◇ 02
頷く以外の解答を拒否せん威圧的な空気に従い、少し多めに頷いたアオバを見ると、ビッカーピスは「では改めて迎えに来ます」と言い残し、テルーナの見送りを片手で断り、リッキーを連れて(彼は最後までテルーナの方にばかり愛想を振りまいていた)帰って行った。
扉が閉じても、未だ部屋に残ったテルーナの監視するような視線によって、室内の空気は異常に冷えていた。雑談でもして紛らわせようかと思ったが、張り付けたような笑顔のテルーナを見て、それは悪手のように思い、口を閉ざす。
「あ、の……テルーナさん」
「はい~?」
体感にして五分以上の沈黙の後(実際は一分も無かったと思う)、思い切って話しかけた。ゆっくりと、テルーナが首をかしげる。瞬きもせず、どこか機械的なものを感じさせる動きに内心怯えながら、話題を探る。
「僕は、誰かを傷つけたりはしない……つもり、です。リコルさんもそうですし、テルーナさんも。できることなら、フラン・シュラや、ラピエルも……だから、その……」
テルーナが心配するような事はしない、という意思表明のつもりだったが、聞きようによってはラピエルの側についているともとれる表現になってしまい、顔をしかめてしまった。こんな言い方をすれば、また疑われてしまうだろうか。今のはちょっと不味かったかと、テルーナの顔色を窺うと、彼女は数秒の沈黙の後、瞬きをし、殺意を引っ込めた。
「まぁ……アオバ君が悪い子じゃないのは、分かっていますよぉ。リコル様も、そう仰ってましたからぁ」
ただ……。と、テルーナはピンクから水色へとグラデーョンのかかった色の目を伏せて、小さな声で続けた。
「力の制御が出来ているとは言い難い君が、リコル様を傷つけないという確証が得られません」
二の腕をさするように腕を組み、テルーナは壁にもたれた。口を閉ざしてしまった彼女を見つめながら、アオバは少し思案し、控え目に尋ねた。
「好きなんですか、リコルさんのこと……」
「リコル様を狙っているというのなら今この場を持って粛清いたしますけど!?」
「狙ってませんよ!?」
早口でまくしたてながら、テルーナの手が腰に携えた剣の柄を握ったのを見て、そうじゃないと慌てて身振り手振りで否定する。そんなアオバの様子を見て、テルーナは一応剣から手を離してくれたものの、先ほどとは違う殺気を放ちだした。
「御使いだか知りませんけど、人間なんだかそうじゃないんだか分からない人に、リコル様の御隣が務まると思わないでください! あの方の横に並ぶのは、由緒ある名家の、品のある所作が身についた麗しき御令嬢と相場が決まっているんです!!」
「あ、いや、僕は本当に、そういうつもりじゃないですから……」
また誤解されては敵わないと、首を横に振る。とはいえ、敵だと疑われるよりはマシかと、その話題を続けた。
「じ、自分が隣に立とうという気はないんですね……?」
「私、令嬢ではありませんので」
「でも、言うだけならタダですよ」
その言葉を飲み込むのに時間がかかったのか、テルーナは少し黙り込んだ。しかし、すぐに苦々しい表情になったかと思うと、首を振った。
「……いえ。私は、リコル様を守る者であって、同じ道を歩むような者ではありませんからぁ」
「そう、ですか……? リコルさん、テルーナさんの事かっこいいって、言ってましたけど……」
互いに好意的なのだから、脈はあるのではないだろうか。それとも貴族などの高貴な身分は、聖騎士とは恋愛が出来ない……などという規則がこの世界の常識としてあるのだろうか? まだこの世界の常識を理解し切れていない為に、妙な事を言い出してしまっただろうかと、悩むアオバを他所にテルーナが口を開いた。
「それ、本当ですか……?」
「え?」
「リコル様が、私の事、かっこいいって」
「あ、はい。昔からずっと、かっこいいって」
途端に、テルーナの表情が緩んだ。紅潮した頬を両手で包み、「えへぇ……そっかぁ」と、照れたように呟いていたかと思うと、はにかんだまま、どこかさみし気にこちらを見た。
「リコル様は、誰にでもお優しいですから……私が可哀想な子だったから、今も無下にしないでくれるだけなんですよ」
言い聞かせるように、テルーナは言う。
「リコル様の事は、好きです。愛しています。この世の何よりも、幸せでいて欲しいと願っています。だから──邪魔な
一歩間違えると歪んだ愛情になりかねないものを抱えながら、テルーナはこちらの目の前まで詰め寄ると、手刀のように指を揃え、それをアオバの首元に軽く当てた。
「リコル様とお近づきになろうなどと、下心を持って接しないでくださいねぇ?」
「いやあの、本当に誤解なので……」
「そんな風に言って、近づいて来た男が何人もいるんですよ。リコル様と同性だからって私は甘く見ませんからね。身包み剥いで保護区に埋められたくなければ、分かりますね、アオバ君」
「はい、大丈夫です、大丈夫ですから!」
ぐいぐい顔を近づけられながら、くどいほど念押しされていると(殺意は薄いと判断したのか、ユラは助けてくれなかった)、再び扉がノックされ、またもこちらの返事を待たずに開けられたかと思うと、話題の人物が顔を覗かせた。初対面ならば三度見はしてしまう程の美貌──リコルの顔を認識した瞬間、テルーナはアオバの隣に並び、強引に腕を組んだ。
