第17話 夜の帳 上
今夜十二時には、この7777番街区を大学に向けて出発する。
作戦開始は今日深夜一時。
奴らの活動が緩慢になる時間を狙っての作戦だ。
深夜一時までに大学内に侵入の後、速やかに東棟地下三階まで行く。
階段に続く地点にそれぞれ数人を配置して地点防衛により退路となる通路を確保。
行きで少しずつ人数が減り、帰りは地点防衛に回した人員を回収して増えていく。
そしてこの作戦で最も肝となるのは地点防衛だ。
極論を言えば、東棟地下三階である避難区画に行くのは一人でも良い。
地点防衛だけしっかりできていれば、通路の安全は保証される。
そして最も長期間の地点防衛は南棟一階。
始まりから終わりまで、最も長く地点防衛をしなければいけない場所だ。
概算で地下避難区画到着までに15分帰り10分計25分の防衛を強いられる。
ここは八城が受け持つと言ったのだが、断られてしまった。
なんでも常駐隊の実力を見せるそうだ。
深夜十一時、寝静まった紬の顔を見ながら、枕元の鞄から残り二錠の丸薬の袋を取り出し懐に仕舞い込む。
「未来を担う若者を何もせず失う事か……その通りだ」
谷川の言葉が何度となく八城の頭の中で反芻される。
「どうも駄目だな。美月にしろ、丸子にしろ……時雨や桜にしてもそうだ。善人の言葉には、つい耳を傾ける」
八城は今までの遠征の記憶を思い出す。
決して情に流された訳ではない。
ただそう。信じてみたくなった。
未来の担い手。
そう呼ばれた子供達を見てみたい。八城は元々行くつもりではいた。
十中八九失敗するこの作戦。
撤退戦になれば間違いなく戦闘員は全滅する。
だがもし、ごく僅かな可能性でも子供達を少しでも助け出す事が出来るならと、そう思ってしまった。
「結局俺は、誰よりも自分に甘いのかもな……」
八城の出した結論は至って簡単だ。
隊員は死なせることは出来ない。命を好きに出来るのは、自分の分だけであることを八城はよく知っている。
だから、自分の分を賭けることにした。
紬、時雨、桜の順番に寝顔を見て小さな声で別れを告げる。
混乱しないよう紬には小さな手紙を付けておいた。
決戦の場に出る。そんな時はいつもあの女の言葉を思いだす。
「私が参加して勝てるなら勝ち戦だ。だがそうじゃないなら私は参加しない」
一華の言葉だ。
「あんたには、私の全てを教えた。戦う道具も与えた。二つを使えるあんたが私の後ろに居れば私もあんたも、負け戦は無い」
こんな時に思いだされるのは、一華が中央を追い出される一ヶ月前の言葉だった。
月が雲に陰り虫の音が周囲を満たす午前十二時半
7777番街区を離れた道路にて八城の隣に見知った人物が横を歩く。
「やっぱり来てくれましたね」
琴音が見透かした様に八城に笑顔を向ける。
「やめてくれ。これが無謀なのは、俺が居ても変わらない」
「でも来てくれた」
その笑顔が谷川と重なり、どうも落ち着かず八城は顔を背ける。
街灯のない道を歩き続け、大学まであと五百メートル地点で少しずつではあるが戦闘が始まっていた。
基本銃は使わない。
大きな音も立てず一刀の元に切り伏せる。
結局部隊として集まった戦闘員は八城を含め総勢三十五人+一。
この一人は案内役として未来が同伴する。
常駐隊は元々二十五人。内、五名は居住区に残っている。
では残りの十五人は誰かと言うと普通の居住者による志願だった。
やはりこの居住区は、人としての尊厳を持っている。
大人達が意欲的に子供を助けに行こうとしているのが見て取れる。
「ここか?」
八城がそう尋ねたのは周りをフェンスで囲まれ向こうには大きな建物が月明かりに照らされて浮かび上がっている。
「はい」
南棟裏手物資搬入口より少し外れた場所の雑木林。
この場所を侵入経路に選んだ理由は一つ、南棟西棟にある車両用通路は完全に奴らに埋め尽くされていた。だから手の薄い雑木林から入り南棟に侵入する事にしたのだ。
雑木林を囲むフェンスの一カ所を番線カッターで穴を開け全員が内部に侵入していく
幸運な事に南棟裏手には奴らの影が無い。
「全員最後の確認だ」そう言って八城は全員に招集を掛ける
南棟地点防衛は総勢十二名
西棟地点防衛が六名
北棟地点防衛が六名
そして東棟を残りの総数をあげて突破する。
数が合わないのは誰もが分かっていた。
東棟三階部分で六名は地点防衛に回さなければいけいない。
そしてそこから地下へ向かう東棟二階に二名。東棟一階に二名。地下一階に二名。二階に二名。
三階避難区画までの道のりで、単純計算をするなら三十九人欲しいところだ。
いや仮に三十九人が居たとしても、無理難題には変わらない。
それに世闇に紛れたとしてもこの人数だ。
いずれはフェイズ3又はフェイズ4に気付かれる。
そうなれば「奴ら」は一切の容赦なく此方に襲いかかってくるだろう。
フェイズ3以上が何処かの地点防衛に現れれば間違いなく地点防衛は瓦解する。
何より大学内の状況は全く掴めていない。南棟裏口に計三十六人が集まるのはきっとこれで最後だ。必ずこの半数……もしかしたら八城を含めて誰も戻って来ないこともあるかもしれない。
「必ずまた7777番街区で会おう」
志願兵並びに、常駐隊の面々は琴音のその言葉に頷き合う。
「作戦開始だ」
八城がインカムに喋り掛けるその言葉と共に、総勢36名は行動を開始した。
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