第3話 蜘蛛の巣
「ここは、どこだ……」
ジークハルトが目を覚ますとベッドの天蓋が見えた。部屋を見渡すと上質な家具の供えられたどこかの屋敷の一室といった感じだ。
どうも体が思うように動かない。自分はどうしたんだっけ。
そういえばあのとき煙を吸い過ぎて意識を失ったんだった。あの煙はパルウの……。ここはどう見ても病院じゃないな。ってことは捕まったのか?
手の先を動かそうとするが体全体が麻痺したように動かない。今のところ自力で脱出は無理か。だが思考ははっきりしている。四肢が動かないだけだ。
そのとき誰かが部屋へ近づく足音がして扉が開く。
(こいつは……意識を失う前に見た白い魔女……?)
「お加減はいかがです? ジークハルト様」
女はベッドの傍まで近づいて妖艶に微笑む。
彼女は腰までの白い髪に緋色の瞳の妙齢の美女だった。まるで女王のような華やかなドレスを身に纏っている。そして頭には煌びやかなティアラをつけている。
「君は誰だ」
「私はクラウディア。貴方の伴侶ですわ」
……またか。クラウディアの言葉を聞いた途端ディアナの顔を思い浮かべた。かつて自分に対して異常な執着を見せフローラを害した女を思い出す。
「君の伴侶になった覚えはないんだが」
「これからなるんです。王子様」
何を言ってるんだ、この女は。頭が沸いてるのか? 自分はこの手の女性を惹きつける何かを出しているのだろうか。本当に勘弁してほしい。
「なぜ私がここにいるのか説明してくれないかな? レディ」
頭で思っていることと口から出ることを完全に切り離せるのがジークハルトの凄いところである。その特技がいろんなトラブルを引き寄せていることを本人は知る由もない。
「貴方には今日からここで暮らしていただきます。ジークハルト様。貴方は私の蜘蛛の巣にかかった獲物なのです。ですから抵抗しても無駄ですわ。この屋敷の人間は全て私の配下の者ですしね」
クラウディアが艶然と話す。この女がパルウ栽培の主犯なのだろうか。どうせ逃げられないなら動ける範囲で可能な限り調べてみるか。
「なるほど。ここで暮らすにしてもこの体では不自由だ。これでは女性に触れることもできないしね」
彼女に負けじと蠱惑的な笑みを繰り出す。それにしてもいつまで続くんだ、この麻痺状態。
「その麻痺は
彼女がジークハルトの腕を人差し指でつーっと辿る。鳥肌を立てないようにするのがやっとだった。
「そうか、それは嬉しいね。ところで君はこの国の貴族か?」
「ふふっ。この国の貴族なんてゴミよ。私に比べたら王族ですらそうね」
クラウディアが何やら遠い目をして答える。どういうことだ? これだけの財力を持ちながら貴族じゃない? ここはマインツだよな?
「私はどのくらい眠っていた? ここはマインツか?」
「貴方は丸2日眠っていたのよ。心配したわぁ。ここはマインツであってマインツじゃないのよ。ふふっ」
マインツであってマインツじゃない? 彼女が何を言っているかよく分からないがマインツで間違いないようだ。
クラウディアが部屋から出ていったあと、意識だけがやたらと覚醒しているのに手足が上手く動かないことに苛々した。
ようやく手足が動くようになったのがそれから4時間後のことだった。
部屋から出てみる。扉にはてっきり鍵がかかっているかと思ったのだがかかっていなかった。見張りも見当たらない。どうぞ好きに調べてくださいってことか?
廊下の窓から外を見るがもう夜になっているために周囲の風景も屋敷の外観もよく見えない。今夜は月が出ていないようだ。まさに暗闇だな。
廊下を歩いていると屋敷のエントランスらしきところへ出た。ここにも誰もいない。使用人すら見当たらないとはどういうことだ?
それにしても腹が減った。この屋敷で出されるものを食べるのには抵抗がある。かと言って長期戦になるなら食べざるを得ないか。一応匂いのある毒物ならある程度判別がつく。もしパルウが使われていたらあの独特の匂いで分かるな。
屋敷の入口の扉に手をかける。ここは流石に鍵がかかっていた。外には出られないということか。窓から出ようと思えば出れるのだし夜だから鍵をかけているだけかもしれない。
それから一週間の間ダイニングでクラウディアと一緒に食事をとり、図書室へ行って片っ端から本を読み漁り、屋敷中を隈なく探索した。本の内容に何か手掛かりがないかと思って調べたが、パルウに関するものは全く見つからなかった。
ただ屋敷の中には一部屋だけ鍵の開かない扉があった。恐らくクラウディアの部屋だと思われる。あそこへ入ることさえできれば何か手掛かりを掴めるかもしれない。
そうして目覚めてから一週間ほど過ぎた日のことだ。
ジークハルトはクラウディアが連れてきた二人の見知らぬ女性と思いがけず対面することとなった。
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