第64話

「あ、あの……えっと……そ、そうだ! これ、クリスマス会で誰かに上げようと思ってたんだけど、良かったら」


「え?」


 泉がそう言って由美華に渡したのは、映画の前売り券だった。

 

「あ、これって今流行ってるやつ?」


「うん、知り合いの人に貰ったんだけど俺はいらないから……宮岡さんと見てきたら?」


「え? 紗弥と?」


「うん、映画を口実にすれば一緒に出かけられるし……良いかなって?」


「泉君とじゃなくて?」


「ふぇ!?」


 由美華の思いがけない言葉に泉は思いがけず変な声が出てしまった。

 

「い、いや……ぼ、僕と行く理由は無いんじゃ……」


「え? 遊びに行くだけだよ?」


「ま、まぁそうだけど……」


「私と一緒に遊びに行くのは嫌?」


 ニコッと笑みを浮かべながら、由美華は泉にそう尋ねる。

 泉はそんな由美華に思わず赤面してしまった。


「い、いや……嫌じゃないけど……」


「じゃあ、一緒に行こうよ」


「え、でも……」


「だって、みんな映画は彼氏と行くって言うし……私も行く相手が欲しいから」


「そ、そうなの?」


「うん、だから行こう。明日」


「明日!?」


「うん、嫌?」


「いや、全然嫌じゃない! 嫌じゃ無いけど……急すぎない?」


「うん……なんかね……一人で居たら……紗弥のとこに飛んで行っちゃいそうだから……今紗弥のとこに行かなきゃ行けないのは……私じゃないから……」


 それが誰なのか泉は分かっていた。

 本当は親友の元に飛んでいきたい気持ちを由美華が抑えている。

 由美華の紗弥に対する思いを知っている泉は由美華の力になりたいと思った。


「分かったよ……じゃあ、明日にしようか」


 泉はそう言って由美華に笑い掛ける。





「まったく! 本当にまったくですよ!」


「あ? なんだよ人の顔を見て意味不明な事をペラペラと……」


「そりゃあ言いたくもなりますよ! なんでクリスマスに病院に来なくちゃ行けないんですか!!」


 優一は屋敷での一件の後、瑞稀の家のメイド達によって病院に運ばれていた。

 怪我は擦り傷と打撲、一番酷いのは殴打によって受けた打撲だった。


「プンプンですよ! 折角良い感じデートしてたのんい!!」


「うっせ……そんでさっさと帰れ、そろそろ遅い時間だぞ」


 優一は念のために今日は病院に泊まることになってしまった。

 お見舞いにきた芹那はベッドで横になる優一に視線を向けながら、リンゴの皮を剥く。


「それより、宮岡と高志は?」


「二人ともとりあえず家に帰りましたよ。まぁ……宮岡さんは色々と不満が溜まっていたようで……爆発してましたけど……」


「だろうな……」


「まぁ、私は優一さんが怪我をして病院に運ばれたって聞いた時の方が驚きましたけど」


「………そうか」


「心配したんですからね!! もう!」


「………悪かったなぁ……折角のクリスマスだってのに……」


「おや? 随分素直ですね……も、もしかして……今ならお詫びに何でもしてくれる感じですか?」


「………しゃーねーな」


「え! 本当ですか!! じゃ、じゃぁ……」


「待て、その前に……イテテ……」


「あ……大丈夫ですか?」


 優一はベッドから起きて、ベッドの脇に置いていた自分のコートのポケットに手を伸ばす。


「ほらよ」


「え? なんですか?」


「クリスマスプレゼント」


「え!? まさか……首輪ですか!!」


「なんでそうなるんだよ……ブレスレットだ」


「えぇ! 本当に貰っちゃって良いんですか?」


「お前の為に用意したんだ、ありがたく受け取れ」


「じゃあ私も……あの……これ」


「あぁ、サンキュウ」


 芹那も優一にプレゼントを用意していたようで、ラッピングされた四角い箱を優一に差し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る