第76話 訓練3
その日、八城の担当した三人は日没近くまで建物内を仮想敵を想定した動きを確認し、今日の訓練が終了した。
八城と三人は最初の部屋に戻り今日見た想を一人一人に言っていく。
「まず、美月。お前はとにかく基礎体力が足りないな。ついこの前まで他の番街区内で暮らしてたのは分かるが、身体が追いついてない。動きは教本通りに動けてたから良かったんじゃないか」
美月は嬉しさ半分情けなさ半分といった様子で八城の言葉をしっかりと受け止めている様子だ。
八城は一つ頷き次に目を移す
「桜妹……お前は本当に桜の妹だって分かる動きだったな」
「それどういう意味?」
不服を隠すことなく桃は八城を睨め付ける。
「何だ?不満そうだな?」
「お姉ちゃんと同じなのは嬉しいけど、褒められてる気はしないわね」
「まぁ、褒めてないからな」
その八城の言葉に桃は明らかな膨れっ面だ。
「お前さ、自分が前衛だって分かってる?」
「はぁ?分かってるけど、だから前に出てるでしょ?」
何を馬鹿な事を言っているのかという桃の表情に、八城は殴り掛かりたい衝動をグッと抑える。
「お前が無意味に前に出るから隊全体の疲弊が早いんだよ。確かに地点から地点まで最速最短で付くのは理想だけど、お前が前衛である限りはお前の後ろに二人が付いていかなくちゃいけないわけだ。もし仮にお前が前に出過ぎて負傷でもされてみろ、残り二人は攻撃に必要な要を失うばっかりか、なまじお前を見捨てたとしても前衛が居ない中じゃ撤退も危ぶまれるんだぞ?」
「うっ……それは、はい……」
「それから、お前はどんな敵とも戦うつもりなのか?」
それは訓練中の桃の挙動から明らかだった。
「個体にはフェイズ1、2、3、4があるんだぞ?お前らが相手にすべきなのは精々フェイズ1までだ、残りの三つが出てきたら何でもいいから死ぬ気で逃げろ」
「ちょっと待って!フェイズ2は部分強化型が殆どでしょ!私でも勝てるから!」
「勝てる訳があるか!無理無理無理無理!絶対無理だから!桜でもフェイズ2一体相手に勝てるかどうかの相手にお前が勝てる訳無いじゃん!」
「ムカッ!そんなのやってみないと分からないじゃない!」
「分かるよ!無理だよ!絶対無理!今のお前じゃフェイズ1にも勝てないよ!」
「勝てます!!勝ちます!負けないから!今日来たばっかりの人に私の実力が分かる訳ないじゃない!」
「大体分かるわ、ってクソ……お前と話してると話が先に進まねえよ。後で不満は聞いてやる。次は雛だが……」
一番の問題はこいつ篝火雛だ。
「お前さ……一応これどんな訓練か分かってる?」
その問いかけに雛はわざとらしく視線を逸らした。
「もし分からないなら最初に聞いてもらうとか……さ?ねえ聞いてる?」
「八城が優しく諭そうと言葉を選ぼうとしていると、雛がぼそりと呟いた
「……分かってます」
「………じゃあ索的はしてよ!何で美月の背中ずっと見てるの!おかしいでしょうが!」
「そうだと思います」
雛は八城に詰め寄られると顔を赤くして俯きながら返事を返す。
「ちょっと!人の話聞いてる?説明してるんだからこっちを見なさい!」
「……無理です」
「無理ですじゃなくて!動き方が分からないなら教えるから!」
「分かるので大丈夫です……」
「え?分かるの?」
分かるのに動かない。これ如何に?
