第62話 直談判


 祭典の翌日セシルは神殿へと向かった。勇者の祭典を目当てに他の町から来た者も多かったのだろう。王都は未だいつもよりも多くの人で賑わっていた。


 とりあえず今日は聖女に会えるかどうかだけ確認しよう。そう考えながら神殿への道を進む。

 時刻はもう既に朝の10時を過ぎており、天気も良く気温も高い。照り返しで汗が滲んでくるのを感じるほどの暑さだった。


 昨日はパレードのため近づくことのできなかった神殿が目の前に高くそびえたつ。その白い壁は荘厳で大きな入口の上の方にはステンドグラスの装飾があるが華美過ぎず美しい。

 セシルは王都へ入ってきたときの変装で、幻影ミラージュのペンダントで薄茶色の髪と瞳に変化させ、髪は後ろで三つ編みに纏めている。本来のセシルの銀の髪と金の瞳はこの国でも共和国でも見かけない。それを神殿関係者に見られれば聖女の血筋であることがばれてしまうだろう。


 神殿に入ると目の前に礼拝堂への扉、そして手前に左右に分かれる廊下がある。目の前の扉は解放されており、入ると天井の高い大きな空間が広がっていた。真っ直ぐ進んだ先には祭壇がある。祭典の翌日のせいなのか礼拝堂の中はたくさんの人で溢れていた。お祈りを終えてもなお長椅子に座り寛いでいる人もいるようだ。


 ぱっと見た感じ神殿関係者は祭壇近くに立っている神官くらいしかいない。そして彼はエメリヒではないようだ。とりあえず彼に聖女に会えるか聞いてみよう。


「神官様、今よろしいでしょうか?」


「はい、なんでしょう?」


 神官は物腰柔らかくセシルの声かけに答えてくれる。


「私はこの国のずっと北にあるライネという村のイルザと申します。聖女様にお願いがあって参りました。どうかお目通りをお願いできないでしょうか?」


 セシルは地図で見たこの国の北の端っこに位置する村の名前を思いつきで話した。勿論名前もでっち上げた。


「まだ幼いのにそんなに遠くから……。それは大変でしたね。ですが聖女様は大変お忙しく、しばらくは面会の予定が多くてお約束のない方にはお会いできないのです。」


「そんな……。うわぁんっ!」


 セシルは仰々しく床に伏し泣き叫ぶ。勿論嘘泣きだ。伏している隙に目の辺りをこっそり唾で濡らす。


「どうか、お願いします。お話だけでも聞いていただきたいのです。どうかっ!」


 ぱっと顔を上げて胸の前で両手を組み神官に泣きながら懇願する。


「お嬢さん、落ち着いて。困ったな……。」


 我ながらなかなかの演技力だと思う。目の前の神官はセシルの涙に狼狽えているようだ。セシルの悲愴な様子が礼拝堂の中にいる人々の注目を集めている。セシルは一見幼くか弱い女の子だ。そんな子が床に伏して泣いているのだから、神官には悪いがさぞかし困るだろう。


