第36話 89作戦3

八城の 話が一段落すると、教会には静寂が満ちていた。

今この教会には何も無い。

血に濡れた車も。

横たわる遺体も。

折れた刃も。

ここには在りはしない。

居るのは八城と

今の八番隊である、桜と時雨だけだ。

「俺は結局誰も守れなかった」

風が運ぶその言葉に桜も時雨も、八城に掛けるべき言葉が見つからなかった。

「隊長は、だから仲間を守るんですか?居なくなった八番隊の人たちみたいに私たちが死なない様に」

言わない選択肢もあったが、言わなければ伝わらない。

桜と時雨が目指すのは八番隊で、八番隊とは隊長である八城の元にいる事に意味がある。

守られていたのでは、二人がこの場所にいる意味がわからないからだ。

「俺は隊長だから、お前らを守るんだよ。それ以上も以下もない」

だが、八城のしぼり出す言葉は二人が望んだ言葉とは程遠く、時雨は思わず笑ってしまう。

「そうかい……そうかい!そうかい!大将あんたスッパリ言ってくれんじゃねえかよ!」

桜は意味が分からないと言いたげに時雨を見つめる。

「大将!あんたが言いたいのはつまり、私たちが弱過ぎて仕方ねえって事だろう?」

桜はその不安を払拭しようと八城を見つめるが、八城から否定の言葉は返ってこなかった。

強ければ戦いにおいて死ぬ事は無い。

それは野火止一華という最強の女が証明している。

「隊長……私はまだ弱いですか?」

八城からの返事は無い。

それは暗に肯定を意味している。

「桜!抜け!こいつはやっぱり一度痛い目に遭わないと、分からねえんだ」

「隊長!答えて下さい!私は弱いですか?」

「桜!てめぇ、いい加減に……」

時雨が桜の言葉を止めようとしたとき、ゆっくりと八城の口から言葉が紡がれる。

「弱いな……お前たちは弱い」

砂塵が駆けた。

桜は地面を踏みならし、今最も早い一撃を八城に振るった。

「遅いな。ツインズはこんなもんじゃない」

八城は小太刀を握っている桜の腕を掴み上げる。

「それはどうですかね!」

桜は足技で八城の足を絡めとろうとする。

だが八城は安定した足取りでそれを回避。

「おうおう!こっちを忘れて貰っちゃ困るぜ!」

横からの挟撃。

八城は空いて居る右手で刀を抜刀し易々と時雨の刃を受け止める。

時雨は力任せに刃を切り払い、桜を八城の手から奪い去る。

八城と距離を取り構えを直す桜と時雨は剣先を八城へ向ける。

「二人掛かりか?」

八城はそれが、大した事では無さそうに二人に問い直す。

「二人であんたに勝てるなら上等なんじゃないのか?!」

「二人でなら隊長の横に立つ事が出来ます」

奇しくも同じ場所同じ時刻。八城の前では二本の刃が八城に向かってくる。

「やってみろ」

二人は駆ける。

一刀は八城の右脇。

もう一刀は未だに抜かれていない。

未だに抜いていない桜に接近し、抜かれる前にその刀を押さえつける。

「ヘヘッ随分こっちの刀に執着していますね」

桜はもう抜刀の構えを取っていない。代わりに片方の小太刀を抜きにくる。

その僅かな隙を良しとする八城ではない。

だが八城はまたしても守りに応じるしかなかった。

桜の後ろから現れる刃。

八城縫い付けようと時雨が刀を振り抜いた。

堪らず八城も刀を抜き、その刃を刃で返す。

「刺さったら死んじまうだろうが!」

「大将は殺しても死なねえだろうが!」

「隊長も私たちを殺す気で来て下さい!」

入れ替わり立ち代わりその斬撃を、弾き、躱し、受ける。

時雨の足技を取ろうとすれば、すかさず桜の返しが来る。

桜の返しを弾けば、時雨がいつの間にか切り込んでくる。

「クソ!めんどくせえな!」

八城は思わず二人に悪態を付いた。

二人の連携は急造品ながら上手く機能している。

それは今の八城を追いつめるに十分すぎる強さだった。

だが勝敗は突然訪れる。

時雨のぎこちない、二段突き。

それは本当に偶然だった。

既視感がある技を……あの禍々しい二本のブレードを持つ大食の姉と同じ動き。

八城はそれを見た瞬間周囲の色が消えた。

入れ替わるように、桜の横薙ぎ。

それを刃で打ち下ろした時、八城の中で周囲の温度が消えた。

時雨の上段からの一刀。

全ての音が消えた。

八城は自分でも意図せず雪光に手を伸ばす。

駄目だ

やめろ

そいつらに、それを振るうな。

思考で叫ぶ。

だが身体はその訴えを拒絶した。

そして、桜も抜刀の構えをしながら、この一刀を絶対に振るってはいけないと直感していた。

何かがおかしい。

何がおかしい……それは、八城の様子?

桜は分からない胸の違和感に苛まれる。

自分の横薙ぎの一撃を打ち下ろされた時。

それはいつもの八城らしい刀捌きではなかった。

来る事が分かって打ち下ろされた。

そう感じていた。

今時雨が上段からの一刀を躱された。

八城の何かがおかしい。

だが桜の身体は動き出している。

止まれない一振り。

時雨の身体が八城と自分の間から外れる。

桜は八城を見た瞬間、あの時の光景がフラッシュバックした。

一人フェイズ3と戦う八城の姿。

鬼神薬と呼ばれる謎のクスリを服用した時の八城の姿に

静かで、より激しく

じっくりと品定めされているような目が此方を見つめていた。

桜の抜刀に合わせ八城も右に差した刀を振り抜いた。

刃同士がぶつかり合ったのにも関わらず桜に切った感触は無かった。

というのも、自分の刃が中程から断ち切られていたからだ。

見れば、八城は振り抜いた雪光を桜の頭上に、左に持つ刃を時雨の喉元に突き付けている。

「クソ!」

時雨の絶叫が暮れなずむ街に木霊する。

だがそれよりも恐ろしいのは八城の瞳だ。

これは仲間に向ける瞳ではない。

無機質にして空虚。

桜は初めて、柄を握る手が震えていた。

「怖い……」

思わずその言葉が口に付いた。

「誰が怖いだ!お前たちの方がよっぽど怖いだろうが!」

八城は怒りながら二刀を腰に戻す。

「まあ、あれだ、別にお前たちが俺の横に立つ必要はないだろ?今はそれでいいじゃないのか?」

八城はそれだけ言い残し教会跡地に背を向けた。

時雨は心底悔しそうに地団駄を踏む。

「クソ!あとちょっとだったのによ!」

そう悔しがる時雨だが、桜はそうは思わない。

あれは敵わない。

そんな次元ではない。

繊麗とは程遠い一刀。

だがそれは、どんな技巧をもってしても覆らない。

力量差。

そう思ってしまった。

そう思ってしまうぐらい八城の腕は凄まじい。

そしてあの目

桜は思い出し、身震いを抑えるように自らの肩をさする。

全てを見透かされているようなあの目。

紛れも無い。あれは正真正銘の……

化け物だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る