第141話 66番街区2

三郷善

元111番街区常駐隊隊長であり、その昔八城と共に八番隊にいた隊員でもある。

「へ〜お宅が九音ちゃんのお兄さんなんや〜〜。へ〜中々男前やないかい!ほんまに羨ましぃわ!」

八城を覗き込み、舐め回すような視線に居心地の悪さを感じ、偽城天音を見返したが、本人に気にした様子はなく、無遠慮に近づき雪光にまで手を伸ばして来る始末だ。

「おい!善こいつをどうにかしろ!」

「僕に言われても困るよ、偽城さんは僕に止められるような人じゃないんだよ」

肩を竦めて見せる善を見た初芽は、八城と偽城の間に身体を割り込ませた。

「そうかい、偽城さんと言ったかな?八城は今残念ながら私の物だ、人の男を見るなら私の許可を取ってからにしてくれないと。それから、三郷善とは初めましてかな?私は十七番隊隊長を務めている……いや、今の君は中央を離れているからNo.は意味が無いね。私は斑初芽という。八城とはまぁ、生死を共にしている仲だと思ってくれていればいいよ」

笑ってはいるものの、その実笑っていない。それは八城にも善にも分かる。

「十七番。噂には聞いていたよ。腕利きの女隊長だね。君はある意味東京中央では八城の次に有名人だったんじゃないかい?」

「そうだね、裏切り者にも覚えてもらえているなら、名声を手にした甲斐もあったというものだよ」

「裏切り者かい?今の東京中央で僕はそう呼ばれているのかな?まぁ予想出来なかった事じゃないし、そもそも本当の事だから良い訳のしようもない甘んじてその名前を受け入れるよ。それで?君達は僕にそれだけを言いに遠い道のりを此処まで遥々来てくれたのかい?」

何か続けようとした初芽だが、八城が初芽を後ろに下がらせる

「俺は健康診断に来ただけだ。たまたまお前らが此処に居ただけだろ」

「そうなんだね、じゃあ丸子さんを呼んで来ようか?」

「……というか、何であいつは出て来ないんだよ!もしかしてあいつお前らに外の対応を任せて研究してるのか?」

「彼女は天才肌だからね、気まぐれというか、使える物は誰でも使うと言うか……ある意味では野火止一華よりも扱いに困る人物だよ」

「今行くと面倒だな……なら先に案件だけを済ませておきたい。一華は居るか?」

「一華のあねさんは、九音ちゃんと一緒に出かけてもうてん、もうすぐ帰って来る思うけど。待つなら中がええっちゅうこっちゃ!さっ!中で!入って入って!」

押しの強さは、関西特有なのかそれとも彼女自身の人間性なのか、何方にしても思惑が分からない以上警戒せざるを得ないのは変わらない。

「じゃあ邪魔する。初芽入るぞ」

「ああ、了解したよ」

二人は玄関先で靴を脱ぎ綺麗に整理された廊下を進んで行く。

通されたのは一階居間部分、畳みが敷かれた八畳程の部屋だ。

善は座布団を二人分手渡し、天音はお茶の用意をするため、奥のキッチンスペースへと向かって行った。

三人がとりあえず腰から下げている量産刃と八城は雪光を外し自分の脇に置き、座布団の上に腰を落ち着ける。

「それで?八城。今度は何をやらかしたんだい?」

「何で俺が何かやらかした事前提なんだよ。それに何かやらかしたのはお前だろ」

「あれ?そうだったかな?」

戯けてみせる善に我慢ならないと初芽が口を開く。

「白々しいね。君のせいで東京中央は管理能力を疑われてしまった。横須賀中央からの要求を吞まざるを得ない状況まで来ているんだよ。その皺寄せのために八城が今無理をしてまでこうして動いているんだ。そう三郷善、全て君のせいでだよ」