「どうしたのですか……?」


「聖女様……。」


 聖女……? セシルが顔を上げると目の前には薄紫の髪と紫紺の瞳を持つ美しい少女が立っていた。この少女は確か昨日勇者であるワタルの隣にいた子だ。

 神官が困ったように少女に話す。


「いえ、この少女がどうしても聖女様に会わせてくれと泣いてしまいまして、どうしたものかと困っていたのです。」


「そうですか……。貴女、お名前はなんていうの……?」


 少女が優しく声をかけてくれる。


「はい、イルザと申します。ライネの村から聖女様にお願いにあがりました。兄を助けていただきたいのです。」


「まあ……。よろしかったらこちらへどうぞ。」


「聖女様!」


 神官が彼女を諫めるもそれを片手で制止し彼に答える。


「ちょうど昼食の休憩を取ろうと思っていたのです。それほど長時間でなければ話を聞くくらい構いません。」


「聖女様、ありがとうございます!」


 神官は渋々引き下がり、よかったですね、と声をかけてくれた。彼は割といい人だった。


 セシルは聖女の後をついていく。礼拝堂から出て廊下をずっと真っ直ぐ歩いた突き当りの部屋へ通された。


「どうぞ。」


「失礼します。」


 彼女に促されるままソファに座り部屋を見渡す。そこには上品な家具が備えられているが、質素で綺麗な部屋だ。

 聖女が向かいに座り優しい声で話し始める。


「ここは私の私室なのですよ。貴女のお話を聞かせていただけるかしら。」


 セシルはここで悩む。口実を作るまでもなく聖女に会えたからだ。

 このまま本題に入ってしまおうか。だがそうすると嘘を吐いていたと咎められそのまま摘みだされるか、もしくは捕まってしまったりしないだろうか。


「聖女様がそんなにお若い方だとは思いませんでした。私とあまり変わらないような気がします。」


「あら、貴女はいくつなの?」


「12才です。」


 彼女はふっと柔らかく微笑んだ後言葉を続ける。


「私は16なのよ。だいぶ貴女よりもお姉さんよ。」


「16才……。そんな年齢でもうお仕事をお忙しくなさっているなんて凄いです。」


 セシルがそう言うと聖女は少し寂しそうに笑って答えた。


「そんなことは、ないわ……。好きでこんな……。いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。」


 表情を曇らせいい淀む彼女を不思議に思いながらも、このまま本題をはぐらかして詳しい話を聞けないだろうかと考える。神殿の内情をもっと知りたい。


「私にも聖女様のような力があれば兄も苦しまずに済んだのに……。聖女様は生まれつき特別な力があったのですか?」


 その言葉を聞いて一瞬驚き、そのあと彼女が気づかわしげな眼差しでセシルを見る。


「まあ、お兄様が……? それはお気の毒に……。私の力は幼い頃からだったのよ。治癒と浄化の力を使えるものが稀に生まれてくるそうで、私は先代の聖女様が引退なさってから幼い頃にこの王国に見つかって……、あ。」


 聖女の言葉の端々に聖女という職務に対しての否定的な気持ちが汲み取れる。とても演技には見えない。彼女は今の状況に不満なのだ。もしかして力を持っているのが国に見つかって無理やり連れてこられたのではないだろうか。


「聖女様……もしよかったらお名前をお聞かせいただけませんか?」


「私の名前はエリーゼよ。」


「エリーゼ様……。実はわたしは治癒をお願いしに来たのではないのです。」


「え……。」


 少し打ち明けるのが性急だったか……。エリーゼの表情にほんの少し警戒の色が浮かぶ。もう少し慎重に言葉を選ばなければ。


「どうか落ち着いて聞いてください。わたしは貴女の味方です。ここで聞いたことは決して外には漏らしませんし、この国の敵でもありません。かといって味方でもありませんが。わたしは一介の冒険者です。」


