月が見ていた。#59
長かった二日間の引っ越しを終え、私が帰途についたのは21時を過ぎていた。
妹を最寄りの駅まで送る間、重量オーバーの運転を心配して、急ブレーキ急ハンドルは危ないから慎重過ぎるくらいにゆっくり行けと、何度も妹が私に言った。それに、もしスピード違反で止められたら、重量オーバーも見つかってさらに点数引かれるんじゃないか、とも(真偽はわからないが)。
確かに、車の動きは少し鈍いような感覚があった。こんな重い車でこんな遅くに一人で高速を走ったことがないので、そう言われるとますますこわい気持ちになったし、何より肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。
でも、そんなことは言ってられない。仕事もあるし、今日中に帰らなければならない。
自分を鼓舞するように「何かあったら、パパが守ってくれるでしょ!」と答えた私に、そうだねと言って、妹は自分も時々そう感じることがあると付け加えた。私も同じだ。
「この二日、私たち、ママのためにこんなにがんばったんだもん。パパが守ってくれないわけないよね」
妹を降ろして、途中のコンビニで軽く夕飯らしきものを買って車内でお腹に押し込み、高速の入り口へ向かった。
道はもちろん空いていて、高速でも途中までは一人旅だった。
道路は照らされているけど、陰になっているところは闇が濃い。桔梗のような色をした布に後ろから淡い光を当てたような空に、たくさんの雲がシルエットになって散らばっていた。
何度も通っている高速道路の風景が、時間帯のせいか、特別な日の特別な心持ちだったせいか、いつもと違う幻想的な趣きをたたえているように見えた。
どうしようもない孤独感と、いろんなものがごちゃ混ぜになったさびしさ。
胸中を支配していたのは、終わったという達成感ではなかった。
あの食器の壊れる悲鳴のような音が、まだ胸の痛みとともに耳の奥にこびりついている。二日間の出来事があれこれと絶えずフラッシュバックして、今のこの気持ちはいったい何なのかと問いかけてくる。
なにより、そもそも。
母のこれまでの暮らしは、たった二日で精算してしまえるようなものだったのか?
運転しながら何度も涙が出て、時には顔がぐちゃぐちゃになるくらい泣いた。
平日こんな時間の高速道路、対向車も滅多に来ないし、前後にも誰も走っていない。思い切り泣いていい、吐き出してしまえと言われてるような気がした。
でも、何を吐き出せばいいの?
どれくらい走ったか、ふと空を見ると、雲間に月の姿があった。まるで墨絵のようで、ハッとするくらい美しかった。
そういえば、ほんの数日前にスーパームーンがどうのこうの言っていた。満月は過ぎてるようだけど、確かにとても大きい月だ。晴れた空にぽっかり浮かんでいたらこわいくらいだったかもしれないけど、雲に少し隠れているせいかやさしく感じた。
——見守られている。
そう思えた。きっと、道中は大丈夫だ。
ほどなく前方に別の車が合流してきた。もう考え事ばかりしていられないし、涙で視界が乱れては危ない。
なるべく心が晴れそうなことを記憶の中からたぐり寄せて、なおかつ運転に集中しなければ。
やっと家に辿り着いたのは、日付が変わる直前だった。
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