☆ 貧弱アニュー①

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 昔々、あるところに、やせっぽっちな子供がおりました。

 彼の名は『アニュー』。

 母の顔も、父の顔も知らない、孤独な子供です。


 アニューには力がありません。

 運び屋は言いました。

「アニューは重たい箱を一つ持つのが精いっぱい」


 アニューには知恵がありません。

 教会の主は言いました。

「アニューは簡単な計算も、朝に考え、昼に考え、ようやく、眠る前に間違った答えを出すのです」


 アニューは不潔でした。

 馬の飼い主は言いました。

「アニューはいつも、馬車小屋で寝るんだ」


 可哀想なアニュー。

 貧しいアニュー。

 貧弱アニュー。


 町の人たちは、そう言ってアニューをからかいましたが、アニューは全く気にしません。

 何故なら、アニューはそうやって、笑われるのが日常だったからです。

 それが、当たり前だったのです。


 ある時、アニューに優しくしてくれる人が現れました。

 その人は、その町の貴族の娘でした。


 アニューだから優しくしたわけではありません。彼女は誰にだって優しい人なのです。

 可哀想なアニューが、町の皆にからかわれているのを見て、助けてくれました。


「ねえ、アニュー。貴方はもっと、強くなるべきよ」

「強くなるって、どういうこと?」

「力を付けましょう。誰にも負けない、強い力よ」


 アニューは娘に言われるがまま、力を付けました。

 そうして、重たい箱をもう一つ、運べるようになりました。


 貧弱アニューには、それが精いっぱい。

 だけど、運び屋は喜んで、アニューをたくさん、たくさん褒めました。

 アニューは喜んで、たくさん、たくさん運ぶようになりました。


 それを見た町の人も、アニューに声をかけました。


「アニュー。その箱を、船に三つ、積んどくれ」

「分かった!」


 褒められるのは嬉しくて、頼られるのは新鮮で、アニューはたくさん運びました。

 町の人に言われるがまま、アニューはたくさん、たくさん運びました。


 頼って貰えてうれしいな。

 アニューは楽しい日々を予感しました。

 だけど……。


「おや、アニュー。ここにあった箱は、どうした?」

「船に積んでと、町の人に言われたから積んどいたよ」

「なんてことを! あれは今日、お貴族様に上納するものだったのに!」


 憐れ。愚かなアニューは、嘘を見抜けませんでした。


 運び屋はその日の内に、断頭台に上がりました。

 アニューをたくさん、たくさん褒めてくれた人は、いなくなってしまいました。


 泣くアニューに、娘は言いました。


「アニュー。貴方はもっと、賢くなりましょう」

「賢くなるって、どういうこと?」

「嘘に騙されないようになるの」


 アニューは娘に言われるがまま、知恵をつけました。

 娘からたくさんのお話を聞き、大人たちからもたくさんの話を聞きました。

 計算は下手なままでしたが、嘘を見抜けるようになりました。


 知恵がつくと、自分の不潔さが気になって、小奇麗にするようになりました。

 自分に力が無い事を知りました。

 力の必要のない仕事を選ぶようになりました。

 教会の手伝いをするようになり、アニューは慈しみの心を知りました。


 たくさんの人の相談に乗りました。

 愚痴を聞きました。

 そして、自分が馬鹿にされている事を知りました。


 可哀想なアニュー。

 貧しいアニュー。

 貧弱アニュー。


 そうやって、町の人に笑われる事が、恥ずかしくて、悲しくなってしまいました。


 言葉は呪いです。

 アニューは自分が可哀想だと思うようになりました。

 貧しさから抜け出せないのだと、働く事を辞めました。

 何をしても弱いままなのだと、細い腕を嘆くだけになりました。

 呪いにかかったアニューは、言葉の通りに振舞い、町の人たちはそれを笑いました。


 だけど、娘は笑いませんでした。


 アニューは、優しくしてくれる娘が、なんだか怖くなりました。

 皆は笑うのに、娘は笑わないのです。

 それどころか、悲しそうでした。


 ある時、騎士の少年がアニューに言いました。


「お前は何故あの子を悲しませる。何故強くなれない。何故賢くなれない」


 騎士の少年の言っている意味が、アニューには分かりませんでした。

 鍛えたって、強くなれるわけではないのに。

 学んだって、賢くなれるわけではないのに。


 騎士の少年は更に言いました。


「お前のそれは、努力じゃない」


 アニューは言い返す言葉がありませんでした。


 少し力があったアニューは、思わず殴りかかりました。

 だけどあっさりと、負けてしまいました。

 騎士の少年は、強かったのです。


 雨上がりの土の上に転がったアニューを無視して、騎士の少年は怒って帰ってしまいました。

 アニューは決意します。


「もっと強くなろう。もっと賢くなろう。あの娘を、悲しませないために」


 嗚呼、貧弱・アニュー!

 アニューは強くなれるのでしょうか!


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