第56話 王都へ


 3日ほどグーベンの町で休養を取り、体調を整え王都へ向かう。町を出て馬を半日ほど走らせ続け夕方の5時くらいには王都へと到着した。


 人がたくさん歩いていて建物もたくさん建っている。街の規模が想像以上に大きい。ランツベルクと同じくらいだ。だがあの町と決定的に違うのは……。


「ケント、街の向こうに建っているあの大きいのがお城?」


 街並みの向こうに荘厳な佇まいの建造物が見える。恐らく町のどこからでも見えるだろう。


「ああ、そうだ。そしてあの城のすぐ側に神殿がある。神殿に勇者や聖女がいるはずだ。エメリヒっていういけ好かない神官もな。」


 ケントが吐き捨てるように言う。セシルにとっては見慣れない光景に感動を覚えるほどだが、彼にとっては全くいい思い出がないのだ。殺されかかったのだから当然だろう。


「ケント、ハヤテ号は大丈夫? 城の将軍の馬なんでしょう? ばれないかな?」


 ハヤテ号にはたてがみ幻影ミラージュのペンダントを改良したアクセサリをつけている。外見的には元の青毛ではなく芦毛になっているので大丈夫とは思うのだが、もし見つかった場合飼い主をごまかせるか心配だ。


「まあ大丈夫だろう。こいつが将軍に懐いていったらさすがにやばいかもしれないが。ハヤテ号はもう俺にぞっこんだからな。」


「ブルルル。」


 うん、きっと大丈夫だろう。ハヤテ号とマリーを連れていつものように馬房つきの宿を取る。さてどうやっておじいちゃんを探そうか。


 取りあえず泊まることになった宿屋のおじさんに聞いてみることにする。


「おじさん、最近この町で元勇者のクロード様を見かけたっていう話とか、彼に関する噂とかをは聞いたことはないですか?」


「うーん、いや最近は聞かないね。数年前には聞いたことがあるけど。」


「そうですか。ありがとうございます。」


 セシルは何も手がかりがないことにがっかりする。肩を落としたセシルの様子を見てケントがセシルの頭にぽんっと手を乗せ声をかけてくれる。


「まだまだ情報を得られるところはあるんだ。最初から気を落とすなって。」


「うん、ありがとう……。」


 ケントはにっと笑って話を続ける。


「それじゃあ、次は酒場にでも行ってみるか。」


「酒場?」


「うん、冒険者も町の人間も集まるしな。マスターにでも聞いてみようぜ。」


「うん!」


 まだ外は明るかったけどケントと一緒に酒場へ行くことにした。夕方の喧騒で街はざわめいている。本当に活気のある町だ。

 広場から北側に入った路地に食堂や酒場が建ち並んでいた。その路地に入ってしばらく歩いていると、冒険者がそこそこ出入りしているお店があったので入ってみることにする。


「ルイ……の酒場? 看板の真ん中が掠れててよく読めないな。」


「ほんとだね。でも繁盛してるみたいだよ。お客さんがいっぱいいるし、入ってみよう。」


 酒場の窓から見ると中に人がいっぱいいるのが見える。ケントと一緒に酒場の扉をくぐる。


「いらっしゃぁい。」


 酒場のホールで給仕をしていたやたら可愛らしいお姉さんが声をあげる。そこにはテーブルがいくつかあってそれぞれの席に冒険者や町の人が座っている。そしてホールでは給仕の女性が2人程忙しそうに歩き回っていた。酒場の中はかなりの賑わいを見せている。


 カウンターが空いていたのでケントと並んでカウンターに座る。そしてカウンターの中にいた女性に声をかける。ピンクブロンドに紫紺の瞳の可愛らしい少女のような容貌の女性だ。


「あの、マスターは?」


「マスターというか私がオーナーよ。ルイーゼっていうの。よろしくね。」


「はぁ、ルイーゼさん。よろしくお願いします。」


 酒場の女性というよりは貴族女性といった雰囲気だ。なにか訳ありなのだろうか。なんだか彼女のことが気になってちらちらと見てしまう。

 すると彼女はふふっと笑ってこちらの考えを見透かしたように話してくれた。


「私はもともと貴族なのよ。男爵家の娘だったんだけどある国でちょっとやらかしちゃってね。」


「やらかした?」


 ルイーゼの話に興味深そうに食いつくセシルに、彼女は微笑みながら肩を竦めて答えた。


「ええ、王子様の妃の座を狙って彼の婚約者を嵌めようとしたのだけど失敗しちゃったのよ。今思えば馬鹿なことをしたと思うわ。」


「そ、それはなかなか……。」


 彼女の話を聞いて驚いてしまう。目的のために手段を選ばない人なんだろうか。ちょっと怖い。


「ええ。それで王子様の怒りを買って、実家が取り潰されそうになったものだから勘当されて国を追い出されちゃったのよ。でも今はこうして女の子たちを集めてこの酒場も軌道に乗って、今となっては国を出てきてよかったと思っているわ。」


 何がきっかけで幸せになるかなんて分からないものね。彼女はそう言ってセシルにミルクを出してくれた。きっと彼女なりに反省して今に至るのだろう。

 ケントはちゃっかりとエールを頼んでいる。お腹も空いていたので料理もいくつか頼んだ。

 目の前に並べられた料理を食べながらルイーゼに尋ねる。


「ところでルイーゼさん。最近この町で元勇者のクロードさんを見かけたとか彼についての噂を聞いたことはありませんか?」


「クロード……クロードねえ。数年前に見かけたという噂を聞いたことがあるけど。」


「それはどこでですか?」


「確か神殿へ参拝したときによく似た人が中庭にいたのを見たって聞いたわ。」


「神殿……。」


 神殿といえば一番やばいところのような気がする。ケントが召喚されたところだよね?

 ちらりとケントを見ると難しそうな表情をして何か考え込んでいる。でも手掛かりがそこにしかないんだったら行くしかないよね……。


「似た人だから本人かどうかは分からないわよ? それにもうすぐ勇者様のお披露目の祭典があるの。だからそれまでは神殿に行っても入れてもらえないかもしれないわ。」


「それはいつなんですか?」


「えーっと、今週の日曜日ね。3日後よ。」


「3日後……。」


 その日以降であれば神殿へ入れる。

 祭典か……。きっとそのときはケントを召喚したエメリヒという神官や、ワタルという勇者も見れるよね。

 人がいっぱいいるのなら逆に隠れやすいかもしれない。もしかしたらそのときにおじいちゃんにも会えるかもしれない……。


「ケント、祭典へ行ってみたいんだけどいいかな……?」


「ああ、いいぜ。人が多いほうが紛れやすい。俺も一度エメリヒとワタルの様子を見ておきたい。聖女も見れるかもしれないぜ。」


 今代の聖女……。会えるものならぜひ会ってみたい。一体王都でどんな役割を担っているのか。そして今でも王族と婚姻などという古いしきたりがあるのだろうか。


 ミルクを飲みながら祭典の日に思いを馳せ、ケントとともに酒場で夜遅くまで当日の計画について話した。




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