第251話 根城19

「下がってなの」

可憐に響いた声とは対照的に迫り上げた刀身は間一髪、少年とクイーンに絶対的な生死の境界線を作り出す。

それでもなお、無理矢理に伸ばしたクイーンの腕を菫は突きの一刀で押しとどめ、名も知れない少年と入れ替わるようにして更にもう一歩前へクイーンの懐へと滑り込む。

抜き鞘すら見せぬ秋色を宿した髪が舞い狂う。

踏み込んだ足取りは、緩やかでいて、巧妙。

流線を描く刃は、狡猾であり、純粋。

繊細を取り合わせた実剛胆無比な技の数々は、クイーンの速度を持ってしても読み切る事など出来はしないだろう。

戦況は一進一退、クイーン相手に時間を稼ぐだけなら自身も『クイーン』である菫以上の適任はいない。

「コッチは引き受けるなの、テルはお兄ちゃんをよろしくなの」

テルは空を切った刃を仕舞い込み、もう一人茂みから姿を現した人物を待ち構える。

愉快そうに歪む口元に本能的に濁った瞳はテルの知る『東雲八城』から大きく乖離している。

だが彼こそ、テルの知る『No.八』で相違ない。

「やっぱり来たっすね……八番」

テルの言葉と重なる八城の笑い声は、否応無しに戦場を駆け巡る

「ハハハハハッ!急に逃げたと思ったらどうだぁ!人殺しバーゲンセールの会場まで案内してくれてたのかよぅ!こりゃあ深い感謝で思わず人を殺したくなっちまうなぁ!」

言葉と同時にテルへ向かって飛び出した八城の刃を浮舟衣は真正面から受け止めた瞬間、受け止めた両腕が痺れを感じ、伝う背骨が軋みを上げる。

「おい!東雲!こんな時になにやってやがんだ!」

叫ぶ浮舟衣の言葉に八城は上がる口角と返す刃で答えとする。

「この野郎!目覚ましやがれ!」

往なした刃を巻き下げて、浮舟衣は八城へ容赦のない拳打を叩き込む。

八城より一回りも大きい上背を持つ浮舟衣の拳は八城の急所近くを的確に抉り込む。

連続した鈍い音が鳴り響き鍛え上げられた八城の肉体を持ってしても耐えられる攻撃ではない。

冷徹な慟哭を宿した瞳と目が合った。

殺さない為の攻撃。

あまりにも当たり前な気遣いは、浮舟衣の身に死を呼び込む。

「……つまらねえことしやがって、お前はもう要らねえなぁ」

言葉が耳を掠めた瞬間、悪寒よりもっと現実味を帯びた冷たさを持った鉛色の刃が『浮舟衣』の眼前に在った。

「早く退くっすよ!」

紙一重など存在しない。

決定的な位置から繰り出された確実な死にテルの刃がギリギリに滑り込む。

擦り合う刃に火花が散り、テルはそのまま八城の首筋へ舐めるように刃を滑り込ませるが八城はいとも容易く弾き返す。

「いいなぁ!殺す気が伝わってきやがる、テメエは一流だぁ」

「なんなんだよコイツ、どうしちまったんだ……」

様子が変わったなどという表現では説明出来ない、人が変わったと言った方が適切だろう。

テルが助けに入っていなければ間違いなく殺されていた。

仲間である筈の浮舟衣の前に現れた東雲八城は、間違いなく浮舟衣を殺そうとしたのだ。

「G.Oあなたは菫さんの援護をお願いするっすよ。コッチは八番の経験者じゃないと手に負えないっすから」

「おいおい……説明が足らねえな。コイツはどうして仲間の俺達を殺そうとしてやがる」

「もとNo.sのG.Oなら『inception soldiers』計画って知ってるっすよね?東京中央で研究が押し進められているクイーンを倒す為の人間の研究っす、そしてその最前線に立っているのが、目の前に居る八番……東雲八城っすよ」

西武中央遠征隊No.sを持っている者であれば知らぬ者などいない。

クイーンを倒す、それは人間であれば誰もが望む最終到達地点である。

誰もがなし得ない、見合わない被害を被ってのクイーン討伐という偉業をたった一人で成し遂げる為の研究だ。

「だがよう、その研究で人が変わったみたいに凶暴になっちまうのか?」

「東雲八城が凶暴になったわけじゃないっすよ。鬼神薬の感覚に普通の人間じゃ耐えられないんっす。だから脳が勝手に鬼神薬に耐えられるもう一つの人格を作り上げるっす。そして、それが今の鬼神薬に最適化された八番っすよ」

見つめる視線の先でユラリと構えを取る八城に、テルは最大の警戒を配りながら量産刃の握りを確かめる。

「余計な話は終わりっす。G.Oは早く菫さんの援護をお願するっす。コッチは……準備は上乗っすかね?」

横に並ぶ二人へテルが問いかけると、呼吸を整えた二人は小さな頷きを返すと共に手の平の量産刃を堅く握り込む。

「十分休んだ。いつでもいける」

「コッチも万全です、なんならいつもより調子がいいくらいですから」

「そうっすか、なら早々にケリをつけるっすよ!」

三人の駆け出しはほぼ同時、だが鬼神薬を服用している桜が先陣をきった。

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