第14話 情報収集 <ジークハルト視点>


 フローラの初舞台の日から3日ほど経った日の夜、ジークハルトは今日も情報収集のため軍の上官の令嬢ゲルダと待ち合わせた。


 仕事のためとはいえ同じ女性と2回も会わなくてはいけないなんて。

 かのゲルダ嬢はなかなか用心深い女性で、最初のデートではどうにも羽振りの良さを窺うことしかできず、具体的な犯罪に関する情報を欠片も掴めなかった。これは別の捜査方法に切り替えるしかないのかもしれない。


 そう思いつつももう少し打ち解ければ情報をこぼしてくれそうな気がしてこのような約束に至った訳だった。


 前回の捜査対象であったアルトマン伯爵は、夫人繋がりの商会の線から具体的な金額を割り出し、その商会の内部の人間からの決定的な証言で検挙することができた。

 現在伯爵は投獄され裁判待ちであるが、恐らく爵位剥奪の上、家は取り潰しとなるだろう。夫人も夫が犯罪を犯しているという認識がありつつも、その利益をともに享受していたことが商人の証言で分かっており、使い込まれたのが民の血税だと思えば情状酌量の余地は全くないといっていいだろう。


 犯罪の根っこはそのまま放置すればだんだん拡がりを見せていく。

 今回の軍部の横流しも今のところ父親と娘の共犯である事しか分かっていないが、実際どれだけ大勢の人間が関わっているのか分からない。既に証拠を消すために水面下で何人か犠牲になっているかもしれない。


 ジークハルトが暗部の統括であることは極秘中の極秘であるため、殆どの貴族にとっては彼は王家の騎士団の副団長というのみの認識である。しかし実際は諜報活動をする部隊の隊長でもあった。


 今日何も情報を得ることができないのであれば、ゲルダ嬢に接触するのはもうやめておいたほうがいいかもしれない。

 ジークハルトは慎重であるが故、女性からの情報収集も引き際を弁えていた。


「お待たせしました、ジーク様。ご機嫌よう。」


「こんばんは、ゲルダ嬢。今日もとてもお美しいですね。」


 腕を差し出すとゲルダは腕を取り体を摺り寄せた。そしてジークハルトをうっとりと見上げながら話す。


「この間はとても楽しかったですわ。今日はどこに連れていってくださるの?」


「そうですね、この間とは別の店で食事をしましょう。美味しいシチューを出す店があるのです。連れていくのは貴女が初めてなんですよ。」


「まあ、素敵! ぜひご一緒させてくださいな。」


 ゲルダが笑いながら更にジークハルトに体を寄せ密着してくる。内心香水臭いなと辟易しながらも、蠱惑的な微笑みを崩さないよう細心の注意を払いながら彼女をエスコートした。

 二人は店に入りコースを注文する。そして彼女をじっと見つめながら口を開いた。


「しかし貴女は本当にいつ見てもお美しい。いったい何が貴女をそんなに美しく見せているのでしょうね。」


「まあ、ジーク様、お上手ですわね。わたくしは美しくあるためならお金も努力も惜しまないのですわ。」


「……ほお。その美しいかんばせとスタイルは貴女の努力の賜物なのですね。そのアクセサリもドレスもとても素晴らしい。貴女の美しさをよく引き立てている。」


「さすがジーク様、お目が高いわ! このネックレスと指輪はわたくしのためだけに特注で作らせましたのよ。」


「なるほど素晴らしい細工ですね。よく見せていただけませんか? ……ふむ、なかなか珍しい。一体これはどちらで作られたのですか?」


「ジーク様だけに特別にお教えしますわ。実は……。」


 ……オイゲン商会。最近急成長を見せている商会だ。どうも彼女のアクセサリの受注だけで成長している訳ではなさそうだ。これは調べてみる必要があるな。

 食事を終え一息入れているところで彼女に提案してみる。


「ゲルダ嬢、もしよかったらこのまま芝居などいかがですか? 今巷でとても人気らしいので、ぜひ貴女と一緒に観たいと思っていたのです。」


「まあ、わたくしも一度観てみたかったんですの。今公演しているのは『薔薇より美しい君を攫いたい』ですわよね。最近貴族令嬢の間でも話題ですのよ。恋愛ものなんですって。それをジーク様と一緒に見れるなんて嬉しいですわ。」