初芽は冷静を装いながらも、声音の根底に怒りを内包しながら問いかけた。

「そうだね、その通りだ。だけどね、もし八城が今の状況が嫌ならこちら側に来れば良いのさ。そうすれば今の面倒な仕事からも解放されるだろうしね」

「それが出来ないから八城は此処にきているんだろうさ」

「僕は君には聞いていないよ、そもそも何故君が此処に居るのか僕は疑問でならないよ」

「誰かが見ていなければ八城は直に無理をする」

「それならなおの事ご苦労だったね。大役を押し付けられてさぞ迷惑だったろう?此処からは八城の事は僕らに任せてくれていいよ」

「それを信用出来ると本当におもっているのかい?」

「君に信用してくれと思って言っていないからね、そもそも今日あったばかりの君に……」

「喧嘩するな」

八城が何処までも続く会話の応酬に言葉を挟んだ。

「お前ら元気だな、俺は数日前から何かと考える事が多くて頭が一杯だ。頼むからこれ以上無駄な事に頭を使わせないでくれ」

「でも良いのかい八城!彼は東京中央も!ましてや友人である君も裏切ったんだぞ!」

「良いわけはない。だが此処でこいつを責めた所でこいつが何をしたとしても今の問題が解決する訳じゃないからな。追求をするなら全てが終わった最後の最後だ」

「懸命な判断だと思うよ。それでこそ八城だ」

「だが忘れるなよ、お前が桜や紬に……」

それ以上の言葉は八城を襲った衝撃と共に掻き消されていた。

「八城さんだ!!何で此処に八城さんがいるんです!!」

八城は突如として降り掛かった声と横合いから覆い被さられた重圧によって組み敷かれていた。

ついこの間まで八城が訓練生として接していた少女。そして桃と美月を裏切った少女でもある。

「……雛か?元気そうだな」

「はいぃ!!八城さん何で此処に?会いに来て下さったんですかぁ!!」

篝火雛は八城が居る事に気が動転しているのかグルグルとした目で八城の胸元に顔を埋め、あろうことか匂いを嗅ぎ始めた。

当初であった時のオドオドした雰囲気はなくなり、やけに上気した息が八城の頬に当たってくる。

「近い!近いから!ちょっと離れて!」

「無理ですぅ!!もう離れる気はありませんからぁ!!」

「お前また薬キメてんのかよ!ちょっと!この子!そちらさんの担当でしょ!どにかしてくれ!って雛!服の中に手を入れるんじゃない!変な所を触るな!」

雛は辛抱堪らんと八城のあらゆる所を弄って来る。

「はぁはぁはぁ……もう我慢できないです!!」

「誰か!変態だ!変態が出た!誰か助けてくれ!」

八城の叫びに善は我関せずと動かない左腕を持ち上げる。

「いやぁ、僕に言われてもね。僕は裏切り者だし、何より何せ手が回らないからね」

「八城?君は一体何をしているんだい?」

「お!八城のあんちゃん、なんや?こないに昼間から女侍らせよってからに、うらやましいなぁウチも交ぜて欲しいもんやわ」

お盆の上に人数分のコップを乗せた偽城天音は、言葉の割になんら特に気にした様子も無く、余っている座布団の上にどっかりと座る。

誰も八城へ手を貸す気はないらしい。

「雛!好い加減落ち着いてくれ!頼むから!」

「無理です!!!八城さん!!!ああ八城さん!!八城さん!!」

「ちょっ!本当に待った!怪我人だから!また傷口が開いちゃうから!」

二人で揉みくちゃになって騒いでいると、痺れを切らした地下研究室の住人が訪れた。

「てめえら!うるっせえんだごら!ごたぐちゃごたくちゃしやがって!静かにしろってなんべん言わせりゃ気が済むんだごらぁ!」

いつも通り小汚い白衣に身を包み、だがその上からでも分かる豊満な双丘からは、邪魔じゃないですか?片方も持ちましょうか?と尋ねたくなるジェントルマン精神をくすぐって来る。

「よう、丸子お前も元気そうだな」

「おう八城、てめえもしぶとく生き残ってやがったか」

66番街区から研究員は引き抜かれてなどいない。

その月下かおるがもたらした情報には語弊がある。

66番街区はそもそも北丸子という人物が取り仕切る少々特殊な番街区である。

と言うのもこの番街区において常駐隊隊長よりも北丸子単体の方が発言力を持っているからだ。

彼女北丸子が、他常駐隊隊長よりも発言力を持っている事が大きい。

例えば、雨竜良が常駐隊隊長でありながら自由に野火止一華の情報を集めていたように……

「丸子、お前いつからだ?」

その言葉の裏を読めない程北丸子は頭の回転が遅くない。

早い故に今の状態を作り出している事も十分に考えられる。

「89の時には、こいつらはこっちに居やがったな。八城私は、誰にも悪いとは思わねえよ、だから謝らねえ。私がしているのは人を救う為の研究だ」

「だろうな、考えてみれば、お前らしいと言えばらしいのかもな。だが正直お前が真っ先に裏切ってるとは思いもしなかった。東京中央街区遠征隊シングルNo.元二番、北丸子」


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