第6話 旧ゲルリッツ王国



「どうぞ」


 返事をすると扉を開けて体の線が表れるほど薄手の寝衣に身を包んだクラウディアが入ってきた。それに対して目を潤ませてその姿を見たあと溜息を吐く。


「まあ、ジークハルト様はもう既にお酒が回ってらっしゃいますのね」


 嬉しそうに彼女が話すのをぼんやりと聞く。彼女は向かいのソファでなくジークハルトの隣に座り身を寄せてくる。


「ああ、なんだか体が熱いんだ。酒はそんなに弱くないはずなのだが……」


 弱くないし熱くないしまったくもって酔っていない。


「折角だから君も飲んでくれ。素面の君に触れるのは抵抗がある」


 そう言ってクラウディアにグラスを持たせデカンタの酒を勧める。彼女はジークハルトの酌を嬉しそうに受けそれに口をつけた。そしてそれを確認しながらジークハルトも自分のグラスの酒を口にする。

 彼女がグラス半分ほど飲んだところでぐらりと倒れる。どうやら睡眠薬が効いたようだ。かなり強力なものなのでしばらくは起きないだろう。


 クラウディアを自室のベッドに横たえ廊下を出る。深夜だからなのかデリアの姿はない。好都合だ。

 そのまま歩いてクラウディアの執務室へ向かう。周囲を見渡し誰もいないことを確かめたあと扉の前に座り込み、その鍵穴に懐から取り出した針金を差し込む。


――カチャカチャ


 鍵穴の傍に耳を当てながら鍵が開いたのを確認して扉を開ける。中にある執務机に近寄りその引き出しを片っ端から開けて中身を調べてみる。

 一番上の鍵のついた引き出しも針金を使って鍵を開け中を調べてみた。すると中から出てきたのはパルウの成分を使った各種薬品の成分表とそれらの取引先のリストだ。

 見た感じこれらの会社はマインツ国内のものだけじゃない。その取引先はどうやら国外にも及んでいるようだ。中にはダミーもあるだろうからそれぞれの会社に綿密な調査が必要だろう。


 これらの書類はすぐに写せるものではなさそうだ。全て手に入れて早々にここを出るしかないな。気づかれるのも時間の問題だろうがとりあえず閉まっていた鍵はもう一度閉めておこう。


 隣の部屋の間取りとこの部屋の間取りを考えると扉の位置が離れすぎている。隠し部屋があるかもしれない。

 位置的にはこの本棚の裏か。本棚の下の床を見るとずらした傷跡が見える。やはりこの裏らしい。

 回転か、スライドか?

 床の傷跡に合わせて動かすと棚が動いた。よし!


 本棚の裏に隠し部屋への扉があった。早速その奥へ入ってみる。部屋の中には本棚と壁に何枚かの額が立てかけてあった。

 本棚に並ぶ本の装丁が妙に古いものが多いのに気がついた。気をつけて扱わないと破れてしまうかもしれない。


 その中の貴族名鑑という本を手に取ってみる。中を開いてみて驚いた。そこに載っていた貴族たちはマインツ国の貴族ではない。ましてや帝国やハンブルク王国のものでもない。この貴族名鑑は旧ゲルリッツ王国のものだ。

 その棚にある本は全て彼の国のものだった。歴史書、官僚名簿、地図に至るまで全てだ。

 ふと壁に立てかけてある額が気になりそれを見てみる。


「何だこれは……」


 明らかに王族と思われる者たちの肖像画だ。そして年季が入ったそれは描かれて既に2~30年は経っていると思われる。

 王に……そしてこれは王妃か? この王妃の肖像画は髪の色と目の色がクラウディアと同じだ。顔立ちは違うようだがよく似ている。

 そして金髪にアイスブルーの瞳の少年が描かれた肖像画を見て思わず息を飲む。その姿かたちが幼い頃のジークハルトにそっくりだったからだ。見た感じ5~6才くらいだろうか。


 本棚をもう一度調べてみると王家の家系図が見つかった。その家系図の最後の世代を調べる。年鑑と照らし合わせるとゲルリッツ歴864年……これは22年前だな。国王トラウゴット30才、正妃アレクサンドラ25才、その王子ライマー7才、そして王女クラウディア1才……。

 王妃の肖像画を見たときまさかとは思っていたが、やはり彼女は亡国の王女クラウディアに間違いない。

 しかし亡国の王女が生き延びて何のためにこんな犯罪に手を染めているんだ?

 そしてこの幼い頃の自分そっくりな肖像画がライマー王子のものなのだろうか。ここからは彼女に直接聞かないと分からないな。


 とりあえず顧客名簿と売買明細の書類のみ持っていこう。ジークハルトの装備は見つからなかったがもう処分されてしまったのだろうか。剣があれば入口の傭兵くらいは突破できるんだが。

 まあ裏庭も調べていないしまだ脱出のときじゃないな。


 そろそろ部屋へ戻ってクラウディアを彼女の寝室へ運ぼう。朝まで自分のベッドで寝かせるわけにもいくまい。例え何もなくともフローラに申し訳が立たないからな。

 自室へ戻り確認してみると彼女は今もすやすやと眠っていた。その白い髪と儚げな寝顔を見つめて思う。


 亡国の王女か……。噂によれば王と正妃は粛清されその血筋は途絶えたという。だがこうして王女が密かに生きている。他にも亡国の者がいるのかもしれない。そう考えると彼女のことが憐れに思えてきた。

 だが中途半端な優しさはかえって残酷だ。クラウディアは犯罪者だし、例え彼女がどんなに憐れな境遇でも自分では彼女の気持ちに答えることはできない。

 彼女を抱え彼女の寝室へ運ぶ。そしてゆっくりと横たえ毛布を掛ける。

 そうして自分の部屋へ戻り酒を片付けたあとようやくベッドに横になった。




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