「冒険者……。」


「ええ、わたしは祖父を探しにきました。」


「おじい様……?」


「はい、噂で勇者様の剣の師匠にマスター・ハイノという方がいると聞きました。」


「ええ、存じております。」


 エリーゼがセシルの言葉に頷いた。

 すうっと大きく息を吸って心を落ち着かせる。どうかそうであってほしいと願いながら言葉を紡ぐ。


「彼に会わせていただけないでしょうか? 彼がわたしの祖父ではないかと思っております。」


「えっ!? マスター・ハイノが!?」


「はい。」


 エリーゼは驚きを隠せないようだ。それはそうだろう。長らく謎とされてきた人物に、いきなり孫と名乗るさらに得体の知れない娘が訪ねてきたのだから。


「そうですか……。ですが、今彼はこの王都には居ないのです。」


「えっ……。」


 彼女が申し訳なさそうにセシルに答える。取り繕おうとは思っても彼女の言葉にどうしても落胆を隠せない。明らかに落ち込むセシルに気づかわしげにエリーゼが告げる。


「とはいえ今いないだけでそのうち彼は戻ってくるのではないでしょうか。もともとふらりとどこかへ行かれる方でしたから。」


「そうですか……。でしたら勇者様に会わせていただけないでしょうか? 彼ならマスターのことをもっと詳しくご存じなのではないかと思うのですが。」


「ワタル様ですか……。ごめんなさい、私の権限でもそれはできないのです。神官であるエメリヒの許可がなければ偶然でもない限りワタル様には会えないのです。」


 悲しそうな眼差しでエリーゼが話す。ワタルの名前を口にする瞬間彼女の声がほんの少し熱を孕む気がするのは気のせいだろうか。


「なぜそんなに厳しいのですか? だって聖女様は国のために尽くしてらっしゃるのでしょう? 貴女にはそのくらいの自由や権限があっていいはずです。」


 懸命に言い募るセシルにエリーゼは哀しそうに笑って答える。


「30年ほど前にこの国の聖女様が当時の勇者様と駆け落ちをなさったの。」


 ぎくっ。それっておばあちゃんとおじいちゃんのことだよね……。


「それからというもの同じ神殿に所属しながら聖女と勇者様は国と神殿の厳重な監視下に置かれ、公式な場でもない限り会えないことになっているのです。ほんの少しの時間偶然すれ違ったり見かけたりすることはありますが、基本あまり会うことができません。」


 それに関してはセシルに責任があるわけではないが、身内が原因なのでなんとなく申し訳なく感じてしまう。


「そ、そうだったのですか……。ごめんなさい。」


「いえ、いいのよ。貴女の気持ちはとても嬉しいわ。そんなふうに私の立場に憤ってくれる人などいなかったから……ワタル様くらいしか。」


 エリーゼが悲しそうにそう呟く。ああ、この人はワタルに対して少なくとも親愛の情を持っているのだ。そしてその話から察すると彼も彼女のことを思いやっているのかな?

 なんにせよ、マスター・ハイノへ続く道は閉ざされてしまった。これからどうやっておじいちゃんを探そう。困ったな……。


 そのときだった。コンコンと部屋の扉がノックされる。


「どなた?」


 そう彼女が訪ねると扉の向こうから答えが返ってきた。


「エメリヒです。失礼しますね。」


 セシルはその名前を聞いた途端、体が強張る。ケントから聞いた限りでは友好的な人物ではないはずだ。

 エメリヒは一方的にそう言い放ち、エリーゼの許可も待たずに扉を開け部屋へつかつかと入ってくる。そして昨日2台目の馬車に乗っていた、ケントの言っていたあの神官がセシルの目の前に立ちこちらを見下ろす。そしてまるで見下したようににやりと笑みを浮かべる。


「ほぉ、この子は……。」


「なんです? じろじろと女性を見るものではありません。エメリヒ、レディに対して失礼ですよ!」


 エリーゼが憤って抗議するとエメリヒはそれを尻目にセシルを見下ろしながら話を続ける。


「へえ、レディねぇ……。そんな変装までして、お前はいったい何者だ?」


 彼は突然何かを詠唱したかと思うと、セシルに解除魔法をかけ幻影ミラージュの効果を解いてしまう。その結果セシルの銀の髪と金の瞳が露わになった。

 エリーゼはそんなセシルの姿を見て驚きを隠せないようで、両手を口に当てて目を見開いて凝視している。

 セシルが咄嗟に立ち上がると、エメリヒがぐっとセシルの顎を片手で捕らえる。


「銀の髪と金の瞳……。見覚えがあるなぁ。昔私が敬愛してやまなかった方にそっくりだ。裏切られたがね……。」


 エメリヒがニヤリと笑いながらそう話す。

 この男はおばあちゃんを知っている。セシルはエメリヒの邪悪な眼差しに射竦められ、背筋に冷たいものが走るのを感じた。




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