第113話 鬼影20

111番街区では花火を幾つも散らす剣戟が繰り広げられていた。

「善!お前これ!どうするつもりだ!」

八城は、桜から繰り出される刀をいなし、倉庫上で静観を決めている善を睨む。

「僕に言われても困るよ、文句は全部野火止一華に言ってくれないかい?そうだ、これから一緒に文句を言いに行くのはどうだい?八城も一緒に来れば文句も良い放題だよ?」

「あぁ!本当にクソだ!」

やけくそにも見える一撃だが、八城は内心焦っていた。

それは鬼神薬によって引き出された純粋な桜の実力だった。

力量は同等かそれ以上。

これ以上打ち合えば負けるのは八城の方かもしれない。

だが……

「紬!」

「了解」

掛け声と共に代わる代わるに桜の刀を受け止める。

「あっあが、うぅぅう」

桜は二つの影を見つめながら、止め処もない激情を手の中に握りしめた。

それが人の命を絶つに足る鋭さを伴いながら振るわれている事は、桜には分からない。

ただ、桜には自身を守る為に、思考の端に掛かった、彼のおぞましさを淡々と斬りつける。

それはどんな影だったか?

二振りの凶刃を持った化け物か?

邪悪と幼さが同居した笑みか?

美しい一刀の元で、自らを下した白い刃か?

違う、自身が負けた経験、その全てだ。

次は負けない。

無邪気な子供の思考が、

諦めの悪さが、桜の原動力となる。

だからこそ、かたく、堅く。その力が崩れる事はない。

その根底を引き出し、鬼神薬は桜を間違った前に進ませる。

流れと逆らう二振りは、桜にとって脅威ではない。

歪みが見える、その歪みが、桜へ次の最適解を教えて来る。

切り結ぶ事はしない。弾き返せ

穿ち、抉り、削ぎ落とす

だがもう一つ、僅かな隙を駆るように入る歪みは、間隙を見逃さない。

僅かなズレすら許さない中で、それは我が物顔で戦場をすり抜ける。

打ち合い、受け流せず、深く後退する。

一進一退の攻防の中での歪みは

酷く小さい。

歪みの小ささは、自分と相手の実力が拮抗している事を示している。

だから、まず狙うのは…

桜の思考を掠めたのは小さな歪みと二人の立ち位置。

一撃を拮抗した相手と打ち合い、後退したと見せかけて刀を逆手に持ち、身体を反転させながらその刃をもう一つの歪みに叩き付けた。

ギリギリで回避されたが、上乗だ。

確かな傷を与えた事は血の付いたその刃を見れば明らかだ。

紬と八城は同じ様に後退する。

「紬、大丈夫か?」

「痛い……最悪」

紬は、この戦闘の前に負った傷も含めこれ以上戦闘をこなす事は困難だ。

それに目の前の桜は、傷を負った人間に手加減をしている様には見えない。

「俺も鬼神薬を飲めばあんな感じなのか?」

「その通り。それから私は、これ以上は保たない……どうする?」

紬は最後の確認とばかりに八城に問いかける。

それはつまり、桜を生かすか殺すかの問いかけ。

味方を殺せば、殺した味方は一体どうやってこの世界で生き方を見つけるのか?

紬はまだ知らない責任。

そしてずっと知って欲しくない責任の名前

だから八城はその問い掛けに対して首を横に振る。

「駄目だ。殺さない、俺が何とかする」

「ん、了解」

短期決着を目指すなら、最も簡単な方法は殺してしまう事だろう。

だが二人はそれを選ばない

「随分素直じゃないか?」

「私は以外と、桜が嫌いじゃない」

「奇遇だな、俺もだ」

迫る鈍色は確実に八城と紬を牽制し、着実にその命を刈り取りに掛かる。

「紬!俺が抑える!最後は任せた!」

迫る刃を潜り抜け桜と一足一刀の距離。

それは決して偶然ではない。

二人が知る中で最も早く確実な一刀。

映し鏡のように同じ半円を描きその力の全てを刃に乗せる。

片方の刃には容赦も躊躇いも、迷いも無い。

殺人の一刀。

対する片刃は、無殺の刃。

決して殺す事をよしとしない。

二枚の刃。

どちらが強いかなど明白だ。

思いの強さで、強くなる世界など無い。

だからこの世界では、無駄を減らした人間だけが、勝ちを手にする事が出来る。

実力とそれに付随する無慈悲が、結果に繋がって来た。

そうして八城は今日まで命を繋いだのだから。

「桜、戻って来い」

八城は駆ける。

それを敵対として応じるために、桜も前に

焦点の定まっていない桜の瞳は、それでも寸分違わず、八城の刀を打ち付けた。

八城が僅かに押される。だが構わない、狙いはそこではない。

押し込まれた二刀目の刃を往なす

コレも桜が早い。

切り返しの三撃目を受け止め、受け止めた刃を刀の上で滑らせる。

八城は、苦し紛れの殴打を桜の脇に放つが、それでもひるむ事なく前進し刀の柄で八城の眉間を抉る。

「クソっ……」

八城は、返しとばかりに刀を振るうが、軽い音で弾き返され、腕の内側をそのまま切り裂かれる。だがこれで八城は止まらない。

「八城君!」

叫ぶ紬の声を聞きながら八城は最後の打撃を放つ。

肩口に柄をねじ込み、鳩尾を拳で穿つ。

思わず八城は大きく後ろに下がる。

というのも桜が八城の腕に噛み付いたからだ。

右腕の傷跡にはくっきりと歯形が付いていた。

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