「それはよかった。では時間も丁度いいことですし、早速行きましょうか。」


 ゲルダからはあと少し何らかの情報が欲しいところだ。彼女と一緒に同じ物を見ることで感動を共有し、疑似的な信頼関係でも築ければ情報を引き出しやすくなるかもしれない。

 そういった下心を持ちつつ、彼女を連れて劇場へ向かった。




 劇場のロビーは既に人でいっぱいだった。貴賓席のチケットをあらかじめ購入していたジークハルトはゲルダとともにゆったりと2階の貴賓席へ向かう。


 目的は彼女から情報を得ることなので、彼にとっては正直芝居の内容は二の次であった。

 貴賓席に着いたあと、とりあえず開演前に情報を得ようとゲルダと会話を試みる。だが有用な情報を得られないままとうとう開演のベルが鳴ってしまった。流石に観劇中に会話をする訳にはいかないので取りあえず芝居に集中する。


(会話が交わせないのは困ったものだ。観劇でなく絵画鑑賞にでもすればよかったか。だが若い令嬢の興味のありそうなものといったら今はこれしか思いつかなかった。令嬢だけでなく騎士の間でもときどき話題に上っているくらいだし、この芝居はさぞかし面白いのだろう。)


 そう予想しながらじっと芝居を見ていると、主人公の住む屋敷の場面でジークハルトの目に思いもよらぬ光景が飛び込んできた。


「イザベラ………?」


 思わず呟いてしまったことにはっとしてこっそりゲルダの様子を伺うが、今のが聞こえた様子はない。ほっとしながら再び舞台に目をやると、そこで脇役の侍女を演じているのは間違いなくかの愛しいイザベラであった。


 髪型や化粧は違っても自分には彼女だとすぐに分かる。その大きな蜂蜜色の瞳はいつにも増してきらきらと輝き、珊瑚色の唇からは美しく澄んだ声に乗せてまるで歌のように台詞が紡がれる。

 彼女の頬は薔薇色に染まり黒髪はその白い肌を引き立てていて、ヒロイン役の女性に比べると地味な風貌ではあるものの、自分にとってはこの舞台上の誰よりも輝いて見えた。


 しばらくすると場面が変わり、イザベラが舞台から退いていった。

 そのあとはそこからの話があまり頭に入ってこなかった。なぜなら先程の魅力的な彼女の姿が目に焼きついたままだったからだ。


(彼女は女優だったのか……。この間の食事の時はそんなことは言っていなかったのに。相変わらずの美しさだが、舞台の上のイザベラは前に会ったどんな時ときよりも魅惑的だった。)


 仕事中だというのにすっかり隣にいるゲルダのことを忘れてしまっていた。芝居が終わり閉幕すると彼女が若干興奮した様子で話しかけてきた。


「ああ……! 素晴らしかったですわ。ヒロインとその恋人の薔薇の庭園での再会の場面でわたくしドキドキしてしまいましたわ。」


 ゲルダの声が耳に入ってきてはっと我に返る。そして今まさに仕事中であったことを思い出した。


「……ええ、素晴らしかったですね。私も感動しました。……どうでしょう、よろしければこのあとお酒でもいかがですか? 今ひととき貴女と一緒にこの感動を分かちあいたいのです。」


「ええ、喜んで。わたくしは朝まででも構いませんのよ……。」


 自分に懸命に秋波を送る彼女に蠱惑的な微笑みを返しながらお酒に誘った。

 そしてさっさと終わらせてしまおうと最後の一仕事に着手するべく、彼女とともに劇場を後にした。




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