第42話

 高志はクリスマスツリーの前で立ち止まり、紗弥の方を向く。

 

「紗弥……」


 名前を呼ばれ、紗弥は身構える。

 高志の雰囲気が変わり、いつになく真剣な表情になる。

 何となく紗弥は何を言われるか分かっていた。

 だが、直接今からそれを言われると思うとなんだか怖い。

 なぜ、その言葉を言われるかの理由もよく分からない。

 だが、紗弥は今日の朝から考えていた。

 だから、言われたことに対する返答も準備してきていた。


「紗弥……話しって言うのは……」


「うん」


 高志と紗弥はお互いに覚悟を決めたような表情で見つめあう。

 そして……。


「紗弥……俺たち別れよう」


「………そっか……」


 紗弥は涙を流すことも、取り乱すこともしなかった。

 ただ一言、高志にそう言うと、紗弥は寂しそうな笑顔で高志に尋ねる。


「好きな人……出来た?」


「………あぁ」


 高志は嘘をついた。

 紗弥にはあまり嘘をつきたく無いと思っていた高志だが、12月に入ってからは嘘ばかりついていた。


「……高志はその子と一緒で幸せ?」


「……あぁ……悪い」


「気にしなくて良いよ……それは仕方ないことだから……」


 笑みを浮かべる紗弥の顔を高志は直視出来なかった。

 高志はここまでの時間の経過が酷くゆっくりに感じた。

 まるで自分たちだけがスローモーションで動いているかのような感じがして、高志は息苦しかった。


「ごめんね……私じゃ高志を幸せには出来なかったね」


「……そんなことは」


「ううん、いいの……じゃあ、私……行くね」


「……あぁ」


 そんな短い会話を終えると、紗弥は高志に背中を向けて公園を後にした。

 残された高志は、紗弥の背中を見えなくなるまで目で追った。

 そして姿を消したところで、高志はその場に崩れ落ちた。


「……うっ……紗弥……」

 

 罪悪感と悲しみが高志の心を襲っていた。

 紗弥に嘘ばかりをついていた。

 気がつけば、その嘘がどんどん大きくなり、こんな結果になってしまった。

 自分は何をやっているんだと、自分の心に高志は怒鳴り散らすような気持ちで問いただす。


「くそっ……クソ、クソ!!」


 高志はその場にうずくまり、涙を流す。





 公園を後にした紗弥は、フラフラと駅の方に歩いてきていた。

 

『紗弥……俺たち別れよう……』


 先ほどの高志の言葉が、紗弥の頭の中でループしていた。

 当てもなく暗くなり始めて空の下を紗弥はぼーっとしながら歩いていた。


「あれ? 紗弥先輩?」


「ん? 宮岡? 何してるんだ?」


「あ……那須君と芹那ちゃん」


 紗弥が駅前を歩いていると、偶然にもデート中の優一と芹那にあった。


「ちょっとね……もう家に帰るとこ……」


 優一の問いにそう答える紗弥。

 しかし、紗弥の様子がおかしいことに気がついた優一は、紗弥に続けて問いかける。


「高志は?」


「高志は……あ、えっと……」


「何があった?」


「……な、何もないよ……」


「嘘をつくな、俺はお前らのイチャイチャを一番見せつけられてんだよ、何か良くない事があったのは見れば分かる」


「だ、大丈夫だよ……私は平気だし……高志は……何も……悪くない……から……」


 そう言って次第に涙を流し始める紗弥。

 優一はそこで大体の理由を察し、芹那に言う。


「おい、宮岡の側に居てやってくれ」


「え? も、もちろんですけど……優一さんは?」


「あの馬鹿をぶん殴ってくる」


「お願いやめて……高志は悪くないから……」


「宮岡……お前も馬鹿じゃないから分かるだろ? 高志はクリスマスの前から少し変だった。何か理由があるはずだ……」


「でも……高志は……」


「勘違いすんな……俺はあいつが心配なだけだ……」


 優一はそう言ってその場から走り出した。


「紗弥先輩……とりあえず私の家に行きましょう……今日は両親も居ないので」


「芹那ちゃん……ごめんね……私……」


 紗弥はそう言いながら、大粒の涙を流す。

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