第225話 後顧7
八城が三人へ話をしたその晩のこと、数人の西武中央所属の常駐隊員が八城宅へとやって来て、桂花と八城を本部へと連れて行かれた。
一番街区と西武中央は目と鼻の先にある為、
中央本部前で置き去りにされた八城と桂花だったが、仲睦まじい会話などはなく、一番隊宿舎での出来事が尾を引いているのは明らかだった。
気まずい沈黙中、八城は仕方なく議長室の扉を開く。
「やあ、良く来たね東雲八城と、久しぶりだね!姉さん」
楽しげに跳ねる口調の丹桂は姉との再開を喜んでいるのか、いつにも増して上機嫌な様子だ。
「さぁ姉さんはこっちに、東雲八城は……その辺に適当に座ってくれたまえ」
桂花はフカフカのソファーに、そして八城は壁にかけられていたパイプ椅子を開きにそれぞれ腰掛ける。
丹桂は鼻歌を口ずさみながら、お茶の準備を進めて行く。
「姉さんすまないね、急に呼び出して」
「いえ、構いません。それより私と八城さんを呼び出した理由を聞いてもよろしいですか?」
「そんなに何を焦るんだい姉さん?少しお茶でも飲んでゆっくり話でもしようじゃないか」
何処までも他人行儀な桂花の物言の桂花に対して、丹桂はそんな事を気にした様子はなく怖いぐらいの笑顔で桂花の前にお茶を差し出して行く。
「姉さん、最近はどうなんだい?ちゃんと上手くやれている?東雲八城とは順調かい?」
「丹桂、好い加減にして下さい。私も八城さんもそんな事の為にここまで来たわけではありません。用件がないのなら私達はこれで失礼しますが、それでいいのですね」
「……分かったよ姉さん、本題はこっちだ」
急かす桂花に諦めたように丹桂は一枚の紙を差し出した。
その一枚の紙は、改めて確認を取るまでもない。
西武中央から正式な形で発出されたクイーン討伐に関する指令書だ。
「そうですか、とうとうこの時が来たのですね……」
「姉さんは後方に東雲八城と一緒に待機していればいいよ。あの未熟な兵の運用と作戦指揮だけで、どれだけの戦果を上げられるかは分からないけど、住人のガス抜きさえ出来れば当面の問題ないからね」
あくまで住人の不満の解消が先の目的であると、丹桂は嘯く。
きっと本質的な嘘ではない。
後の結果として、西武中央住人を大勢失う事になろうとも住人が望んだ結果の代償を住人が払うだけだ。
八城は念のため、差し出された資料にあるクイーンの所在位置とテルから渡されていた『特別なクイーン』の所在位置を提示された書類と照らし合わせてみる。
「やっぱり位置は一緒か……」
丹桂は奇しくも『臨界』に達したクイーンに子供を喰わせる事によって住人を犠牲にするのだろう。
それも、丹桂、桂花、両名にとっての実の姉を素体とした『クイーン』に
「そうか……丹桂お前はずっとお前ら兄妹を見殺しにした住人を恨んでるんだな」
八城の吐き捨てる言葉に二人のよく似た二人の視線が八城へ突き刺さる。
そう、きっと『浮舟丹桂』は東京中央の事も恨んでいた。
初めて生身でのクイーン討伐を為したのは東京中央、一番隊『野火止一華』
そして、奇しくも二度目にクイーン討伐を為したのは東京中央、八番隊『東雲八城』
当然、八城へお鉢が回って来るのは当然の流れだった。
浮舟丹桂が発案した作戦は簡単だ。
『二〇〇名の少数精鋭をもって、速やかにクイーンへ奇襲を掛けこれを殲滅する』
最早作戦と言っていいのかも怪しいレベルの作戦内容に笑いすら起こらない。
災厄の筋書きの序章にしては幸先の良いスタートだ。
そして、次に起こるのは臨界個体に喰わせる事によって、巣分けを誘発させ番街区を潰していく。
そうなれば、疲弊した西武中央では『新規ルート』の開拓など出来る筈もなく、個々散り散りに孤立した西武中央番街区はそれぞれに自滅を余儀なくされるだろう。
となれば、西武中央で残された議長。
