第41話 レオの恋人


「君に俺の恋人になってほしいんだ。」


 フローラは何が何だかわからず、にこにこと微笑みながらそんなことを言うレオの真意を探ろうと、その顔をじっと見つめた。

 まるで悪戯が成功したかのような笑みを浮かべてレオが話を続ける。


「恋人といっても、標的に会うときに俺の恋人の振りをしてくれればいいだけなんだけどね。」


「標的?」


「うん、あのオイゲン商会と同様に、帝国に通じていると疑わしい会社があってね。ダウム貿易というんだが、そこの主催するパーティに俺の恋人として出席してほしいんだ。同伴がいないのは不自然だからね。君を連れて幹部と接触したい。」


 また物騒な頼みごとをしにきたものだ。フローラはふとジークハルトが何か行動するときは相談してくれと言っていたことを思い出す。

 だが今のジークハルトには何かを相談することは難しそうだ。これ以上の負担をかけるわけにはいかない。やろうとしていることをオスカーに頼んで伝えてもらえばいいだろう。


「あの、記憶違いでなければ、レオはこの間わたしのことを、その、好ましく思ってくれてると理解したのだけれど、その割にはこういう危ないことを平気でさせるよね。」


「危険はないよ。俺が守るから。」


「あ、そう……。」


 そう言っていたのにも関わらず、この間は間に合わなくてフローラは怪我をしたわけだが。想い人相手だろうがレオの鬼畜性質は相変わらずの平常運転でなによりである。


「それでいつのことなの? パーティって。」


「今夜。」


「はあ!?」


「ドレスは準備してあるから、ちゃんと君のサイズで。もう侍女に渡してる。」


「……どうしてわたしのサイズを知ってるの?」


「だってこの間君を抱きし」


「ああーーー、分かりました! 取りあえず変装を始めるわ。」


「じゃあ、俺はここで君の準備が整うまで待たせてもらうから。」


(そういえばわたしはなぜレオの言うことを素直に聞いているのかしら。別に何の義理もないから断ってもいいのに。話してるとなんだかいつの間にか言うことを聞いて当たり前って思ってしまうのよね。これが王子のカリスマパワー!? レオ恐るべし……。)


 エマにレオから預かったドレスを着せてもらい、その色合いにあった髪色のウィッグ、カラーコンタクトを準備する。ドレスは藍色と白のコントラストが綺麗な2色使いでシックなのに若々しさのあるデザイン。開いた襟元とマーメイドラインが色っぽくてきれいだ。

 フローラとイザベラの面影など全く見えないようにしなくては。銀髪のストレートロングのウィッグと、瞳は瑠璃色にしようかしら。化粧は上品で色っぽくと……。アクセサリーは恋人という設定だし、レオの瞳の色、アメジストにしよう。


 そこではたと気がつく。レオは変装をしなくていいのだろうか。潜入捜査なら王子だとばれないほうがいいに決まっている。

 フローラは、エマに頼んでレオを私室に呼んでもらい、彼に変装を勧める。


「うん、確かに変装したほうがいいかもね。フローラがしてくれる?」


「分かったわ。たださすがに男性にお化粧をするわけにはいかないから、ウィッグとカラーコンタクトの装着でごまかすしかないけれど。それだけでもだいぶ印象が変わるから、何もしないよりはいいわね。」


「男性用のウィッグなんてあるの?」


「……なんとかするわよ。壊れたら弁償してもらうから。」


 そう言ってフローラはなんとか金髪のウィッグをレオの頭に無理矢理装着する。男性の割に小さい頭でよかった。カラーコンタクトはブルーにしよう。わたしのアクセサリーはサファイアに変更ね。


「おお、別人のようになったね。こうしてみると俺たちいい感じだね。」


 レオがフローラと並んで全身鏡に自分とフローラの姿を映す。いつになくはしゃいでいるようでなんだか可愛らしい。可愛さではジークハルトに負けるが。


「そうね。もうそろそろ行かないといけないんじゃない? 会場はここから遠いんでしょう?」


「うん、大体馬車で30分くらいかな。……あぁ、このまま君と二人だけでデートしたいよ。」


「ええ、そうね。ところでわたしたちの偽名はどうするの?」


「……ほんと、フローラってドライだよね。俺はアダム=フォルツで参加を申し込んでいる。君はイブでどう?」


「なんだか気に入らないけどそれでいいわ。それじゃ、行きましょ。」


「はいはい。」


 レオが肩を竦めて腕を差し出す。フローラはレオとともに私室を出て、屋敷を出る前にオスカーに事情を説明する。


「旦那様がお許しになるとは思えませんが……。」


「ジーク様に相談したいのだけど、お忙しいようだから仕方がないわ。オスカーから説明してくれる?」


「……かしこまりました。どうか、くれぐれも・・・・・お気をつけて行動なさってくださいね。」


「わ、分かりました。それでは行ってきます。」


 フローラはオスカーに事情を話した後、レオとともに馬車に乗り込んで目的地へ向かう。どうやら自分はオスカーにもあまり信用されていないようである。フローラは自分に前科があることをすっかり忘れていた。


 馬車を30分程走らせてパーティ会場の前に到着した。貴族同士のパーティでもないのに、会場の警備がやたらと物々しい。見た目が屈強な警備兵が入口に立っている。会場周辺にも何人か配置されているようだ。


 レオは入口の家令のような男に招待状を見せ、フローラをエスコートして会場に入る。フローラはレオの腕に手を添え、ときどきうっとりと彼を見つめる仕草を交えながら歩みを進める。


 レオは会場に入ると、まず主催者のダウム会長に挨拶に向かう。会長は年齢は50代くらいの小太りの男性で、髪の毛は少し淋しいが立派な口髭と顎髭を生やしている。レオはダウム会長の目の前に立ち一礼する。


「ダウム会長。お初にお目にかかります。アダム=フォルツと申します。金属の取引で商売をさせていただいております。この女性は私の婚約者のイブです。」


「初めまして、ダウム様。イブと申します。どうぞお見知りおきを。」


 フローラはそう言ってダウム会長に蠱惑的に微笑みかける。すると彼は隣にいるフローラに明らかに情欲の色を湛えた眼差しを向け、ニヤニヤとしながら話しかけてきた。


「いやあ、フォルツ氏の婚約者殿は本当にお美しいですな。実に羨ましい。私の妻にほしいくらいですよ。」


 フローラはなんとか笑顔が引きつらないように堪えるのに必死だった。ダウムの視線が自分に絡みつき、非常に気持ち悪かったからだ。人ってこんなに下品に笑えるものなのね。

 フローラはダウムから一瞬視線を外し左のほうを見て、驚きのあまりに目を見開いて固まってしまう。かなり離れた所ではあるが決して見間違いはしない。


 そこにいたのはまごうことなく金髪にアイスブルーの瞳を持つ美貌の人ジークハルトであった。そして彼が愛おしそうに見つめるその先で、プラチナブロンドの女性が彼の腕を取りぴったりと寄り添っていた。




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