第111話 鬼影18
時雨は、来ていたレインコートを地面に無造作に落とし、目の前に居る敵を見つめる。
「つうこたぁよ?てめえがこの惨状を作ったってことでいいんだな?」
時雨の問いかけに意味のある言葉は返ってこない
代わりに雛の不気味な笑みが返ってくるだけだ。
「なぁどうもピンとこないんだがよ、フレグラってのは、そんなに気持ちがいいもんなのかねぇ?」
雛は足りない人影を確かめる様に、時雨の後ろに視線をやる。
「ねえ、何で八城さんは居ないんですか?」
「おいおい、頼むぜ!言葉のキャッチボールをしましょうって学校で教わらなかったのか?お前の今の球は、酷い暴投だぜ」
「答えて下さい!何で八城さんが居ないんですか!」
雛が正気ではないのは、今来たばかりの時雨でも直に分かった。
「っち!あぁ?大将は今大事なデートの真っ最中だ。餓鬼のお守りをしてる暇はないんだとよ!」
雛は大きく瞳を瞬かせ苛立ち紛れに量産刃を近くの洗濯機に打つけてみせる。
「勘弁してやってくれよ!洗濯機は悪くねえだろうが!その洗濯機がなにしたってんだよ」
時雨は当たり散らす雛を面白おかしくおちょくってみせる。
「ねぇ?真面目に答えてくれませんか?八城さんは今、何処で、何をしているんですか!」
時雨は耳を通り過ぎる雛の声を聞きながらも、手前の美月の容態を横目に確認、雛の手前にもう一人隊員が居る事を確認してこれ以上は悪手になりうると、態度を改めた。
「大将は今111番街区で、お前らの大将と、話しを付けに行ってる頃じゃねえのか?」
中間地点に現れたのは時雨ただ一人だ。
八城が来る事を前提に考えていた雛だけに、その落胆は大きく感情を揺さぶった。
「そんな筈ありません!八城さんはここに来る筈なんです!そうじゃなきゃ!このビーコンが何の為にあるんですか!」
「そんな事があったから、私がここに来てんだろ?私だって別に好きで来たわけじゃねえよ。私に当たり散らすな」
「五月蝿い!五月蝿い!じゃあ!九音さんがここに来る意味がないじゃないですか!」
「九音さん?って、誰だそいつ?」
「五月蝿い!」
死ぬ程面倒くさそうな時雨の態度が気に食わないのか、雛はさらにその声量を荒げていく。
「そもそもあんたみたいな、下劣で品性の欠けた女が!何で八番隊に居るんですか!」
「下劣で品性の欠けた女ねぇ、否定は出来ねえな!それと私が八番隊に居るのは、お前よりちょっと大将に縁があったからにきまってんだろうが、何でもかんでも人様に当たり散らすんじゃねえよ、みっともねえ」
これ以上ない正論は人を静かにさせるとはよく言ったものだ。
「おう、それで?お前の友達は、いつこっちにくるんだ?」
「言う必要はないですね」
「そりゃねえだろ?友達が来るなら、ちゃんと用意をしてやらねえと、いけねえだろうが」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべる時雨を汚らしい物を見る目で返す雛。
「何処までもふざけた女ですね」
「おうよ、だが、てめえも存外ふざけてると思うがなぁ……」
時雨が見つめるのは二つの影。
一つは横に
一つは目下に倒れている。
「私はなぁ、仲間に裏切られてクソみてぇな場所で、大将に助けられたんだ。そん時きゃ思ったもんだぜ?こいつらは悪党だってなぁ……だが違った、私を置いて行ったそいつらは悪党じゃねえ、只の臆病者だ。臆病だが、臆病故に、そいつらは正しい。まぁ紬に言わせりゃ言語道断もいいところなんだろうがなぁ」
「何が言いたいんですか?」
「つまりだ、お前は何がしたくてこの二人を裏切ったんだ?」
時雨の行動原理は単純明快だ。
目には目を歯には歯を。
さながら、ハンムラビ法典の様に、受けたなら、受けた分を返す。
だからこそ、時雨は誰よりも冷静に、熱さ知らずの心を保ち続ける事が出来る。
だから返す分は、時雨にとって何よりも重要だ。
裏切ったのなら、裏切りを持って、その受けた仕打ちを返す。
そのたった一つの行動原理は、時雨の望みを悉く叶えて来た。
全ては先に進む為に。
「答えろよ、クソ餓鬼。てめえが斬った人間がそこに二人転がってる。良かったなぁ私は二人がまだ生きてるから、お前に問いかけてやってるんだぜ?」
でなければ、時雨は即座に篝火雛という人間を斬って捨てていた。
「私が二人を裏切った理由?」
だからこそ、時雨は初めて迷ったのだ。
「そんなの簡単です」
篝火雛が秘めた決意の在処を知って
「恩を返すんです」
純粋な思いは、他を蔑ろにしようと、成し遂げる事をして来た時雨だから
「八城さんに貰った命を、今度は八城さんに」
雛の気持ちだけは分かってしまった。
「今度は私が!」
だから雛が発した、その言葉の意味を時雨は聞き逃さなかった。
「八城さんを助けるんです!」
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