全ての作戦を司った最高責任者、つまり西武中央のトップである『浮舟丹桂』は西武中央においてただでは済まない。
いや、もっと言うのでれば『浮舟丹桂』はこれまでの責任追及の悪意を一手に引き受け、最悪残った住人の手によって確実に殺される。
だからこそ兄は、ずっと妹二人を気に掛けていた。
汚名を着て名前が変わっても、兄はやはり兄のままだった。
だから、あの日G.Oと名乗ったあの大男は、らしくもなく八城へ頭を下げたのだ。
そう、あの大男らしくもなく頼み込んだ。
八城に『クイーンを倒してくれ』と
「お前ら知ってるか?死ぬよりはマシって言葉があるんだぜ、ついこの前俺も知ったんだけどな」
きっとこの二人は死んだ方がマシという口なのだろう。
だが、未だ『生きた事しかない』人間がそんな戯言を言うのは早過ぎる。
「最近俺も知ったんだが。これが以外に言い得て妙でな。死んだ方がマシって言葉も、死ぬよりマシって言葉も、死んだ事のない人間が言うにはちょっとばっかり無理がある……お前らはそう思わないか?」
つまり所、どんな見識者も知らない事実だ。
死後を語るのは随分と行き過ぎた意見だろう。それも冗談で言うのならまだしも、本気で言うのならこれ以上たちの悪い冗談もない。
「確かにそうかもしれないね。でも死んでみたら案外いいところかもしれないよ?死んだ人間にも会えるかもしれない」
丹桂が冗談めかした、ともすれば綿菓子よりも軽く甘い口調は諦めたように蠱惑的でもある。
「そうかもな、だがお前らが頼った姉も兄も、もうお前らを守っちゃくれないぞ」
あの頃は良かったと、色褪せない記憶の色を並べても先は続かず、いつの間にか向いていた方向さえ分からなくなっていく。
浮舟桂花はこれから死地へ向かう子供へ
浮舟丹桂は姉である『浮舟桂花』へ
それぞれが向けた優しさという免罪符の元に、自身の死を許されると思っているのならそれは大きな驕りだ。
「だから、これだけは断言してやる。死んだ先にお前の思い描く幸せなんてない。俺やお前達、それにこの番街区の住人にとっても今が最高なんだ。昔はもう少し生き易かったかもしれないが、今生きてる俺達は今が最高で、最低なんだ。お前らが見下げている過去に今はない。だからお前たち二人の願いは絶対に叶えさせない」
二人の散漫となっていた意識が今は八城一人へと注がれる。
ある意味の敵意と、興味の入り交じった剥き出しの感情だが、もっと恐ろしいものを知っている八城がこの程度で臆する事はない。
「お前達は、お前達の命に課せられた責任を果たしてない」
八城自身が次へ托す人間を見つけられていないように
この二人へ命を托した人間が居る。
八城は決して認めていない。
許さないのではない、認めていないのだ。
認めていないというのは意見の食い違いなどという生易しいものではない。
つまる所、戦争だ。
どちらの意地が
どちらの実力が
どちらの暴力が
どちらの知略が
どちらが自分を通すかの戦争だ。
「叶わない?責任?東雲八城、キミは一体何を言っているんだい?」
ゆったりとしたいつも通りの口調は、この場で決定的な違和感を産み落とした。
八城で微かに感じるこの違和感を、姉である桂花が見逃す筈もない。
「そうやって何時までも恍けたふりをしてればいい。だが、お前の姉は気付いたみたいだけどな」
話は終わりと、八城はテーブルに置かれた作戦詳細の書かれた紙を持ち去り席を立つ。
「とにかくだ。作戦の受領はした。後はこっちの仕事ってことで口出しは無用だ。行くぞ桂花」
八城の言葉に桂花は反射的に席を立ち、家族らしからぬ一礼を丹桂へ向け、部屋を後にした。
濃淡の斑を携えた雲の隙間から夜月が浮かび上がり、街路樹の紅葉が極まった血流にも似た細い紅が夜闇を彩っていた。
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