第66話 師匠と呼ばれる男 <ケント視点>
「剣を収めろ。」
男はそう言うと冷めたような青い瞳で俺とワタルの両方を交互に見る。この男がマスター・ハイノ……?
ワタルは彼の言葉を受けて構えていた剣を即座に鞘に収める。
「師匠、いつお帰りに?」
ワタルは幾分少年ぽさが戻ったかのように少し嬉しそうな様子で男に尋ねる。やはりこの男がマスター・ハイノで間違いないようだ。
「この神殿に邪悪な気配を感じたから急いで戻ってきたんだ。ただ事ではないというのになぜ暢気に手合わせなんぞしてる?」
「そ、それは……。」
ワタルが答えに詰まる。俺はヤバい気配がするってちゃんと言ったからな。全く融通の利かない奴だ。よし、彼の名前を聞いてみよう。
「俺はケントといいます。失礼ですが貴方のお名前を聞かせていただいてもいいですか?」
俺がそう言うと彼は丁寧に答えてくれた。
「私はハイノ。この国では仰々しくマスター・ハイノなどと呼ばれているがな。この不肖の弟子ワタルに剣を教えていた。君ももしかして日本人か……?」
「はい。蕪木剣人といいます。エメリヒの野郎にワタルと一緒にこの国に召喚されました。」
「フッ。エメリヒの野郎か。随分恨んでいるようだな?」
ハイノが俺の言葉に面白そうに笑う。
「召喚されてすぐに殺されかけましたから。」
「えっ!?」
ワタルが驚きに目を瞠る。やはり知らなかったのか。どうして俺がエメリヒに目の敵にされてるかくらい想像しろよな。
「そうか……。あの男がそんなことを。」
ハイノが俺の話を聞いて考え込む。
「はい、理由は分かりませんが。勝手に召喚しておきながらもう戻れないというので俺もカッときて加護のことを黙っていたんです。だから能力がないために不要と判断されたのだと思いました。」
「まあ、それは間違いないだろうな。」
「エメリヒはそんなこと一言も言ってなかったぞ。まさかケントさんがそんな目にあっていたとは……。」
ワタルが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。この際洗いざらい奴の悪事を暴露してやろうと思った。この二人は悪人じゃない。敵に回す必要はない。
「それだけじゃないぞ。隣のモントール共和国に逃げても暗殺者を差し向けてきたからな。何度殺されそうになったことか。」
「なんてことだ……。エメリヒの奴……。」
ん? ワタルもエメリヒに何か思うところでもあるのか? あまり奴に対して好意的には見えないな。
「追っ手か……。全くこの国はいつまでたっても愚かだな。」
ハイノが含みのある言い方をする。どういうことだ? やはりこの人は……。
「正直不要と判断された俺にそこまでしつこく追っ手を差し向けてくる理由が分かりません。そのために何人か返り討ちにしてその命を奪わなくてはいけませんでした。」
「加護持ちの可能性のある異世界人がこの国の外に出ることを危険視したのだろうな。それが余計に強力な敵を増やしてしまうことに気づかないのだから全く愚かしいことだ。」
悔しさを滲ませる俺の言葉を聞いてハイノがその理由を推測する。どうやら彼もこの国に相当呆れているらしい。
「ワタルは知らなかったのか?」
ハイノがそう尋ねるとワタルは悔しそうに答える。
「はい、申し訳ありません。知りませんでした。」
「知らないのに問答無用で攻撃したのか?」
「……はい。」
「この馬鹿もんがっ! お前は前から融通が利かん。人の行動には全て理由というものがある。物事をもう少し柔軟に考えろと言っただろう?」
「はい。」
マスター・ハイノ怖いわ……。ワタルが先生に説教されてる生徒に見えるわ。
「ハイノさん、貴方はもしかして……。」
彼は俺の言葉を片手で制して静かに話す。
「まずいな……。邪悪な気配が強くなっている。気配は地下からだな。」
「地下……!」
急がないとセシルがヤバいかもしれん。ハイノの正体は後だ。助けに行かないと。
「ハイノさん、俺行きます。たぶんそこに俺の仲間がいるんです。きっと危険な目にあってる。助けに行かないと!」
「私も行こう。」
「僕も行きます!」
2人がついてきてくれたら心強い。ここは2人の言葉に甘えよう。その時だった。
「私も行きます。」
突然現れたのは薄紫の髪に紫紺の瞳を持つ、祭典でワタルの隣にいた少女だった。
「エリーゼ様……。」
ワタルが呟き2人が見つめ合う。なんだこの甘い空気は。ああ、そういうことか。リア充は異世界に来てもリア充か。
「エメリヒにイルザという少女が……いえ、きっと本当は違う名前ですね。恐らく先々代の聖女の血筋と思われる少女が連れていかれたのです。気配は恐らく連れていかれたほうからだと思います。」
「くそっ……!!」
彼女の言葉を聞いてすぐに駆け出す。やはり捕まっていた。セシル、すぐに助けてやるからな!
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