第68話 蠢動

八城はバイクを走らせ道半ば、見知った顔が現れた。

「あらあんたもう用事は終わったのかしら?」

そこには七十一番隊隊員と九十六番隊員を率いている麗がいた。

そして傍にはブスッとした面持ちの八番隊の姿があった。

麗は大体の話を紬達から聞いたのだろう。だから用事などという言い方をしたのだ。

「概ね終わったな」

「あらそう。それにしても八番隊は優秀ね。今時一つの番街区を三人で守ろうなんて馬鹿がいるのだから」

麗は憎々しげに呟くと後ろ指に八番隊を指差した。

「そんな馬鹿が居たのか?世の中末恐ろしいな」

「居たわよ、ほらそこに」

紬、時雨、桜が不機嫌そうに突っ立っている。

「おい!なんだ大将、その女と知り合いなのか?ああしろ、こうしろうるっせえったらねえぜ」

「私だって、もっと切れたんですよ〜」

「私も、もっと出来た」

三人はどうやら無理矢理に連れ戻された事が不満らしい。

「今状況はどうなっている?」

「状況……ね。他の隊が動いたみたい。四方の番街区に住人を移動させている最中よ。近場だと44番街区から55番街区へ住人を避難誘導している所だけど。私達が来た意味は無いわね。出遅れたし、何より他の隊が避難誘導しているみたいだから、私たちの今の仕事は出来る限り奴らをこっちに引きつける事が位かしらね」

