第46話 改めまして、こんにちは

 ピンポーン!


 サキさんとお兄さんが住んでいるマンションについて、入り口のインターフォンに向かって、部屋番号を入力すると、大きな呼び出し音がした。


「ハイ、お待ちしてました。どうぞお入りください」


 インターフォンの向こうからは、綺麗な女性の声が聞こえた。

 あ、この綺麗な声は、サキさんかな?


 一呼吸置いてから、ジローの目の前にある分厚いガラスの扉は音も立てずにスルスルと開いた。

 昼間は5G工事のおじちゃんの後ろからこっそり通ったマンションのエントランスを、今は堂々と通る。


 昼間使ったから、既に『勝手知ったる』になっているエレベータホールにやって来て、エレベータにのる。

 エレベータの中には、

『只今5G工事を行っていますので、騒音等でご迷惑をおかけします。ご不便をおかけしている場合には、以下の携帯電話にご連絡下さい。今回の工事責任者、誰々』

 と書いてある、工事現場でよく見かける工事のおじさんがお辞儀をしているポスターが貼ってあった。


「こちらこそ、今日は本当に有難うございました。お陰でサキさんに会えました」

 ジローは、思わずポスターに向かって深々とお辞儀をする。


 エレベーターはあっという間に目的階に到着した。


 ドキドキ! ドキドキ!


 なんか、昼間と違って少し緊張してるかも。昼間は必死だったから、緊張する余裕も無かったのにね。なんか招待されてると思う、逆に緊張しちゃうよなあー。


 エレベーターから降りて、サキさんの家に向かう。自分でも緊張しているのがよく分かる。右足と右手が同時に動いてるよ。まるで、ロボットのようだ。


 アンドロイドは電気羊の夢を見るのか? みたいなSF小説もあるらしいけど、僕もアンドロイドみたいになれたら緊張しないのかな。

 仮想世界のプレイヤー達を管理しているAIは、キット緊張なんかしないんだろうなあ。


 いよいよ、1515室の玄関前まで来た。インターフォンのボタンを押す。


 ピンポォーン! ピンポォーン! ピンポォーン!


 昼間と同じチャイムが鳴った。そりゃあそうだ、昼間と夜でチャイムの音を変えるインターフォンなんか聞いた事が無い。

 でも、昼間は何にも感じなくても、夜は周りが静かだから音が大きすぎるんじゃ無いか、と思ってビックリすることってあるよね。

 時間を設定して、夜は音が小さくなるインターフォンが有っても良いよね。キット今日みたいな時には必要だから、ネットで売りに出てたら、今の僕なら直ぐに購入しちゃうかもだね。


「はーい。今行きまーす!」


 部屋の前のインターフォンからは、さっきと同じ綺麗な女性の声で返事が聞こえた。

 うわぁ。サキさんの生の声だー。さっきマンションのエントランスで聞いたのと同じ声だー。


 ドキドキ、

 ドキドキ、

 ドキドキ。


 やばい、心臓の鼓動が早くなってきた。こんなにドキドキしてたら、サキさんに聞こえちゃうかな?

 おさまれ、僕の心臓! あ、でも止まっちゃ駄目だよ。平常の心拍数に戻ってね、という意味だからね。

 僕は、自分の心臓に向かって言い聞かせた。これ、遠くから見たら絶対に変な奴だよね。


 カチャカチャ


 鍵を開ける音がする。


 ドキドキ


 これは、僕の心臓の音


 ガチャン!


 これは、玄関のドアが開いた音


「今日は、初めまして。僕の名前は、ジローです。仮想世界の管理を行なっている会社で働いています」


 僕は扉を開けてくれた女性に挨拶をする。


「今日は、佐々木 愛です。今日は、本当にありがとうございました。ログアウト直後は、ぼーっとしていて、お礼を言う事が出来ませんでした……本当に!本当に!今日はありがとうございました」


 彼女は、一気にそこまで言うと、ジローに向かって丁寧に頭を下げた。さらさらした彼女の髪の毛が重力に従うようにサラリと垂れる。


「オイオイ、玄関でそんな会話しなくても良いだろう。ジローさん、取り敢えず家に上がって下さい。もう2回目だから家の中はよく知っているでしょう?」


 サキさんのお兄さん、冗談キツイなあー、と思いながら「それでは、お邪魔します」と言って、彼女の横を抜けて家の中に入る。


 ガチャン。


 サキさんが、後ろで玄関を閉める音がした。

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