第59話 少年との再会



「ルーン、どうしてここに……?」


 彼に対して聞きたいことはたくさんあるのに思わず口を突いて出たのはそんな言葉だった。


「お姉ちゃん、急にいなくなってごめんね」


 ルーンが以前と同じように笑って答える。だがその微笑みはどことなく空々しく感じる。

 彼を見てノインが呟く。


「ヌル……」

「ヌル……?」


 ヌル……彼女は一体誰のことを言っているのだろうか。目の前にいるのはルーンだ。


「ノイン、僕は手を出すなって君に言ったよね。忠告を聞かないからそんな目に合うんだよ。リベンジは勝手にしてって言ったから別にお仕置きはしないけど」


 ルーンの言っていることが分からない。手を出すなって言った? 彼がノインのリーダー? 目の前のこのどう見ても少年の彼が?


「あたしはただあの現象のことが知りたかっただけだ。セシルに攻撃すればまた同じことが起こるかもしれないって思ったんだ」


 ノインがばつが悪そうにルーンに答える。それに対しルーンは肩を竦めて淡々と話す。


「馬鹿だね。同じことが起こったら今度こそどうなるか分からないのに。それを起こさないように手を出すなって言ったんだよ、僕は?」

「待って、ルーン。君が何を言ってるか分からない。なんでノインとそんな会話をしてるの……? 君は何者なの?」


 ノインを諫めるルーンに堪りかねて声をかける。セシルの疑問にルーンは笑って答える。


「もう分かってるんでしょ? 僕が暗殺チームのリーダーのヌルだよ」

「嘘……」


 ルーンが今までの暗殺者に指示を出していた? セシルとケントを殺すように? あんなに懐いてくれていたのに? 親愛は感じても悪意なんて全く感じなかったのに?

 ……そんなの信じたくないよ。


「嘘じゃないよ」


 そう言うとルーンの影がシュルシュルと彼を包み、背の高い黒髪の大人の男に変化した。その姿はルーンの面影を残し瞳の色だけはそのままだ。


「これで分かった? 僕はセシルを騙してたんだ」


 セシルは首を左右にぶんぶんと振る。


「君はヌルかもしれないけどルーンだよ。わたしは悪意を向けられてたら分かるもの……」

「セシル……。もう本当にお人好しだな、お姉ちゃんは。少し僕の話をしていい? ノインはしばらく眠っててね」


 ルーンはノインを眠らせ音を遮断する結界をかけた。


「うん、聴かせて」


 その微笑みが冷たいものから暖かいものに変わったのが分かった。ルーンがセシルの言葉を聞いて頷く。

 彼女が眠ったのを確認したあと、ルーンはゆっくりと話し始めた。


「僕は悪魔憑きなんだ。ルーンは僕の本当の名前なんだ。普通の人間だった。セシルが見たルーンの姿が本来の僕の姿なんだ」


 悪魔憑き……。さっきノインが言っていた。さっきルーンを包んだ黒い影が悪魔……?

 ルーンは寂しそうな表情で話を続ける。


「僕は5才のころにラフィと出会ったんだ」

「ラフィ?」

「うん、僕についている悪魔。愛称だよ。本当の名前は知らないほうがいいと思うから教えない」

「ルーンに憑いてる悪魔……」


 あまりに突拍子もない話に驚いてしまう。

 悪魔が憑いてるってどういうこと?


「僕は一人で遊んでてある祠の封印を開けてしまったんだ。本当なら取り殺されるところだったらしいんだけど、僕はもともと悪魔と相性がよかったみたいでラフィに気に入られて依代にされたんだ」

「そんな……」


 悪魔が人間に憑依……そんなことがあるなんて信じられない。


「僕自身親も兄妹もいなくて親戚のところでこき使われてて、愛情の欠片もないような環境で育ったからね。別に意志を奪われるわけでもないし、特にラフィが憑いて困ることなんてなかった。背徳感もなかったよ。それからは楽だった。邪魔なものや気に入らないものはたやすく排除できたし、欲しいものは簡単に手に入れられた」

「ルーン……」


 ラフィと出会った時の彼はまだ幼い子供だったのだ。善悪の判断を教えてくれる者もないままに悪魔に憑かれたのだ。

 そんな彼のことを怖いとは思わなかった。


「お姉ちゃんは手に入れられなかったけどね。精霊が守ってたから……。精神支配もその気になればできるんだけどね。周りが人形ばかりになるとつまらないからやらないけど」

「わたし……? 精霊のこと、知ってるの?」


 悪びれもせずにルーンが頷いて話を続けた。


「うん、知ってるよ。ラフィは大体のことを知ってる。ラフィと僕の知識は同期してるんだ。だけど絶対に支配されることはない。彼とは共存関係なんだ。快楽主義的な生き方をするという利害が一致しているしね。ただ……」

「ただ?」


 ルーンの表情が俄かに曇る。彼に話の続きを促す。


「ときどきこうして話しているのがルーンなのかラフィなのか分からなくなるときはある。でも僕がお姉ちゃんを好きだって思ってるときは間違いなく僕自身だなって分かるんだ。悪魔は人を愛さないから……」

「へ? 好き?」


(好きってルーンが? わたしを!?)


 突然のルーンの言葉に戸惑ってしまう。


「僕はお姉ちゃんを好きなんだ。あ、ちなみに僕見た目は10才くらいにしてるけど、もう200年以上は生きてるからね。ラフィの力で不老不死ってやつになっちゃったんだ。見た目の年齢は好きに変えられるの」

「そうなんだ……。ってことは、抱きついてきたりしてたのは兄のように慕ってじゃないってこと?」


 セシルの問いかけにルーンはにこにことしている。そして答えた。


「僕は一度も兄のようになんて見てないし、最初から女の子だって分かってたし。だけど支配したいと思ってるわけじゃないから安心して。セシルの気持ちは知ってるから」

「わたしの気持ち……」


 セシルは最初ぴんと来ずに首を傾げたが、段々と思い当たって顔が赤くなる。


「ノインに災禍の話を聞いてセシルと直接会ってみたくなったから会いに行ったんだ。そして君が精霊のいとし子であることが分かった。君の前から姿を消した後はもう会うつもりはなかったんだけど、僕は精霊とやりあう気はないっていうことを君に伝えたかった。だけど今回のノインのようにチームの他のメンバーが行くかもしれないけどそこはうまくあしらって」

「う、うん……」


 ルーンがそう言うからには取りあえずの危機はないということだろう。


「ねえ、ルーン、また会える……?」

「うーん、分かんない。気が向いたらね」


 ルーンはそう言って楽しそうに笑うとノインの結界とかかっていた精霊術を解除し、彼女とともに姿を消した。

 彼の去ったあとを見つめながら、セシルはあの憎めない小悪魔とまた会いたいなと思った。




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