第273話 終戦9
あれから二日。
生き残った子供達共に、失った人数分の埋葬を終えた八城たちだったが、7777番街区を出立し二週間という、野火止一華が指定した期日が差し迫っていた。
やると言ったらやる女である野火止一華の言葉を冗談だと思い込み、何度痛い目に遭ったか分からない。
八城は急ぎ、一華との約束の日が迫っている事を浮舟丹桂へ説明すると、最短ルートである『私鉄路線』の使用許可が下りた。
負い目を感じているのか、多忙を極めているのか、浮舟丹桂は言葉数少なく、それだけを伝えると、後の事を桂花と衣へ一任し、議長室へと引きもってしまった。
テルが行方を眩ましているため、西武中央経由で7777番街区に居るマリアと時雨に連絡を取り、途中駅で合流が可能だという確認が取れたため、八城、桜、紬、菫の四名は出立の支度を整え、私鉄路線の終点である『西武園遊園地駅』へ集合していた。
八城が西武中央を離れる事は住人へは伝えず、西武中央からの見送りは浮舟衣と浮舟桂花の二人だけとなった。
「おう、東雲八城。テメエが来ると碌なことにならねえから、出来る事なら二度と会いたくねえ、さっさと西武中央から出て行ってくれ」
勝手に連れて来て、出て行けとは態度が地球規模で大きい事だけは伝わって来るが、如何せん八城はこの男を憎みきれない。
「俺も同じ気持ちだが、そういうヤツに限ってまた会う事になるんだぞ」
ヒシヒシと感じている予感を言葉にすれば、浮舟衣も同じ事を思っていたのか、軽快な笑い声が零れた。
「ハッ!ちがいねえな、じゃあその時まで元気でやってろよ!東雲八城」
味気のない短い別れの握手を交わし、八城は次に桂花へその手を差し出した。
西武中央へ来るに当たり色々あった蟠りや痼りが全て解消したとは言えないが、それでも寝食を共にし戦場を共にした仲間には違いない。
最後ぐらいは、お互い納得した別れをするべきだ。
そう思い八城は桂花へ手を差し出したのだが……
「八城さん……」
消え入る様に桂花の言葉が途切れ、八城の差し出した手を取る事なく、身体の力が抜けたかのように倒れ込んで来る桂花を、咄嗟に抱きとめようと八城が両腕を広げた瞬間……
彼女は八城へ思いきり顔を突き出し、桜色の唇が八城の唇へ密着する。
柔らかい感触が唇へ伝わると同時に八城の口の中へ柔らかい何かが侵入し、舌へねっとりと絡み付いて来る。
突然の事で反応も出来ずなすがままにされ十秒程の濃厚なキスを堪能し、桂花は後ろに居る女性隊員の反応を満足げ確かめた後に糸を引く唇同士が、艶かしくゆっくりと離れていく。
「フフッ、これは仕返しです。女は敵に回すと恐ろしいって分かりましたか?」
まだ赤く腫れている頬を抑えながら桂花は悪戯に舌を出して笑って見せた。
誰への仕返しかは、言うまでもないだろう。
だが黙ってやられる程八城もお人好しではない。
「これは家庭内暴力案件だ。今すぐにでも離婚届を出したい気分なんだが何処に出せば受理されるんだ?」
「家庭内暴力なら、私にも言いたい事がありますけど……どうしても出したいなら日本の中で営業してる役所を探してみては如何ですか?」
何処の役所も営業をしている筈もない。
知っているからこそ悪戯気味に笑って見せた桂花だが、後ろからの威圧は笑って済ませてくれる気配ではない。
「……八城くん、私がダメでその女はいい理由の説明を求める」
「隊長、後で大切なお話があるので……そのつもりでいて下さい」
八番隊屈指の実力者である女性隊員二人が穏やかではない雰囲気を醸し出し、二人と隣り合った菫は肩身を極限まで狭くしている。
八城は最後に二人と挨拶を済ませると、一両だけのディーゼル機関車へと乗り込んでいくと、運転席に。
「じゃあ準備は良いっすか?」
何処から現れたのか、いつの間にかディーゼル機関車の運転席に乗り込んでいたテルは上機嫌にエンジンを掛ける。
黒く歪んだ排煙筒から黒い煙が上がり、ゆっくりと列車が動きだす。
菫は初めて見る動いている列車に興奮気味に窓へ乗り出し、桜は慌てて菫を抱き抱えた。
紬は抱えていた銃を壁に立て掛け、流れて行く風景を眺めこの時間を堪能している。
八城としてはテルが今まで何処に居たのか?
何をしていたのか、問いただしたいが、結局同じ列車に乗る長旅だ、問いただす時間は幾らでもあるだろう。
今日ぐらいは戦いも無く、ゆったりとした気分でいてもいい。
そんな事を思いながら、八城は昼下がりの微睡みにゆっくりと瞼を閉じたのだった。
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