「動き方が分かってるならちゃんと索的しようよ?外に出たら人の命も掛かってるしさ」
耳たぶまで真っ赤にした雛は八城の言葉に逐一頷いて返す。
この様子を端から見たなら、八城が雛を虐めているように見えても不思議ではない。
「何で索的しなかったんだ?」
雛は少し長い前髪の隙間から八城を見つめ言葉を発しようとしてまた俯いてしまう。
「おいおい……俯いてるんじゃ分からないだろ、訳があるならさ」
と八城が雛に促そうとした時、八城は服の袖を美月に引っ張られた。
「あの、多分ですけど、雛ちゃんの様子がおかしいのは八城さんのせいだと思いますよ」
「ああ!そう言えば雛はあんたのファンだったわね、すっかり忘れてたわ」
後ろに立っていた桃は、その美月の言葉に得心が行ったとばかり柏手を打つ。
「ちょっと!ふっ……二人とも!何で言うの……」
掠れた声で一生懸命に否定しようとする雛だが、八城自身ファンと言われて悪い気はしない。
「実は雛ちゃん、八城さんに助けられた事が……」
美月が言葉を続けようとした瞬間、雛が美月に飛びかかり口を塞ぎに行く。
「駄目!駄目!二人とも駄目ぇ!言っちゃだめぇ!」
「助ける?俺が?」
八城は記憶を辿るが全く雛の顔に憶えが無い。
「成る程。だから今日の雛はガチガチに緊張してたのね、納得だわ」
「いっ言わないでよ桃ちゃん!」
「……よく分からないんだが、どういう事なんだ?」
「つまり雛はあんたに助けられて、その自分を助けてくれた恩人に自分が何処まで強くなったかを見せたかったけど、いざ本人を目の前にしたら、緊張で其れどころじゃなかったって事なんじゃないの?」
桃は、目をグルグルさせている雛を面白そうに眺めながらざっくりと説明する。
「桃ちゃん!」
「何よ、本当の事じゃない」
雛はその小さな身体を目一杯使い抗議の姿勢を示があっさりとした桃の態度に受け流されてしまった。
「でも……でもぅ……」
雛は美月を下に敷いたまま泣き出し、それを見かねた美月が膝の上に乗せ頭を撫でる。
「そうじゃなきゃあの子があんな男子に負ける筈が無いもの」
桃の口から出たその言葉は八城にとって以外だった。
「雛の強さは認めるのか?」
「当たり前よ。私がこの訓練施設で一番誰と戦いたくないかって聞かれたら、真っ先に篝火雛の名前を上げるわ」
珍しい、と言える程八城は桃の事を知らないが、桃の強さへの実直な姿勢は、今日の訓練内容からも伝わって来ていた。
「篝火雛は、どう強いんだ?」
八城は強気な桃にここまで言わせる雛の実力が気になった。
「雛の何がって言うなら、そうね…どんな手を使っても勝つっていう姿勢かしら。私には思い付かない様な戦い方なのよ、あの子。存外私や美月が作戦中に命を落としたとしても、あの子はケロッと帰って来るんじゃないかしら?」
「おいおい……」
「本当よ、あの子の強さは腕っ節とかじゃないもの。自分の命に絶対の執着がある事よ。だから他のどんな物でも奴らでも、例えそれが同じ人だとしても、自分の生き残る手段として使うんじゃないかしら?」
そう聞いて八城は一人の人物を思い浮かべる。
どんな手段を用いても生き残り、人も道具も全てを駆使して生き残る。
「そんな奴とチームを組んでて怖くないのか?」
「怖い?」
桃は聞いている意味がわからないと八城を見返す。
「だってそうだろ?自分の仲間を生き残る道具としてみてるなら、お前らだって何時裏切られるか分からないじゃないか」
「ああ、そういうことね、まぁ確かに裏切られたなら怖いかもしれないわね。でももしそんな事があるなら、私がその前にあの子を切るから問題ないわ」
「穏やかじゃないな」
「今の世界が穏やかじゃないんだから、私達だって穏やかじゃいられないわよ」
喋る桃の顔には邪悪な笑みが浮ぶ。
「言っておくが、お前が仲間を殺したとしてもお前にとって百害あって一理無しだからな」
「まあそうなるわね。お姉ちゃんにも会えなくなるし、できるならやりたくないわ。でもね……」
桃はステップを踏みながら八城に顔を向けた。
「私、必要なら躊躇わないから」
桃はそれだけ言い残し部屋を後にした。
時刻は十七時。その時刻は訓練の終了時刻を表していた。
八城は美月と雛に一言声を掛け、次いでその部屋を後にした。
というのも、八城は訓練が終わったらその旨を報告をしにいかなければならない。
本来であれば担当の裁量に任せられる所だが、今は謹慎の身。
八城は今日あっためぼしい事を書き記した紙を纏めながら廊下を歩く。
向かうのは指示書に記されている別棟四階の作戦室だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます