第31話 おてんば姫
「よろしくね。」
レオがにこっと笑って右手を差し出す。フローラは右手でレオの右手を握って握手を交わす。
なんだかレオにうまく転がされた気がしなくもない。だけど、これでリタを一番安全な所へ預けられる。
リタも少し安心したのか、顔色がだいぶ良くなったようだ。フローラはリタに話しかける。
「リタさん、体調はどう? 動けそうなら王城に行きましょうか。」
「はい、もう大丈夫です。お世話になりました。」
リタは深く頭を下げる。それからおもむろに頭をあげると、フローラに気づかわしげに話しかける。
「でもどうか無茶はしないでくださいね。」
「ありがとう、リタさん。騎士団には包み隠さず全てを話すのよ。あ、でも、わたしのこととレオのことは言わないように。」
「はい、分かりました。」
リタは大きく頷くと、荷物を纏め始めた。
リタの準備が終わり、フローラ達3人は同じ馬車に乗り、王城へ向かった。
門の前につくと、レオを残し、フローラとリタは馬車を降りる。そしてその馬車を待たせたまま、フローラはリタを連れて門の兵士に告げる。
「こんにちは。わたくしはリタと申します。ヴァレン帝国の件でお願いしたいことがございます。ヴォーマン騎士団長にお目通りお願いいたします。」
フローラは兵士にそう話した後、しばらくコンラートを待つ。
もしイザベラだと名乗れば、コンラートとジークハルトが一緒にいた時に、きっとフローラが来ているとばれてしまう。だから敢えてリタと名乗ることにした。コンラートはイザベラの姿は知らない。この姿で会ってもフローラとは結びつかないはずだ。
「しばらくお待ちください。」
ヴァレン帝国の件は、城で既に大きな問題になっているのだろう。兵士は特に断る様子も見せず、すんなりとコンラートを呼びに行ってくれた。
10分ほど待っただろうか。城の方から歩いてくるコンラートの姿が見えた。近くにジークハルトは……いないようだ。フローラはほっとするが、同時に少し残念な気もした。ジークハルトは今この城で元気に働いているのだろうか。
コンラートが門から出てきた。
「お待たせしました。私が騎士団長のヴォーマンです。リタさんというのはどちらの女性ですか?」
「は、はい、私です。」
リタが手をあげて答える。できればこの場でフローラはあまり発言したくはない。
「それで、貴女は?」
あ、やっぱり質問されますよね。あまり声を聞かせたくなかったのだが。
コンラートが来る前に馬車に戻ることも考えたが、フローラは、きちんと自分の手でリタをコンラートの手に預ける必要があると思っていたのだった。
「リタの友人の、マリアといいます。彼女を安全に保護していただきたくてここへ来ました。」
声音を変えてコンラートに答える。思わず、前回の公演の役名であるマリアと名乗ってしまった。
「彼女が全てをお話しすると思います。わたくしは用事がありますのでこれで失礼します。リタ、後は大丈夫ね?」
「ええ、ありがとう。イ……マリア。」
「ではよろしくお願いします。彼女を、絶対に、厳重に、守ってくださいね。団長様。」
「あ、ああ、約束する。ありがとう、マリア嬢。」
フローラはコンラートに一礼すると、その場を離れ馬車に乗り込んだ。
中で待っていたレオが話しかけてくる。
「無事に預けられてよかったね。それじゃ、戻ろうか。」
それは駄目だ。ルーカスのアパートはジークハルトにばれているし、家主にも迷惑がかかる。事が事だけにルーカスを危険に巻き込まないとも限らない。
「いえ、あのアパートは駄目です。別の所へ行きましょう。貴方のアジトでも何でも。」
「俺のアジト? アジトっていうか、ホテル取ってるだけだけど。まあ確かに他人のアパートよりは安全か。いつルーカス=ハンゼンが帰ってくるかもわからないしね。」
……! ルーカスのアパートだってばれてたのか。確かに表札にはファミリーネームは書いてあるが、それだけでルーカスのことが分かるとは。本当に、この人何者?