「……あれ、ちょっと見ない間に仲良しさんになったね?」
不思議そうに目を瞬かせるリコルに、テルーナは満面の笑みで答える。
「はいっ、とっても仲良しですよぉ。ねー、アオバ君」
「……はい」
「いいなぁ、私も──ああいや、そうじゃなかった」
仲間に入れて欲しそうに、何か言いかけたリコルは、背後にいるであろう従者の視線を気にしてか、一瞬振り返ったかと思うと、咳払いを一つして話題を変えた。
「さっき、ビッカーピス隊長を見かけたんだが……」
「あぁ。それぇ、アオバ君に、会いに来てたんですよぉ。聖女様が、御使い様に会いたいって言ってる、とかでぇ。また改めて迎えに来てくれるそうですよぉ」
「そうか。なら、少しだけ時間はあるかな」
扉を背で押し、道を譲るようにして、リコルは廊下の方を指さした。
「ちょっと気分転換に、外に出ないかい?」
ユラに了承を取ろうと視線をやると、少し考え込んでから彼女は頷いた。
行きますと声を出すと、テルーナが腕を解放してくれたので、安堵からため息交じりの息をついた。半ば脅されていたとはいえ、同年代らしい女性と距離が近いと緊張してしまう。状況にそぐわず、反射的に熱くなった顔に手で風を送りながら立ち上がる。
「その……ペルルも一緒で構いませんか?」
「勿論。あれ、そういえば一緒じゃないんだね」
「ちょっと連れ出されていまして……」
会話しながら階段を降り、ある部屋の扉をノックする。「はい」と返事が聞こえ、すぐに青年が中から顔を出した。シャニア王国の王都にあるという寄宿学校の学生、グランは、こちらの顔を見ると「ああ」と頷いた。
「もうすぐ終わるよ」
そう言って、彼は道を開けた。「おじゃまします」と声をかけて部屋に上がらせてもらうと、赤毛の寄宿学生の少女、ネティアが、衣服から髪も肌も何もかもが真っ白な少女、ペルルを前に何か作業をしていた。
「こーれーでー……よし! 完成!」
元気よくネティアが、作業を終えた白い布を掲げた。それを広げ、ペルルに羽織らせると、ネティアは満足そうに笑顔になった。
「完っ璧ね! さ、アオバに褒めてもらいましょ!」
言いながら、ネティアはペルルをこちらにお披露目した。以前作ってもらった真っ白なポンチョを手直ししてくれたようで、いくつか装飾が増えていた。
可愛いね、と褒めつつも、明らかに前回は無かった、蓮の葉のような形をした茶色い鉱石を、指先でつつく。リボンの留め具として使っているようだが、他が白いだけにそれだけ悪目立ちをしている。
「これは?」
「糸切狭よ──ああ、心配しないで! もう精霊は居なくなっちゃってるから」
つまり、切れ味は無いと言いたいのだろうか。刃の部分であろう場所を指でなぞるが、確かに皮膚が切れる様子は無い。それどころか、角が無いので痛くもなかった。
「せっかくだから、ペルルちゃんに好きな留め具を選んでもらおうと思って、色々見せてみたのだけど。ソレが気に入っちゃったみたい」
ネティアが手で指したベッドの上には、様々な種類のボタンやベルトの留め具などが広げられていた。白い色の留め具もあったが、ペルルはそれを選ばなかったのだろう。
「ペルルは、こういう色が好きだったんだね」
「これねぇ、あおばだから」
「うん?」
この一週間、少女らに交じって遊んでもらっていたからか、それなりに聞き取りやすい調子でペルルが言う。
「あおばのいろ」
「ふーん?」
よく分からないが、気に入っているのか、ペルルは俯くようにしてじっとそれを見つめていた。よかったね、とペルルの頭を撫で、ネティアに向き直る。
「ネティア、ありがとう。何かお返しができればよかったんだけど……」
「いいのよ! この一週間、お金の事を考えずに、毎日毎日好きなように裁縫が出来て、とっても開放的な気分なんだから!」
満面の笑みでネティアは目を輝かせる。しかしそうは言っても、貰ってばかりというのも、小心者なアオバは落ち着かない。金銭を持ち合わせていない以上、他に何かできることは無いかと考え込むと、ネティアはこちらを覗き込み、後ろにいるであろうリコルたちを見、視線をまたこちらに戻した。
「じゃあ、何かアオバにお願いできそうなことを考えておくわ。今日は後ろの、素敵なお友達とお出かけするのでしょう?」
待たせちゃ失礼よ。とはにかんで、ネティアはペルルの前に移動すると、ぎゅっと抱きしめた。
「また作らせてね、ペルルちゃん」
「うん。ね、ねー……ねてあ。ありあと、ね」
「ああっ、今のでまた図案が、降りてきたわ! 作らなくっちゃ!」
金色の目を輝かせ、ネティアは机に向かい、適当な紙を引っ張り出してペンを走らせ始めた。そんな彼女の背中を見つめ、グランは呆れと安堵を混じらせて肩をすくめて見せた。
「こうなったら、書き終わるまで声が聞こえなくなるから」
「あはは……。じゃあ、ちょっと出てくるね」
軽く手を振っている間に、ペルルが空いていた左手を握った。包帯越しに触れた傷が痛み、思わずびくりと肩を揺らす。不思議そうにこちらを見上げるペルルに逆の手を差し出し、そちらで手を繋いだ。
「すみません、お待たせしました」
「もういいのかい?」
「はい」
扉の前で待っていたリコルたちと合流し、部屋を出た。
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