つまり麗率いる九十六番隊は、奴らを引きつける事が任務内容ということだろう。

「なるほどな89みたいな作戦って事だな」

「その通りよ。それなのにどうしてなのかしらね?この子達引きつけるどころか、番街区内部で暴れているんですもの、とんだ猛獣よ」

麗は不貞腐れている三人をギロリと睨みつける。

「私は七十一番隊隊員と自分の隊の指揮を執るわ、八城は自分のところをやりなさい。私じゃこの子達は手に負えないわ」

そう言って麗は八番隊を除いた部隊に指示を出す。

なら八城も隊長らしく指示を出すしかあるまい。

八城は後ろ髪を引く思いを仕舞い込み、今ある者達と向き合う。

「お前らに指示を出す前に一つだけ言う事がある」

手始めに八城はそう切り出した。

「俺達は担い手だそうだ」

八城は三人を見渡し三人も八城見る。

「先達は、先を照らした」

その優しさを向けてくれた不器用な笑顔の持ち主

「俺達は照らした先を歩く義務がある」

最後まで涙を見せなかった強さを

「今ここで死ぬ訳にはいかない」

それは雨竜良という一人の男の物語。

「命令だ。この作戦絶対に生き残れ!」

「「「了解!」」」


♢     ♢


野火止一華は楽しげに、人気のない街を歩いていた。

「青いお空に〜白い雲〜今日は楽しいピクニック〜」

「いつもながら耳が腐り落ちるかと思う程下手糞ですね」

野火止一華に連れ立って歩く女はまたかと思いながら、その意味の分からない歌に突っ込みを入れる。

「今日は!じゃないわね!今日も!楽しい〜ピクニック〜」

野火止一華はこの中央と呼ばれる場所に近づくにつれて上機嫌になっていた。

奴らが居ようが、平気で大声を出して歌い続けている。

そのせいで、先ほど一つのビルに群がっていた、「奴ら」が一華の方へ標的を移し替えたのだ。

だが何より頭を悩ませたのはその群れに突っ込んでいこうとした一華だ。

そのせいで全員が戦闘に巻き込まれたのだ。

「あの!大きな声で歌うと奴らに気付かれるので辞めて下さい!」

抗議を露わにするその女などどこ吹く風で一華は悠々と歌いながら前に進んでいく。

「あっそれ!………ん?ん?んん!?ねえあれ何かしら?」

一華の目線の先に現れたそれは、鳥の様にも見えるが違う。

何故ならそれは大きすぎた。

そして楕円のに大きな羽が生えた形状。

好奇心に駆り立てられた一華の表情には嫌な予感しかしない。

「ねえ行ってみましょう!というか私はいくから!いく!いく!いっちゃうぅぅう!」

一華は周りを置き去りにして一人走り始めてしまう。

女は分かっていたとばかりに全体に支持を出す。

後ろについている三人も一華を見失わない様その後を追いかけようやくその背中に追いついた。

大きく開けた広場には翼を広げた得体の知れない物が鎮座していた。

「きゃは!気持ち悪いわね!」

一華の奇行は今に始まった事ではないが、目の前にあるその物体は本当に得体が知れなさすぎる。

女はbbと名乗る男と共に、一華を羽交い締めにしてその物体に近づこうとするのを取り押さえた。

「ちょっと!離しなさいよ!もっと近くで見たいのよ!」

「駄目ですよ!って暴れないで!」

「けったいやで!離れた方がよさそうやん!」

いち早く異変に気付いた一人が前に出る。

翼の中央にあった、楕円の卵の様な物が割れ中からおぞましい何かが飛び出して来た。

それは遠くに居た者でも知っている個体。

ツインズ、大食の姉だ

翼に擬態しているのは無食の妹である。

「一華さん!こりゃあきませんわ!」

「なあに?怖いの?ビビってるの!?」

「だって!」

「じゃあ私が良いもの見せてあげるわ、だから一度離しなさいな!?」

一華の雰囲気がガラリと変わる。

一華が抜き放つのは左に差した太刀。

柄を放り投げその全ての刀身が露わになる。

一足一刀。

周りには一華がいつ距離を詰めたのか分からない。

鋭く深いその一太刀。

誰もが入ったと思う見事な斬撃。

だが大食の姉はその攻撃を右のブレードで防いでみせた。

「あらぁ?あら!あら!あら!あら!あらら!まあまあ!!」

一華の切り返しを大食の姉は振り抜き弾き、巻き落としてみせた。

返しの二連突き。から半円を描く薙ぎ払い。

大食の姉は一華が距離を取ったのを確認して、その凶刃を納刀の様な姿勢を取る。

「あら!あなたそう!そうなね!!いいわよ!すごくいぃぃい!」

一華もそれに対する様に同じ構えを取る。

「来なさい!」

一華が言葉を発するとほぼ同時に大食の姉は地面を蹴り一華に肉薄、その凶刃を振り抜いた。

手応えが無い。

いや違う大食の姉のブレードが断ち切られていた。

「あなた本調子じゃないでしょう?」

飄々と戦場を歩くのは強者にのみ許された特権だ。

だから一華は歩く様に一歩前に出る。

「それにその傷!?そう!そういうこと!八城!やっぱり八城!あなたなのね!」

一華は戦場の直中でも笑い転げる。

大食の姉は後ずさる。

知っている。

覚えている。

苛立ちという感情と、もう一つ。

それは恐怖だ。

「あなた逃げていいわよ。今のあなたはつまらない。万全になってから出直してきなさいな」

言葉は通じない。だから一華は行動で示す。

「わーーーー!あーーーー!あわーーーーー!」

一華は両手を上に上げて、大食の姉を追いかけ回す。

大食の姉は自らの持つ全力の跳躍。そして妹の元に辿り着きもう一度跳躍。

そして一華の視界から二体の化け物は姿をけしたのだった。

「やっぱり八城は、あ!そうだわ。そうね、あなたも、もうすぐ会えるわよ、九音」

一華は自分を羽交い締めにしていた後ろの一人に話しかける。

「心配なんじゃないかしら?だってたった一人のお兄ちゃんだものねえ?」

その言葉に横で止めていた女はフードを取る。

「はい、ようやく会えますから」

鈴を鳴らした様な声。

端正な顔立ちに泣きぼくろが特徴的で大人びた表情の中に幼さが残っている。

少女の名前は東雲九音。

「バカ兄貴」

八城の実の妹だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る