第31話

 瑞稀にとって今まで感じた事のない感情が瑞稀を悩ませていた。


「失礼しますお嬢様、お薬のお時間です」


「あぁ、もうそんな時間ですか」


 部屋に入ってきメイドにそう言われ、瑞稀は窓の側を離れて机に置かれた薬を飲む。


「……一体私は……なぜこんな物を飲んでいるのでしょうね……」


「え? お嬢様?」


「どうせ……良くなんてならないのに……」


「お嬢様……そんな事はありません、いつか……諦めては!」


「良いんです……何となく分かりますから……」


「お嬢様……」


 寂しげな表情でそんな事を言いつつ、瑞稀は薬を水で流し込む。


(このまま死んだら……もう八重さんには会えないんですね……)


 そう思った瞬間、瑞稀は悲しみがこみ上げて来るのを感じた。

 折角出来た同じ歳の友達……そんな人との別れ……考えただけで涙が出そうだった。


「あの……」


「はい、なんでございましょうか?」


「恋とはどのような気持ちの事を言うのでしょうか?」


「え……い、いきなりどうしたのですか?」


「いえ……気になりまして……あの……あなたは恋をした事があるのですか?」


 聞かれたメイドは困惑しながらも、少し考えて瑞稀に話し始める。


「えっと……もちろんありますよ……その……高校に通っていた時とか……」


「好きな人と一緒に居るとどのような気持ちになるのでしょうか?」


「え!? えっと……そ、それは……」


「それは?」


 メイドさんは、瑞稀の純真無垢な質問に顔を真っ赤にしながら答える。


「えっと……嬉しくて……でもなんかドキドキして……手なんか握られたらもう、心臓が破裂するんじゃないかってくらいに激しく動いて……その……なんというか……とにかく幸せな気持ちになります」


「幸せ……」


 メイドは顔を真っ赤にして顔を隠す。

 一体自分は何を言っているのだろうと疑問を浮かべるメイドの脇で、瑞稀は高志と話しをしている時の事を考える。


「嬉しくて……ドキドキして……」


 高志が来てくれたと言うだけで、瑞稀は自分が嬉しい気持ちになっていることに気がつく。

 そして話しをしている時は常にドキドキしていることにも気がつき、瑞稀は自分のこの感情の正体を知る。


「そうですか……じゃあ……私は始めて恋をしたのですね……」


「え? ……えぇぇぇぇぇ!?」


 思わずメイドは大声を上げてしまった。





「うーむ……」


 伊吹裕悟は屋敷に帰ってきたばかりだった。 車から瑞稀のために買ってきた、有名お菓子店のクッキーを取り出し、廊下を歩きながら考え後とをしていた。


「やはり、夕食前に間食というのは良くないだろう……しかし、このクッキーは焼きたて……うーむ、どうしたものか……」


 伊吹がこの屋敷に来たのは二十代の頃だった。

 以来、ずっとこの家に仕えてきた。

 執事と言う特殊な仕事と言うこともあり、結婚はしていても子供が居なかった。

 妻もメイドをしており、仕事では良く一緒になっていた。

 そんな伊吹にとって、瑞稀は娘も同然の存在だった。

 子供の頃から側で成長を見てきており、良く遊び相手になっていた。


「まぁ、たまに間食くらいは良いだろう……美味しいお茶を入れて……ん?」


 伊吹がそんな事を考えながら屋敷内を歩いていると、メイド達が何やら集まって話しをしていた。


「何事ですか? 仕事中に立ち話とは」


「あ、執事長……そ、それが……」


「ん? 何かあったのですか?」


 メイド達は何やらコソコソ話しをした後、伊吹に何を話しをしていたのか説明する。


「なに? お嬢様が……恋?」


「はい……恐らくなんですが……最近来られる八重様に……」


「なるほど……わかりました、貴方たちは業務に戻りなさい」


「はい、それで執事長は?」


「私ですか? 私は……今から東京湾に」


「沈める気ですか!!」


 明らかに殺人鬼の目をしていた伊吹をその場に居たメイド全員が必死で止めに入った。 

「だから執事長には話すべきじゃないって言ったでしょ!」


「あの人はお嬢様の事になるとアホになるんだから!!」


「何を仰いますか皆さん……私はただゴミを掃除に行くだけです」


「「「絶対にダメです!!」」」

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