第22話 神の使徒

涼やかな風が吹いて来て空気がガラッと変わったような体感を受けながら、


彼女の周りから発生する靄は増々濃くなっていく。



そして完全に周囲の人々も景色も見えなくなるほどに包まれると


見えるのはアイリスだけになった。



見渡す限りまるで雲海にいるかのような空間になると


何かが聞こえてきた。



鈴がどこかで鳴っているような不思議と安らぐ音が


そこら中に反響しているかのようだ



「アイリスさん......この音は?」



音源を目と耳で探しながら彼女に問うが


答えは返ってこない。



目線を向けると


彼女は険しい顔をして懸命に祈っている。



まるで遠くに聞こえる声を聞き逃すまいと必死になっているようだ



そうして黙って彼女を見守っていると


徐々に彼女の顔は柔らかな表情になっていって、


視界が晴れ始めた。



最後にアイリスが目を開けてゆっくりと立ち上がると


強風に吹き飛ばされたように靄は消え去った......



異様な現象に周りのざわつく声が耳に入ってくるようになると


現実に帰ってきたことを肌で感じる。



未だ一点を見つめて動かない彼女を心配に思って近付くと


サッとこちらに目を向けられた。



「お待たせしました......」



さっきまでの弱った様子からは考えられないほどにハッキリと、


落ち着いた声色に驚く。


急に戻ってきた勇者としての頼もしさを感じながら恐る恐る聞いてみる。



「あ、あの......今のは?」




俺の質問を受けながら彼女は自分の手を見ている。


しきりに握ったり開いたりしているは何かを確かめているみたいだ



「とりあえず、久しぶりの交信となったので力を与えて頂いてからの

 一部始終の報告を。


 重ねてアメルの行方と私のこれからの状態についてをお聞きしていました」



色々と今の事態について重要なことが分かったようだが、


その前に当然のように語る彼女に率直な疑問をぶつける。



「ええっと......それは誰に聞いていたんですか?


 何かの音は聞こえましたが、声には聞こえませんでしたけど......?」



アイリスは意外そうな顔をした。



「ああ、貴方には聞こえなかったのですね。


 すぐ近くに存在を感じてましたし、貴方にも聞こえているものと思いました」


「はい......」



納得したような感じに着いて行けずに一応の相槌を打つ。



「実のところ、私も明確には分かりませんが......


 声の主は女性のものであるために、女神だと思われます。


 始まりの勇者のお告げをしたのも、

 剣を手にした時も聞こえた声はその方でした。


 さっき交信した方は違いましたが」



「え?......今のは違う人だったんですか?」



「人ではありませんよ、ウィン。


 神様の使いであったかと思います。


 今にした礼拝は失礼を承知で、


 神との対話が今一度可能なのかと試みたものなのですが......


 どうやら使者の方との交信の許しは頂けたようです」



どうにも実感の沸かない会話に首を傾げていると



「もしや......」



一人の神父らしき人が近付いて来た。



「貴女様は勇者であらせられますかな?」



先ほどの現象を不審に思って寄って来なかった人々が


今や崇めるように周りを取り囲んでいる。



「今にありました神聖な出来事は何があったのでしょうか?


 良ければ私どもにお教え頂けないでしょうか?」



その男は姿勢を低くしてアイリスに答えを請う。


どうやら彼女を勇者と見受けるなり、


今の現象を聖なる儀式か何かと考えたようだ



そんな彼らに対する答えと彼女の態度は


存外冷ややかなものであった。



「申し訳ありません、機会があればその時に。


 急ぎましょうウィン」



そう言うと急に俺の腕を引っ張って群衆を掻き分けて教会を走って出た。



「ちょ、ちょっと! アイリスさん!?」


「仕方ないです、長くなりそうでしたから。


 話は走りながらしましょう


 アメルの居場所が分かりましたが、


 どうやら急いだ方が良いみたいです」



アイリスの復活ぶりにも驚きながらも


彼女が急いで向かう理由には更に驚かされた。



アメルに一体何が......?

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