体全体に受けた



「そろそろ、お寝んねかい!?」




高笑いする女の声が聞こえながら


高速で景色が過ぎ去るばかりで、


冷静に考えてやっと自分の身体が振り回されていることが分かった。



遠心力にかなりの重力で胴体から手足が分離していきそうな感覚に囚われつつ、


耳ではビュンビュンと風を切る音がした。



やがて危機感は次第に


この余りあるスピードで壁か何かにぶつけて止めを刺すつもりか、


などと他人事のように思いながら視界が何も捉えられなくなると


ついに覚悟を決め始めた



「姐さん......もう、それくらいにした方が......」



そんな時に弱気に制止するような声が聞こえた。



「このままじゃ、アイツ死んじゃうよ......」




か細い声のはずなのに


それをしっかりと聴覚は捉えていた



「なんだい? あの顔色の悪い男が地上での連れだったのかい?」




人一人を空中で超回転させておいて


魔女は片手間に返答ししている。



それでも唸る風の音は更に激しさを増すかのようだ




「こんなにすぐ戻ってきてくれたってのに、


 あんな男に情が移るほどアンタ変わっちまったのか?」




穏やかな口調は怒りが籠って段々と大きな声になっていく。


伴って明らかに速度が上がる



「何があったのか、男の好みが変わっちまったのか知らないけどね


 あんな奴忘れな!


 それに地上での暮らしも!


 アメルの居場所はここだけなんだよ!!


 まだアンタを何処かに行かせようとするような存在があるなら――」



円を描いて回されていた体の軌道が変わるのを肌で感じた。




「こうしてやる!!」



女の感情のままに


恐らくトップスピードまでに速度を持った我が身は


無防備に弾丸のように壁にぶち当てられて、


厚い土層を貫き


大乱闘真っ最中の広間にまで吹っ飛ばされた。






大砲が飛んできたかのような事態に周りの動きは一瞬にして止まった



「な、なんだ? 何が飛んできたんだ?」



砂埃が消えて連中の目の前に突如として現れたのは


入り口やけにデカい深い落とし穴に埋まる侵入者の姿だったことだろう




現にギリギリ埋まっていない片目からは覗き込むならず者たちが続々と見える。



「安心しな! うちに入り込んだドブネズミはアタシが退治したよ!」



早々に後を追って出てきた魔女が広間の隅々まで響き渡る声で


高らかと言った。




突然のことに沈黙が流れたが


徐々に場は歓喜の声が鳴り始めた



「さ、さすが姐さんだぜ!」


「あんな得体の知れない野郎の墓を作っちまうとはな!」



先ほどまで愚かにも争い合っていた賊どもは、


すぐに不毛な仲間割れを忘れて


心の底から嬉しそうな喧噪が広がった。



元のバカ騒ぎに戻り掛けていた時に女の声が再度響いた



「それと言っておくが、そいつはアメルを地上に連れ戻そうとしたんだよ!」



聴衆の楽し気な声は一変、ザワザワと囁き合う声になった



「この際に改めて言っておくけどね!


 アタシらは地上でのうのうと生きている奴らとは違う!


 奴らが作り出す社会なんてものに

 順応出来なくてこの地下に追いやられた訳でもない!


 アタシらはこの世の在るべき正しさを知っているから見限って、


 今はこうして身を潜めて生きているのさ!!」




幹部格の演説に下っ端共は黙り込んで聞くようになった。


見た目からして知性的ではない者どもだが


この状況を茶化すような声はまるでこちらには聞こえてこない



「ボスに従い、ボスに教えを乞い!


 今に魔法の習得に努めているのは何より!


 アタシたちが知る正義を敷くための準備だ!


 ......勿論、アンタたちはこのラスケルの正義とは何かを知っているね?」



その問いかけに静まり返った空気の中で


次々に発する一つの言葉があった



「力、だ!!」


「力、でねじ伏せることだ!!」


「弱者は奪われ、強者がのさばる! 力こそが正義だ!」



誰しもが{力}に憑かれたように弱肉強食の信念を声高に叫んだ。


まさにその考え方は......




「そうだ! この世界を征服しかけた、

 かの魔王を倣ったやり方こそが正しいのさ!


 実際に魔王はあと一歩のところまで全てを掴みかけた!


 それこそが何よりもの証明さ!!」




歪みに歪んだ信念を正しさと謳う、


とんでもない連中であることが知れた。


こんなのが平和と賑わいの大きな街の下に潜んでいたとは


誰が思うだろうか



「だから!