「ええ、そこへ行きましょう。」
フローラはルーカスのアパートじゃなければどこでもいいと、言葉を紡ぐ。
「は? ……君、いいの? ホテルだよ? 俺男だよ?」
「……? それが何か? 別にいかがわしいことをするわけでもあるまいし。」
「どこのお嬢様だよ、まったく……。でも、駄目。嫁入り前の娘に醜聞立てるのは申し訳なさすぎる。街のカフェに行こう。」
「ええ、分かったわ。」
フローラだってレオが言う意味くらいは分かっている。だが今はイザベラであってフローラではないし、ジークハルト以外の人の嫁になるつもりなど全くない。そして自ら距離を置いてしまった今、嫁に行く予定もないのだ。それらの理由で、レオの言うような醜聞など特に気にしないフローラだった。
それにしても、殺し屋相手の囮にはするくせに、醜聞には気を使ってくれるなんて、レオって何だか変な人だ。そんなに意地悪な人でもないのかしら。
それに今は命に関わる目の前の問題を早急に解決したい。次回の公演へ向けての練習もあるし、フローラには時間がないのだ。
◆◆◆ <ジークハルト視点>
一方その頃、王城にて。
ジークハルトは今日はノイマン伯爵の事件の後始末で未だ追われていた。
捕らえられている者たちから、次々と新しい証言が上がっているのだ。恐らく帝国の殺し屋から殺されるかもしれないという恐れもあったのだろう。ヴァレン訛りの男が捕まったことを囚人たちに伝えると、次々と証言し始めた。
特にゲルダからの証言はかなり貴重なものだった。亡くなった伯爵しか知りえなかったであろう内容も、ゲルダの口から聞くことができた。
裁判の前にこれらの膨大な証言を纏めなければ。
ルーカスに会って、あれから教えてもらった不動産屋に行ったが、これといった情報は何も得られなかった。イザベラの特徴と一致する女性が一度来たそうだが、物件を何も決めずに出ていったらしい。
それからジークハルトは街中の不動産屋を片っ端から調べようとしたが、何せ、こんな調子で仕事に追われ、時間がない。
フローラを探し出すのに全力を傾けたいのだが。ジークハルトはもどかしい思いを持て余す毎日を送っていた。
ジークハルトが騎士団の執務室の机にかじりついていると、門兵より、コンラートに伝令があった。コンラートが部屋を出ていく。
15分ほど経った頃、コンラートが一人の女性を連れて戻ってくる。金髪に緋色の瞳の女性だ。少し怯えているようだ。
「ジークハルト、ちょっといいか。」
コンラートに声を掛けられる。
「なんです?」
「この女性に事情聴取をするからお前も立ち会ってくれ。彼女はリタ嬢。帝国絡みの情報を伝えに来てくれたのと、こちらでの保護を求めている。」
「帝国!?」
ジークハルト達はそのまま執務室のソファーにリタを座らせる。そして彼女の話を聞く。
どうやら彼女は帝国の密偵としてこの国に送られ、ヴァレン訛りの男、
彼女自身は帝国で暮らすただの一般市民。協力者として前もってこの国に潜入していた
脱獄補助の手段として、リンデンベルク子爵家の長男を誘惑し、取り入ろうとするも、彼を好きになってしまい、ともに駆け落ちを図る。
長男は子爵家に連れ戻され、リタは魔術師に捕まる。
男らに監禁されたが、3階の窓から逃亡し難を逃れる。だが長期の逃亡による疲労もあり、栄養失調で倒れ、そこをマリアという女性に助けられた。
そして現在も彼女は、魔術師に命を狙われており、厳重な保護を必要とするため城に来たと。
「それと、もう一つ……。」
リタが申し訳なさそうに口を開く。そして、彼女は自らの頭を両手で弄る。ん、一体何をしているんだ?
次の瞬間、ジークハルトとコンラートは顎がはずれんばかりに唖然としてしまう。ずるっと彼女の金髪がはずれ、中からこげ茶の編み上げた髪が現れたのだ。
「そして今のこの顔も、私の素顔ではありません。ここへ来るまでの安全のためにマリアに変装させてもらいました。でも保護していただくからには素顔を晒さないとと思いまして……。」
「変装………。」
ジークハルトはなんだか心の中に沸いた妙な既視感に囚われる。……変装。ごく最近同じことをして危ない目にあった娘がいたよな。嫌な予感がする。
「団長、その、もう一人いたマリアという娘。どんな見た目でした?」
「あー、腰までの黒髪に、蜂蜜色の瞳の、どえらい美人だったな。」
ジークハルトはコンラートの言葉を聞き、頭を抱え大きな溜息を吐く。
ああ……。フローラ、一体君は何をやってるんだ……。
ジークハルトは気を取り直し、リタの方を向くと、彼女に問いかける。
「リタ嬢、彼女はイザベラという名前じゃありませんか?」
「……っ! い、いえ、違います。」
リタはあからさまに驚き、途端に目を逸らす。
……この娘、本当に素人だな。とてつもなく挙動不審だぞ。どうやら本当にマリアという女性はイザベラらしい。イザベラがリタを変装をさせて騎士団に保護を求めたということか。一体何をしようとしているんだ、彼女は。
「おい、『イザベラ』っていったら、お前がフローラ嬢に問い詰めてたあれか?」
コンラートにイザベラがフローラだということを言ってもいいものか……。それを言うということは、フローラが女優をしているということがコンラートにばれてしまうということだ。しかし……。
「団長、これは団長の胸だけにしまっておいてください。マリアという女性はイザベラ、そしてイザベラはフローラです。」
「はあ!? 一体何をやってるんだ、あのおてんば姫は! また危ないことに首を突っ込もうとしてるんじゃないだろうな!?」
コンラートが驚き、そして呆れている。そう思うのも無理はない。前に
ジークハルトだって呆れている。あんなに危ないことはするなと言ったのに。
ジークハルトはリタに尋ねる。
「リタ嬢。フ……イザベラはこれからどうするかという話はしていませんでしたか?」
「それは……ごめんなさい、分かりません。」
リタは目を臥せる。何やら隠しているような気もするが、簡単には話してくれなさそうだ。
「リタ嬢、貴女を王城で保護します。そして貴女の安全は保障します。蟻一匹不審者は入らせません。」
ジークハルトがリタを安心させようとニコッと微笑んで言った。リタはジークハルトの顔を見て頬を染める。
それを聞いて、コンラートが口を開く。
「だが何もせず、このままずっと保護し続けるわけにもいかない。こちらも総力を挙げて
コンラートの言葉を聞きながらジークハルトは決意する。
フローラ、絶対君を見つけて止めてみせる。そして君を、絶対に連れて帰る。
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