第246話 選兵
戦場から少し離れた雑木林には戦場の中心で打ち合う度に鳴り響く金属音と、クイーンの叫びを聞き届ける二つの影が虎視眈々とその時を待っていた。
繰り広げられる鮮烈な殺し合いにギリギリで踏みとどまっている桜はやはりただ者ではないのだろう。
「アレは……あの二人は、なんなんですか」
紬の横にいる桂花が一匹と二人の戦場を見て息をのんだ。
互角以上、八城に関して言うなら技と出鱈目な手数だけでクイーンを押し込めている事実はある種の恐怖すら感じる光景でもある。
一つ、身震いを隠すように桂花が震えたのを感じた紬は余計な事を言いそうになる口を閉じ、言葉を選び取る。
「二人は東京中央の成果。私が不甲斐ないからあの二人が戦っている」
「成果?それは一体どういう意味ですか?」
スコープを覗き込みながら、険しい顔を崩さない紬は苛立たしげに指元をトリガーから外す。
「そのままの意味。東京中央が唯一研究で成果を出している部門。人の手でクイーンを倒す為の試作研究の成果」
「じゃあ、お二人があの……」
口に出す事を憚る事実というものは、得てして本人を前にせずとも口に出す事が難しい。
うつ伏になったままの紬は桂花の気遣いに僅かながら表情を軟化させた。
「鬼神薬……と言ってもお前には分からない……お前が知ってる風に言うなら『inception soldiers』計画の成れの果て、それが今の八城くん」
紬の視線は揺るぎなく、目線の先の八城を捉え続けている。
変わらぬ無表情の裏側に何を思うのか、桂花は窺い知る事が出来ずにいた。
「じゃあやっぱり、あのお二人が東京中央の成果なんですね……」
「その認識で間違いはない。二人は東京中央の生命線。奴らに関する研究が上手く進んでいない現状、他の住民や中央からは他の研究での成果を求められる。だから八城くんは東京中央の存続の為に自らその道に進んだ……」
そう言った紬の脳裏に過ったのは数年前の八城だ。
東京中央が出来たばかりの頃、八城は迫られた。
猶予を得る為の犠牲。
それは八城が唯一許された苦肉の策だった筈だ。
それを知ってなお、八城自らが『選んだ』などとは言えないだろう。
「……ちがう、八城くんはその道に進まざるを得なかった。」
「何故……何故私にそんな事を教えて下さるんですか」
「聞いたのはそっち」
「はい。でも答えてくれるとは思ってませんでしたから」
最初から桂花は紬がまともな会話を取り合ってくれるとは思っていなかった。
嫌われている事は分かりきっていた事実で、その上桂花自身がこんな所で弱気を晒している。
それは紬でなくとも、嫌いになるであろう醜態だ
そんな桂花に対して、予想外にも雄弁に語ったのは紬の方だろう。
紬は自身の喋り過ぎに気付きつつも、喋りついでに言葉を繋げる。
「……お前は、八城くんが鬼神薬を使うときはどんな時だと思う?」
「どんなとき……分からないです。どんな時なんでしょうか」
微かな落胆が混じったため息をつきながら、紬は自身が感じていた怒りのほとぼりが冷めていくのを感じていた。
「八城くん自身が使うべき時と判断した時だけ。使えば身体を蝕む副作用をもたらす鬼神薬を……それでも八城くんは今が使うべき時だと判断した。この意味をお前には十分に理解して欲しい。これでお喋りは終わり」
視線の先で最終チェックポイントに桜が通り過ぎるのを確認し、紬はテルへ連絡を送る。
「そっちは?」
「順調っすよ、ただ、もう少し時間が欲しいところではあるっすけどね」
「了解した、こっちでもう少し時間を作る」
おもむろに立ち上がった紬は肩に掛けていた二丁のライフルとインカムを何を思ってかその全てを桂花へと押し付けた。
無手に等しい一本のサバイバルナイフだけを胸口に収納し凝り固まった身体を伸ばす為に大きくゆっくりと身体を反らせていく。
「弾は装填してある。撃つタイミングはテルからの指示と同時、確実に八城くんを狙って撃って」
「撃てって!そんな!私射撃は得意じゃないですよ!」
「得意不得意で決められる状況はとっくの昔に終わってる。出来る人間が出来る事をする。この戦場であの乱戦に突っ込むのなら間違いなく私が適任」
「だって……そんなの!さっきこの一発しかないって紬さんが言ってたんじゃないですか!この一発が八城さんを戻す唯一の方法だって!」
「そう、その一発をお前が失敗すれば全てが終わる。私は死ぬし、前に居る桜も死ぬ。八城くんもきっと生き残れない、そしてお前もこの戦場から帰る事は難しい……」
桂花はシリンダーの装填が完了しているガス式ライフルの重みを感じながら、紬の言葉にキュッと銃身を抱きしめる。
「お前が死にたいと言ったと、八城くんから聞いた。だからお前が決めれば良い。全員を殺すか、全員を生かすか、失敗すれば全員死ぬ。逆に成功すれば全員生き残る……かもしれない」
「そんなの……でも!だからって!私が!こんな責任……」
「責任は等しく全員が負っている。そして私は全員が生き残る可能性が高い手段を取る。お前は西武中央でシングルNo.だと聞いた。私は東京中央No.一〇の白百合紬。私が戦場に出たのならこのNo.に相応しい働きをする義務が私にはある。そしてお前にも背負ったNo.に相応しい働きをする義務がある」
紬はあくまでも認めはしない。
自身の思い描いた願望を奪った『浮舟桂花』を……
今、目の前でへたり込み、誰かに縋らなければ立ち上がる事すらままならない彼女を紬は認めない。
ただ、それでも紬が桂花を信頼出来るとしたら、No.制度の中で紬よりも上のNo.を持っているというただ一点の事実だろう。
1点、 だけ。
だが、一点でも信用出来るのなら、戦場での紬にとっては十分過ぎる価値だ。
「私は今のお前を信用しない。だけどお前に与えられた、戦場でしか認められないお前の背負うNo.は間違いなく信用に値する」
四年という年月の中で紬が知ったのは、頼れる仲間と頼れない人間の区別でもあった。
いざという時逃げる人間は得てして、上のNo.に名を連ねる事はない。
そして間違いなくシングルNo.は一筋縄では受ける事は出来ない事は紬が誰よりも知っている。
そのNo.は昔の紬が喉から手が出る程欲した栄誉であった。
そして同時に八城の隣という、どちらも紬の欲しい物を持った彼女が、根本として見た時に、無能である筈がない。
「お前は考え過ぎている。相手が姉でも兄でも関係ない。助けられなかった人間はこの世界では死んでいる。だから似た姿を見たのなら迷わず殺せ。そして最後にこれだけは言っておく」
冷淡でも、ましてや冷酷でもない。
いつも通りの紬にも見えるが無感情にも似た空虚を孕んだ瞳で紬は桂花を見つめ、あまりに自然体でその言葉を口にした。
「次に私がクイーンを撃つ時に邪魔をしたら、真っ先にお前を殺す」
言うべき事は伝えたとそれ以上は桂花へ言葉をかけることも気遣う為に一つ振り向く事もなく、暗く滲んだ木陰を蹴って紬は桜の待つ戦場へと躍り出た。
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