第107話 鬼影14

善は桜の一言に笑顔の表情も暗転させる。

「僕が仮に、しないと言ったら?」

「してください」

「答えになっていないよ?桜さん」

二人は毅然と睨み合う。譲りたくない言葉をこの場で出し尽くしたとて、何方かが道を譲る事は無いのだろう事は二人にも分かっている。

「戦いたくないんです。元八番隊だった人。それに隊長の友人と……だから今すぐ、投降して下さい」

「僕もだよ」

だがその答えとは裏腹に、善は動く隻腕で刀を抜いて見せる。

「僕も、八城の仲間と戦うのは気が引ける」

「なら!」

そう叫ぼうとした桜の言葉に、善の言葉が覆い被さった

「だけど!きっと!そうやって!君達が八城を殺すんだろう!なら僕は八城を助ける為に、君達の敵になるしかない」

たとえそれが隻腕で片目が見えていなくとも。

善がこれからどのような行動を取るのかだけは、桜に伝わっていた。

そして何より桜にとって、聞き捨てならない言葉が含まれている。

「私達が?隊長を殺す?」

「そうだ。君達が八城を殺すんだよ」

感情に任せた一振りが桜を頭上から襲うが。

遅く

軽く

何より実直な一撃。

容易く凌ぎ、振り払った。

桜の抱いた感想は一つ。

今まで見て来た誰よりも弱い。

これでは桜が本気を出さずとも、相手にならない。

そしてそれは善自身が誰よりも理解していた。

「やっぱり、僕のこれじゃあ、軽くて使い物にならないね……かと言って、ここでは銃撃はできないし、どうしたものかな」

無論、軽いのは武装ではない。

武器鋳造には重さの若干のバラツキはあるものの、一定の基準内に収める事が、原則となっている。

では何が軽いのか?

それは桜の口から発せられた。

「……はい、今の一撃が本気なら、私はあなたを斬れません」

「その言葉が、今まで中で一番傷ついたよ」

刀は基本、その一本を、二本の腕で支え、使用する。

遠征隊、常駐隊が支給される打刀と呼ばれる刀の種類は、通常小太刀と併用する二刀流は存在するが、打刀を二本使用する事は滅多に無い。

何故か?

理由は簡単だ。それは重さ故に振り切れず、特に善のような片腕の腕力では振り抜きの速度に限界があるからだ。

打刀は二本の腕がある事を前提に鋳造される。

腰を溜め、下半身の力を二本の腕を通して刃に乗せ、上半身を振り抜き、初めてその本領を発揮する。

だから当然なのだろう。善の放つ一撃は、子供のチャンバラにも劣る。

受け流す事も、それを止める事も、今の桜には容易にできてしまう。

「片腕では無理ですよ……それに隙だらけです……」

桜は振り抜いた刀を善の肩口、上腕、大腿部、喉元で止めてみせる。

それは決定的な隙の数。

そしてその数はそのまま桜が善を殺そうと思えば殺せた数だ。

「もう辞めて下さい……貴方は、戦えません」

その言葉は戦って来た者からすれば絶対に言えず。

戦っている者からしても言えない言葉。

口にするのも憚られ、相手を侮辱しているのと同じ事だ。

だから桜は出来れば言いたく無かった。

傷つけると分かっていたから。

そしてそれは、今の善の表情を見ても明らかだ。

「もう辞めませんか?何が原因で、どうして善さんがそちら側に居るのかは分からないですけど、こうしなくとも他に方法がありますよ。だから……」

善はその言葉を聞き届ける事なく繰り出す。

だがそれも桜の刀に受け流され、善は大きくタタラを踏む。

「だから?なんだい?だから戻れと!やっぱり君達は寝ぼけているみたいだ!だから嫌なんだ!本当に……」

僅かに怒りを見せた善だったが、それを己の内に飲み下し平静を取り繕う。

「だから!どういう事なんですか!何も喋らず!一人で喋って!こんなの!何も解決しないじゃないですか!」

桜は気が気ではない。それもその筈、起こっている情報量がとっくの昔に桜の許容を超えているのだから。

「君達に……特に八城の代わりとなる君には、何も喋る事はないよ。だからもうこの時間も終わりにしよう」

善は刀を納刀し、懐から圧力注射器と呼ばれる針のない注射器を胸元に当て、そのまま薬液を身体に流し込んだ。

「カシュ」っという微かな空気の抜ける音が桜に耳に届き、その異変に目を細めた。

今までと違う。それは直感でない、今目の前で起きている事象が桜に警鐘を鳴らしていたからだ。

「本当は動いたんですね」

桜は刀の構えを解く事はしない。それどころかより一層構えを、深く、低くした。

「違うよ。さっきまでは動かなかった、でもね僕でもフレグラを使えば動くようになる」

桜にとって聞き覚えのある名前。

桜の知る形状は錠剤型だが、注射による投与であれば成る程、効果の回りは早い筈だ。

「フレグラ?」

だが。そう尋ねる桜にとって重要なのはそこではない

それは妹を恐怖の淵に追いやった物の名称

「そうさ、フレグラだよ」

だから桜は聞かざるを得ない。その名前を聞いたからには……

桜も、もう引き下がれない。

「一つだけ聞かせて下さい。貴方が妹に……桃にフレグラを渡したんですか?」

「ん?ああ、そうか君達はそこまでは知らないんだね」

飄々と答える善の一挙手一投足を桜は見逃さない。

そうして見つめていた桜の視線が一瞬ほんの僅かな時間……

「そうだよ、僕がコレを渡したんだ」

桜をどす黒い感情が支配した。

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