◇ 10

 カインに連れられて一度宿の前を通り、曲がり角を左に曲がると、レンガ造りの立派な建物があった。他の建物よりも手が込んでいるように見える。


 木の扉を開けると、受付にいた人物が紙束から視線を上げた。三十代後半ぐらいの厳しい目つきの男性を見て、カインは「げ」と顔をしかめ、ぽつりと何かつぶやいた。


「シャルフが担当なんてツイてない~って」

「怖そうですもんねぇ……」


 思わず小声で相槌を打った。


 きっちりと分けた前髪。仕立てたばかりのように乱れのない衣服。常に眉間に皺が寄っているせいで、生真面目で、融通が利かなさそうな印象があるのだ。カインが苦手とするのも分かる気がした。


 カインは、青葉とペルルを訝しそうに見ていたシャルフに声をかけ、会話を始めた。次第にカインが興奮した様子で目を輝かせ、身振りをしながら説明をする。青葉がフラン・シュラを消したのを話しているのだろうか。


 しかし、シャルフは淡々とした声色で短く返す。カインがたじろぎ、恐々とした様子で訴え始めるが、シャルフは冷ややかな視線をちらりと青葉にやり、鼻で笑ってまた淡々と返した。


「あーなるほど。そういうことか」

「なんですか?」


 ふいにユラが合点の行った様子で声を上げた。


「あの教会のフラン・シュラ討伐を、役所が報奨金を付けて呼びかけていたみたいだ。カインはその報奨金をアオバにあげようと思って、この男に説明しているが、信じてもらえないんだ。『こんな子供に倒せるわけがないだろう』って」

「なるほど……」

「報奨金とは言っても、この町の財産だ。証拠もないのに、そんな嘘みたいな話を信じて簡単にやれる物じゃな……おいおい、役人がそんなこと言っていいのか」

「?」


 シャルフの言葉を翻訳していたユラが、顔をしかめる。言われたカインは一瞬目を丸くして、すぐに目の前の机を叩きつけ、猛抗議を始めた。


「な、なんですか?」

「いや……金に困っているからって、詐欺師に加担するなんて妹が泣くぞ、て」

「……うわぁ、酷い。カインは人を騙すような人じゃないです!」

「出会ってまだ数十分だろう、まるっと信用するには早すぎないか? それに、貴方が怒るべきはそこじゃない。詐欺師って言われているんだぞ」


 そこは別に……。異国の言葉を話し、お金も持ってなさそうな青葉は、どう考えても怪しいだろうし、この町のお金を預かる役人が警戒するのは尤もだろう。大して気にした様子のない青葉に、ユラがため息を吐いた瞬間だった。


 ダンッ! と、大きな音を立てて、今度はシャルフが机を叩きつけ、睨んだ。


「……証言なんて信用できるか。いいから証拠を持ってこい。だそうだ」

「証拠って言ったって……」


 握りっぱなしの音叉をちらりと見るが、これを見せたところで『なんだこの楽器』みたいな反応をされるだけだろう。


 カインの肩を叩き、「お金はいいよ。もう遅いし帰ろうよ」と声をかける。困った顔をするカインに、ユラの翻訳をたどたどしくなぞり、もう一度伝える。

 落ち込んだ様子のカインに連れられ、役所を後にした。


***


 夕暮れ色に染まる空の下、宿の前で別れようとすると、カインは申し訳なさそうに言う。言葉は分からないが謝罪だろう。「いいよ、いいよ」と手ぶりをすれば伝わったようで、カインはほっとした顔をした後、ズボンの後ろポケットから取り出した物を差し出した。


「なに?」

「……聖書だそうだ。今はこれぐらいしか、渡せるものが無い、と。報奨金を渡せなかった代わりにはならないだろうけど……」

「え、いいのに。カイン、いいってば」


 ぐいぐいと押し付けられ、「いらないよ」「いいから受け取ってくれ」という押し問答が永延と続きそうな気がして、根負けした青葉は渋々それを受け取った。


 シャルフに詐欺師に加担したと疑われる程、きっとお金がない家だろうに、いいのだろうか……。困った顔をする青葉に、カインは空元気な笑顔を見せて去って行った。

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