 アタシらは魔王の後継者ともなるお方、我らがボス・ズイ様の下で


 力を養っている!


 それ以外に向かうべき道、進むべき方向は他にない!


 そのことをアメル、アンタの口からも公言して欲しい!」



「え......?」



突然の指名に驚きを隠せない小さな声がした




「アタシは......いや、


 ここにいるほとんどの皆がアンタはここから逃げ出したんだと思ったんだよ。


 でも本当は......


 その目で地上の、外の奴らの間違った生き方を危険を顧みず


 独りで偵察に行ってくれたんだろ?」



その発言にどよめきにも近い驚愕の波紋が集団に伝わり始めた。




「なんだって? アイツは裏切り者じゃなかったのか?」


「そうだったのか......」



どいつもこいつもが考え無しに聞くことを信じる中、


一人だけそれを懐疑的に受け取る者がいた。



当然、俺だ



どう考えてもあの女はアメルのしたことを聞こえの良いように丸め込んで、


団員に蔓延しつつある不信感を払拭しながら


アメルを逃がさないようにする、


魔女らしい小賢しい意図があると睨んだ。




そんな小細工に腹が立ってきて、


そろそろ土のひんやり感に心地よさを感じている場合ではない


と地中から自力で抜け出そうとした時




「さあ、言ってくれよアメル。


 アタシらこそが正しい、と


 いつか世界を支配するのは、力を持つアタシ達だと!」




脅迫に近い迫り方で魔女が声を荒げたことによって


場は静まった。



俺も抜け出すのを止めて


アメルの答えを待ってみる。



本当にアイツは成り行きで


こんな集団に入ってしまっただけだと、思って良いのか




「......アタシは外に出て、あの魔王を倒した勇者に弟子入りした。


 でも......実際は大した強さじゃなかった、と思う。


 なんせ、もうあの人は魔王と対峙したほどの強さは無くなっていたから」



切々と語る声が俺には震えて聞こえた



「ふーん......つまり、もはや地上の奴らは恐るるに足らないって訳だね?」



勝手な女の解釈で周りは


また喜びを下品な笑い声も交えて表した。



「はっ! やっぱり勇者も平和ボケしてるみたいだな」


「俺達の天下を邪魔する大敵は、もはやいないんじゃねぇか?」



調子に乗った戯言が飛び交うざわめきが




「でも!!」



アメルの一言が消し飛ばした



「あの人は訳あって弱りながらも、魔王を倒した後でも、


 人を救う活動を始めようとしてた!


 本当の強さってものが何か分かった気がしたの!


 力だとか......そんなものが強さや正義を物語るわけじゃない!!


 それを教えられて......アタシ、恥ずかしかった......


 こんなとこで間違った強さを追い求めていた、自分が」




さっきまでの弱々しい感じとは打って変わって


ハッキリとした想いがこちらにも届いた。



心の底からの反省が。



しかし、それに対する周囲が返す反応は冷淡なものだった



「何言ってんだ、てめぇは!」


「俺達が間違っているとでも言うのか!」



罵詈雑言の嵐が巻き起こったのと同時に


埋まりに埋まった体を抜き出し始める。



自力でも理屈的にも不可能な脱出が気合で行われる




待ってろ、アメル


俺もすぐに助太刀してやる!




その一心で必死になっていると


魔女の鋭い声が飛んだ



「お黙り!!」



怒りを露わにする連中を制したのは更なる魔女の怒りの絶叫であった。




「もういい!


 アンタらよく見てな!


 これが地上に出て、毒されてしまった仲間の姿だよ!


 そして......そんな奴がどうなるかを!!」




公開処刑宣言を我が身に振り掛かる危機のように感じて


身体は地中深くから土砂を吹き飛ばして広間に躍り出た。



重々しい着地が、その場にいる全員の目を向かせた




「お、おい! まだ生きてやがるぞ!!」




一番近くの男が驚嘆して


それがどんどんと連中に恐怖という形で伝染していく。



死人の復活を目の当たりにしたかのような甲高い叫びも聞こえながら


ようやくアメルの姿を見つけた。




声が震えているとは思っていたが


やはり泣いていた



勇気を振り絞っての発言だったのだろう




彼女に安心させるように笑って俺は言ってやった。



「よく言ったぞアメル、後は俺に任せろ」



身体が本格的な臨戦態勢に入った

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